閑話

 八月四日。相も変わらず外気は鉄板焼きの表面のような暑さで、こんな中を歩いていたら人はきっと平気でへばるに違いない。

 なので外で遊ぶことなんて出来るわけもないので、今日も今日とてジョウはケンの部屋でゲームをしようとしていた。

 そう、ゲームをしようとしていたであって、現在ゲームの電源すら付いていない。

 その理由は昨日のこと、夕洲サラと言う女の子のことを話していたからだ。


「というわけで、昨日のあの子に町を案内することになったんだけど……」

「……、はぁ?」


 ざっくりと昨日のことを説明したケンに対してジョウはけげんな顔をしていた。


「いや、だから昨日学校で見かけた子に色々案内することになったんだってば」

「いや、それは分かってる。おれの『はぁ?』は『おまえ何考えてるんだ?』だよ。いや、『おまえなんも考えてないのか?』かもしれないが」

「そんなに変かな……?」


 あきれ果てたとでも言いたげにジョウがこれ見よがしなため息を吐き出した。


「かなりすごくおかしいな。おれはそう思う。だって、よく考えてみろよ。昨日だぞ、昨日出会って、いや再会してかもしれんけど、でもそれでもおまえ自身は全然そういうの覚えてないんだろ? もうほぼ初対面と変わらんじゃねーか。それですぐに次また会う約束するなんて、相当だぞ」

「言われてみれば、確かにそうかも?」


 おお、と納得したようで小さく簡単の声を上げる。ケンは割と流されやすい質だった。


「で、なんでそれをおれにわざわざ教えに来たんだよ。おれは友達のデート事情とか別に聞きたかないんだけど」

「そりゃ、いっしょに来て欲しいなと思ったからだけど」


 ぼやきながらジト目でため息をはいたジョウは返ってきたケンの言葉にポカンと口を広げた。


「……、ちょっと待ってくれ。もう一回聞いてもいいか?」

「いやだから、ぼくが町を案内するのを手伝ってほしいなと思って相談に来たんだけど」

「本気で言ってる?」


 思わず念押しのために確認しなおしてしまった。


「ぼくが冗談言うの下手なのはジョウもよく知ってるでしょ」

「この場合冗談じゃない方がアレだぞ……」

「そうなの?」

「そうだ」


 もう完全に頭をかかえていた。

 初デートが自分の知らない男の友達といっしょとは、きっとその子は泣きたくなるに決まってる。


「でも正直二人っきりで行くのちょっと気まずいし、ぼくのこと助けると思ってさ?」

「……、え? 気まずいの?」


 簡単に説明されたあらましを聞く限りでは、夕洲サラという子と大和ケンは幼馴染に近い関係のはずだ。その頃の思い出をあんまり覚えていなかったとしても、やっぱり積もる話もあるだろうに、と思っていた。だから、ジョウはあれだけ「おいおい」という態度を取っていたのだ。

 だのに、その前提を突然くずされたら頭がこんがらがってしまう。


「そりゃ、ぼくの方は結局全然記憶にないし……、それにその……」


 ためらいがちに目線を泳がせてから、

「何というかその、その子の存在感の強さに一対一で立ち向かえる気がしないし」

 そう言葉を続けた。


 女の子と知り合ったときに出てくるワードとしては、あまりにも相応しくない単語のら列に余計に、頭の中で「?」がおどる。「?」がおどりすぎて、はてなぼんおどりだった。


「それは一目ぼれしたとかじゃなくてか?」


 どうにかこうにか頭の中で言葉とイメージを結び付けようと試みた結果、そんな風な言葉になったけれど、それを言ったジョウ自身もあまりしっくりは来なかった。


「えぇ? なんで急にそういう話になるのさ?」

「……、うーん?」


 頭の中は割とごちゃごちゃだった。

 話を聞く限りではなんとなく甘酸っぱい感じだったのに、肝心要の本人の言葉は甘酸っぱさとは全く結びつかないのだから無理もない。


「さっきからジョウは何でそんなにおよびごしなの? 本当にぼくのことを助けると思ってさ! ね、この通り!!」

「う、うーん。いや、でも馬にけられそうで気が進まないんだよなあ」


 もうなんとなく状況理解を投げ捨てて適当に首を縦に振ってしまおうか、とやけくそな考えがもたげて来てしまう。

 分からないことが多すぎてまともに考えても正解なんて出せる気が全然しなかった。


「じゃあ宿題手伝う、夏休みの宿題完全監修するから、それで何とか! ね?」


 そして、それはダメ押しだった。

 毎年毎年、ジョウは夏休みの宿題ダメですの民なのであまりにも魅力的な提案だった。少なくとも一人でヒーヒー言いながらがんばるよりはケンに監修とはいえ手伝ってもらえるなら、それほどありがたいことはない。


「うぐ、うぎぎぎぎ……」


 でも、それでも葛藤の心をすぐさま捨てなかったジョウはきっと少しくらいはほめられてもいいかもしれない。

 しかし、最終的にはやっぱり抗い切れなかった。


「分かった。いいだろう、とりあえずいっしょに行くことにする」


 神妙にうなずきながら、一度言葉を区切って、

「だけど途中でいなくなったからといって文句は言うなよ?」

 そう続けた。


「それは文句言うよ?!」

「おれにはおれの事情ってやつがあるんだよ。だいじょうぶ、おれがシレっといなくなったときはおれはいない方が良いときだから」


 それでも、ジョウは自信があった。


「う、うーん。分かった一応、それで手を打つよ」


(どんかんってこういうことなんだな……。まさかこんなに身近にここまでのやつがいるとは思ってなかったぜ……)


 少なくとも、大和ケンよりは自分の方がそういうことに関しては真っ当な感覚を持っているということに。

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