万華鏡の中で眠りウサギを飼ってみたい3
白熱したジャンケンバトルの後でアイスを食べ終わったころにはすっかりと時間が経っていた。
ケンとジョウは二人で帰り道を歩いている。
「いやーにしてもおまえスゲーな。思ってもみない才能があったじゃん」
「才能って……。こんなのはたまたまでしょ。たまたま」
「たまたまだったとしてもスゲーよ」
「すごいのはボクもそう思うけど」
「だろー」
夕方のかたむき始めた日差しににごった
おだやかな光がそこにあった。美しくきらめく乱反射があるわけでもなく、落ち着いた深みがあるわけでもない。宝石やパワーストーンとしての価値で言えば、低級だろう。だけれど、そこには確かな価値が間違いなくある。
「そういえば今年は夏祭りやるって話聞いたか?」
日の光を
「えっ、知らなかった。ほんと?」
「やっと色々落ち着いたし、やってもいいんじゃないかってえらい人たちが取り決めたみたいな話聞いたんだよ。んで、来週やる予定で花火とかはまあ全然予定ないらしいんだけど……」
「それでもお祭りなんて久しぶりだし、いいじゃん。どうする? いっしょに行く?」
「よし! いっしょに行くか!」
「約束ね」
「あぁ! 日程分かったら、連絡するわ」
「うん!」
「じゃあ、おれはこっちだから、じゃあな!」
「うん、また!」
分かれ道でそうあいさつをして二人は各々の家へと足を向ける。
はずだったのだが、夏祭りがあると聞いてケンはちょっと気になって帰路から進行方向をそらしていた。
テクテクテクと道なりに進んで時折右に左に角を曲がる。大きめの陸橋を通ってから小道に入り少し進む。
小道に入るとすぐにそれまでとは違った空気感になる。
背の低い笹とヒイラギが散発的に地面に影を落として、背の高いクスノキがやわらかく日差しをさえぎる。足とももキレイに整えられた石畳が広がっている。
鳥居をくぐって、先へと進むとすぐに身を清めるための手水舎と呼ばれる付いた水場(ヘビのかざりが沢山ついている)があって、
全体としてはヘビの形をした小物が多いため、おそらくはそういう神様をまつった神社なのであろう。
その神社の裏手側に広場があって、そこは小さな学校の校庭くらいの広さがある。
ケンが最後に経験したお祭りは小学校に入る前だったので、あまりしっかりと覚えてはいないが確かこちらのスペースを使っていたはずだ。
特別に理由があるわけではない。ただ、なんとなく来てしまった。
木々によってやわらかくさえぎられた光の中を進んで、裏手側の広場へと足を伸ばす。
そこには先客がいた。
裏手の広場は遊具なども特になく、いくつかベンチが並んでいるだけ。おじいちゃんおばあちゃんの散歩コースになることはあれど、同じ年ごろの子たちがこの辺りで集まって遊んでいるところは見たことが無い。
だというのに、先客がいた。
見覚えのある子だった。
さっぱりとしたショートカットの女の子。黒いレースのかみかざりをつけた女の子。えりと丈の長い黒いゴシックな雰囲気の服を着た女の子。
その子が一人でおどっていた。
ひらひらと手を動かして目の前にいる何かをいとおしそうになでる。ステップをふみながらその周りをクルクルと回って、何かとうなずきあうように手を伸ばす。
たった一人きりでミュージカルの練習でもしているみたいな動きだ。
何かの周りを回るように動いたかと思えば、何かを追いかけるように移動していく。軽やかな足取りはだけれど心がざわつくような不安感をかきたてもする。
息がつまる。
しびれたみたいにその場から一歩も動けなくなる。
ぼう然と女の子が動き回るさまを見続けていたら、ぱちりと何かかげのような感覚が視界に走った。
今いる場所は特に何もないただの広場だ。足元だってちょっとした砂利交じりの土だから大して草も生えていないし遊具だって全然ない。だというのに、見えてしまった。
存在していないはずの草が、木々が、岩が、見えてしまった。ぼうぼうと伸びる草と大きな一本の木、草の中にうもれている白い小さなお家、ごろごろとその辺りに転がる家ほどの大きさの岩。スケール感はぐちゃぐちゃだ。
そんな場所で女の子はウサギやネズミ、ちょうちょやウマたちと何かをしているようだった。
あ然としてケンがすぅっと息を吸いなおすと、その光景はすぐに消えてなくなった。
もう夕方だけれど、
「あっ、こんにちは。いや、こんばんはかな……、こんなに早く再会出来るなんてめずらしいこともあるねケン君」
女の子がはにかみ笑いでそう声をかけてきたけれど、それが現実なのかさっきまでの空想みたいなものなのか、区別が付かなかった。
「あれ? どうしたの? 何にも言わずにわたしのことをずっとみつめちゃって……? わたしの顔ってそんなに変かな?」
ケンがよっぽど何も反応しないので、近づいてきた女の子がしびれを切らしたように彼のほっぺを軽く引っ張った。
「な、なにするの……」
「だってあいさつをしたのに何にも返してくれないから」
「そ、そっかゴメン」
ほおを引っ張られた痛みは特になかった。だけれど、ほおをつねられる感覚を得てちゃんと今がちゃんと現実であるということが理解できた。
「それでなんでこんなところに?」
「え? えぇと、たまたまなんとなくだけど……」
ぐいぐいときょり感をつめて来られてしまって、少したじろいでしまう。
「って、違う、違う。ボクから聞きたいことがあるんだけれど、いい?」
「うん。いいよ、なんでも聞いて?」
ペースをみだされてしまって、なんとなくやり辛い感じがあった。声の引力が強すぎて、普通に話をするだけなのに気後れしてしまうのだ。
「聞きたいことは二つあるんだけど……。まず一つ目は、キミの名前。二つ目はなんでボクの名前を知っているのか? なんだけれど……」
学校で会った時から気になっていたことを口にする。
サラと女の人から呼ばれていたのは覚えているけれど、それがあだ名なのか名前なのかも分からないので自分が不用意に呼んでいいものなのかどうかを判断するすることも出来なかった。
「そっか、やっぱり聞き違いじゃなかったんだ……。忘れちゃったんだね、わたしのこと」
声色は残念そうだけれど、顔に張り付いたはにかんだような笑みはそのままだった。
「ボクとどこかで会ったことがあるの……?」
女の子の口ぶりはケンと女の子が知り合いであると言いたげだったが、ケンの方は本当に覚えがなかった。
すぅっと女の子の手がケンの首元あたりへと伸びる。
無意識に一歩後退りをして、自分の首を守る様に手でおおった。
「えぇと、あの……、ごめんね。そんなにいやがられるとは思ってなくって……、首元に虫刺されみたいなのが出来てたから……」
ケンのそんな反応を見て女の子は申し訳なさそうにしながらも、伸ばした手とは反対側の手でポシェットから虫刺され用のかゆみ止めを取り出していた。
ケンは自分の首を守る様に持ち上げた手で首元を触って確かめる。ぷっくりと触っただけですぐわかるくらいにぷっくりと虫刺されのあとが出来ていた。
「ボクの方こそ、ごめん。せっかくだしそれ使わせてもらってもいい?」
「うん、使って」
差し出されたかゆみ止めを受け取ってキャップを外し虫刺されあとの上から軽くぬる。
夏の熱気でべたっとした肌にひんやりとしたかゆみ止めの成分は心地よかった。
キャップを閉めて女の子に返すと、やわらかい笑みで答えられた。
「ありがと」
女の子にそんな風な反応をされるのはなれてなかった。なれてなさ過ぎて、変な気恥ずかしさがあった。
「えぇと、それでなんだっけ……? わたしの名前と、なんでわたしがケン君のことを知ってるのか、だっけ?」
「うん、そう」
ケンは首を縦に振りながらも、会話のペース全部あちら側に持っていかれているなと
「じゃあまずはわたしの名前からだね。わたしはサラ。
自分の胸に手を当てて、にっこりと笑いながら自己紹介をする。
それから一呼吸をおいて、「もしかしたらこういう言い方をすると分かるのかな」と小さく、本当に小さくつぶやいて――、
「小学校に入る前に君の首をしめあげた女の子がいたでしょう? それがね――、わたしなの」
表情から笑みが消えることはなかったけれど、声色はふるえていた。
なんとなくひょうひょうとしていて、つかみどころのない不思議な知らない女の子だと思っていた。
でも、彼女の語った言葉には
グレーアウトしていく保育園のカベと天井。どよめきをあげる他の子たち。大あわてで止めに入る大人たち。動かない体。とぎれとぎれで聞こえるかん高い笑い声。自分のことを見ているはずなのに、相手の目に自分が映っていないという確信。何より、無機質にふるわれる力への怖さ。
そんなモノがサァっと頭の中をかけめぐっていって、夏の暑さ由来の汗とは違う冷や汗が背筋を伝った。
「サラ……? 夕洲、サラ……?」
ドクンドクン、と血のめぐりが早くなって、無意識に視界がブレてぼやける。
感情と感覚が恐怖を憶えていた。
だけれど、記憶は目の前の女の子を憶えていなかった。
いや、違う。そんな簡単に忘れられるはずはない。そんな簡単に忘れられるのならば、感覚と感情がバラバラになるような怖さをかかえ続けているわけがない。
それでも現に覚えていない。
つまり、覚えていないことが、忘れることが必要だったということ。必要にかられて、心と体を守るために、無意識にだけれど、強制的に忘れてしまった。
本当は完全に忘れ去ってしまっているわけではなく、厳重に記憶にふたをして思い出せないようにしているだけかもしれない。
ただ、結局のところ思い出せないわけなので判別のしようもない。
ケンは自分の息が上がっていることを自覚する。でも、それを自覚出来たところでどうしようもなかった。
「うぅ、いつつつ……」
ほとんど同時に今までに経験したことのない頭痛に見舞われる。
キリキリと目の奥と後頭部の首の近くが同時に痛む。ジャリの上で派手にすっ転んですりむいた所にジャリジャリの砂つぶがめり込んでいるときみたいな感覚だった。
ドクンドクンドクンと、こどうがハッキリとより強く感じられて、それがまた痛みを鮮明にしてしまう。
「う、ぁぁぁ……」
立っていられなくなって、頭をおさえながらその場にひざをつく。
サラはすぐにケンを助けようと一歩前へと出ようとして足が止まった。
なんでそうなったのかまではハッキリと分からないけれど、少なくとも自分が名前と過去を名乗ったからケンが痛みでうめきだしたということは認めたくなくても分かってしまったから。
「だれか、人を呼んだ方がいいよね……、えぇと、えぇと……、お姉ちゃんでいいかな……?」
自分が近づいていいのかダメなのか、声をかけて良いのか悪いのか、分からなかった。ただなんとなく責任が自分にあるような気がしている。
「あ、あぁ。いや、ちがう。だいじょうぶ、気にしなくても……」
思い切り肩で息をしながら、顔を上げて力なくも笑って見せながらケンがサラにそう言った。
強がりなのは明白だった。
だれがどう見ても『気にしなくてだいじょうぶ』には見えない。言葉の上でひていしてみせたところで信じてもらうことは難しいだろうとケン自身も分かってはいる。だけれど、それでも、強がって見せる。
「あぁ、でも、少し手を貸してくれるとうれしいかな」
その上でその場から逃げることも、進むことも出来ずに立ち止まっているサラに向かってよろけながら助けを求めた。
「そっか、そうだよね。うん、ゴメンね、あっちのベンチまでいこっか」
サラが手をつかんで立ち上がる手伝いをして、それから肩を貸してベンチまで付きそう。
まともに歩けないほど、足元がぐちゃぐちゃになるのはケンにとっても初めての経験だった。
「あはは、ありがと、助かった」
「ううん、分からないけど、わたしのせいかもしれないし」
「いや、多分そんなことはないとおもうけど……」
そんな風に否定してみたところで、「そっか、なら良かったぁ」とはなれないだろうことは明白だった。それでも、やっぱり否定する。信じてもらえなかったとしても、すれ違ってしまっても、相手に伝えなければならない時もある。
「えぇと、人を呼ぶね。わたしといっしょだと、多分良くないから……」
「いや! だいじょうぶ、だいじょうぶだから……」
そう言ってみたところで何がだいじょうぶなのかは、全くと分からない。口にした本人でさえ何がだいじょうぶであるのか分かっていないのだから、だれにも分からない。
「あんな、急にフラフラって倒れかけて、大丈夫なわけないよ……」
「それは、そう……、かもしれないけれど……。でも、ちょっと体に力が入らないだけでそんなにでもないから……。だから、ちょっともう少しだけ、いっしょにいてくれないかな……?」
少し熱っぽく息を切らせながらもベンチからはなれようとするサラを何とか呼び止める。
このままサラを帰してしまうと何か良くない気がする、そういう直感が働いた。
「えっ、えぇと……、うん、わかった」
引け目があるから、目の前の男の子がそれを望んでいるのならば、つっぱねるのは難しかった。
おずおずとベンチへともどってきて、ケンの座っている場所と少し間を取ってストンとこしを下ろす。
少しの間おたがいに何にも言わなかった。
ケンは息を整えて身体の調子をおさえるのに必死で、サラは座ったはいいがどうしていいか分からなくなって何を言えば良いかも分からず言葉が口から出てこなかった。
そんなこんなでおたがいに数分だまりこくって、覚悟を決めたサラがぎゅぅっと口元を真一文字に結んで顔をあげる。
「昔のこと、覚えててほしかったんだ。でも、そうだよね……。あんなに怖い思いさせたのに覚えててほしいなんてズルだよね。だから、その、ごめんね」
それは少しだけ弱ったような声だった。
ケンにはなんて返したらいいか分からなかった。
どんな理由があったとしても人との思い出を一方的に忘れてしまったのであれば、それは忘れた側に落ち度があるような気もして、でも今サラに向かって「違うよ、忘れたボクが悪いんだ」なんて言ったところでそれはきっと何のなぐさめにならないだろうことは察しがつく。
「ちょっと、待ってね、今少し考えを整理してるから……」
キリキリと頭が内側からふくらむような痛みにたえながら、少しばかり言葉を探して、でも何も考えがまとまらなくて、それでもきっと何かを伝えないといけないことだけは分かっていて、さんざんなやんでから出た言葉がそれだった。
「うん、分かった。待つけど、でもさすがにそろそろ暗くなってくるから……」
サラは少しだけ申し訳なさそうに口ごもる。今は夏真っ盛りで日がくれる時間がやや遅く、実はもう夕焼けチャイムも流れたあとだ。まだ夕焼けが見えるころだとはいえ門限的には少しきびしいところがあるのかもしれない。
静かにうなずいたケンがもう一度口を開くまでたっぷり五分以上かかった。
「ボクが悪いんだ、なんて言ってもきっとキミは多分すなおにそうなんだで納得できないと思う。それとおんなじで、ボクもキミに何か悪いところがあるとは思えない。どっちが悪いとかそういう話じゃ、多分ないから。だから、その……、引け目なんか感じないでほしい、かな」
「でも……、」
「ボクは昔のことおぼえてないし、キミが今までどう生きてきたかも知らない。だからあんまり分かった風なことを言うのって違うと思う。だけどそれでも、そんな風に自分を
「……、やさしいね」
「きっとボクが本当にやさしい人なんだとしたら、一人ですっかり昔のことを忘れてしまうなんてことしないような気もするけどね」
「そっか」
そこでまたおたがいに少しの間言葉がつまった。
今度は単純に二人とも何を言っていいのか分からなくなっていた。冷静に考えれば片側から見るとほとんど初対面と言っていい相手で、もう片側から見ると引け目を感じたままで最後に会ったのが五年前の相手だ。適切な会話の距離感なんて分かるはずもないし、きっと正解という正解もない。
それでも二人はその場から動こうとはしなかった。
気まずさはあるけれど、だから逃げ出したいにはつながらない。言いたいことはもう少しある、だけれどそれを上手く言葉にすることは難しい。
少し風がふいた。葉桜が揺れてざわと葉音を鳴らす。赤い夕焼けの日差しが長いかげを作りだす。
ぼぅっとぼやけた夏のかげは風にゆられて大きく動く。
そのかげたちが「言いたいことがあるのなら、全部全部ぶちまけちゃいなよ」と笑っていた。
「えぇと、その、わたしこっちにもどってきて、二学期からきみと同じ学校に通うんだ」
「うん」
無言の間を破ったのはサラだった。おっかなびっくり、言葉始めを少しだけつっかえながら。
「だから、その。わたしがこっちにいたのってまだ小さいときだったから、あんまりよく覚えてなくって……」
「うん」
「出来れば、きみに少し案内してほしいなって、思ってるんだけど……」
「分かった、いいよ」
「ほとんど初対面みたいなものなのに、そんなこと頼むのって少しずうずうしいよね……」
「そんなことないと思うけど?」
「……、あれ? 良いって言った?」
「え? 良いって言ったけど?」
ダメもとのつもりだったために途中から会話がかみ合っていなかった。良いと言われたことを認識してなお、頭の中にははてなマークがぐるぐるしている。
十中八九断られると思った上でのお願いごとのつもりだったから良いと言われたときのことを考えていなかった。だから、頭の中ははてなマークでいっぱいになるし、首もナナメにかたむく。
「いいの? 本当に……?」
「うん。別に今は夏休みだし、そもそもそういう頼まれごとを断る理由もないし」
「そっか、そうなんだね」
サラの
「じゃあ、絶対約束だよ?」
そしてそのまま、念を押すように言葉をつなげて、ぴょこんとベンチから立ち上がる。
「そうだなぁ。三日後、朝十時、集合場所はココ。約束ね」
背を向けたまま、背中を夕焼けに染められてさらにつなげる。少しだけ、本当に少しだけ声がはずんでいるような気がした。
ケンはいく分か体調が落ち着いてきていたけれど、それでもすぐに反応出来なかった。
「わたしは多分そろそろむかえの人が来ると思うんだけれど、ケン君もいっしょに送ってくれるように頼むね」
「えっ、いや、それはいい、かな……。ボクの家はここから五分もあれば帰れるし。体調もぼちぼち落ち着いてきたから」
「そうなんだ。……、本当? うそついてない?」
振り返ったサラがケンにつめ寄る。先ほどまでの動揺にゆれる表情とは打って変わって、昼間見たときと同じように感情の分かりづらい笑みが浮かんでいた。
ケンの体調が落ち着いてきたのと同じように、彼女の心もまた平静を取り戻して来ているらしい。
「うそはついてないよ。というかそんなしょうもないうそついてどうするのさ」
「ほら、やっぱり少し気まずさがあるから、とかそういうことも考えられるでしょう?」
「うっ」
軽くほおに指を当てて、明後日の方向へと目線を流しながら発せられたサラの言葉に小さなうめき声がもれた。
送ってもらうことに対して思うところは特になかったけれど、それでも気まずさがあるとは思っていた。だから、とっさにうめき声がもれてしまった。元々はそれほど気にしていないはずなのに、よっぽど図星を差されたみたいな反応になってしまっていた。
「あっ、やっぱりちょっと気まずいって思ってたんだ」
「えぇと……」
「わたしも少し冷静じゃなかったし、よく考えてみれば気まずいって思われちゃうのも仕方ないって思うから、気にしてないよ」
「そ、そう……?」
「ふふふ。それじゃあまたね」
くるり、と一回りしてから背を向けて軽やかな足取りで誰かに手を引かれるように歩いていく。
「……っ、」
ケンはその後ろ姿に何か声を掛けようとして、出来なかった。
何を言ったらいいのか、どういう言葉で応答すればいいのか、分からなかった。そして何より、おそらくいつも通りに戻ったであろうサラの、夕洲サラの妙な存在感の強さに気圧されてしまってのどが上手く声を出してくれなかった。
足元軽く去っていくその後ろ姿をただただ、だまって見送るしか出来なかった。浮かれているのか、何度か何もないところで何かをふんづけそうになったような動きをしているのに、それさえ何か妙な迫力を見てしまう。
(なんだか、よく分からないけどすごいパワーを感じちゃうな)
彼女の背中が見えなくなるまでぼぅっとただただながめてしまった。
それから少ししてケン自身も立ち上がって帰路に就く。
夕暮れ時とはいえ真夏真っ盛りの日差しは焼けるように暑かった。
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