万華鏡の中で眠りウサギを飼ってみたい2
「おれは決めたけど、おまえ決まったか?」
ケンがもう見えなくなった後ろすがたを追いかけ続けるようにほうけたままでいると、後ろからジョウが声をかけてきた。
「えっ、あっ、あぁ。うん、まだこれって決め手はないけど……。って、ジョウはそれでいいの?」
ジョウが手にしているのは小学三、四年生向けの児童書だった。
「もしかして、もう五年生なのに中学年むけの本読むのはかっこ悪いとか思ってるか?」
「ぼくが、じゃなくてジョウはもう少しかっこつけたがると思ってたから」
「ふふふ、良いんだよ。おれは本読むの得意じゃないからな!」
「そんなドヤ顔でかっこ悪いこと言わなくてもいいよ……、なぜがボクが悲しくなった……」
「ヤメロヤメロ!! お前に悲しがられたらおれの立つ瀬がないだろーが!!」
がっくりとかたを落として、ため息を吐いた。
「おまえが決まるまでおれはあっちでこの本読んでるわ」
「……、あーいやボクはそもそも本の内容がちゃんと読めるかどうかさえ
「あー、たしかに基本的にあの事件関連の本ってわけ分かんないこと書いてあるもんな」
「そうなんだよ。去年も本当はそれ関連の本で読書感想文書きたかったんだけど、内容が難しくて感想書くどころじゃなかったんだよね」
「それじゃあ今年も書けない可能性あるな」
「いや、今年ことは書くよ?! そのためにもう日記以外の夏休みの宿題全部終わらせたんだもん!!」
「そこまで気合入れて読書感想文に向き合うやつ初めて見たぞ……」
ケンのやる気が満ちあふれすぎていてジョウはちょっぴり引いていた。
「じゃあどっか別のところいくか? ゲーセンとか?」
「プール行きたいよ、プール」
「プールはやだなぁ。それなら山が良い山が」
「山なんて、いよっしゃ行くか! で行ける場所じゃないじゃん。プールならいよっしゃ行くか! で行けるけど」
「まあそりゃそうだけどよぉ……」
特に返す言葉もないらしく、ジョウはちょっとしょげていた。
「そう言えばずっと気になってたんだけど、ジョウはなんで授業とかでも水着いっつも全身タイプのヤツ着てんの? あのかっこで先生になんも言われてないってことはなんか理由あってなんだろうけど」
「えぇ? あー、手足は大丈夫なんだけど、胴体とかの太い部分が直射日光に当たるとはれるんだよ、おれ」
「……、そっかぁ。じゃあプールは止めとこ」
「いや、止めとこつうか、よし行くかで行けたとしても今から準備してプール行っても大して遊ぶ時間ないけどな」
そうだった。今はもう正午をすぎて十三時半になろうかという頃合いだ。事前に予定を立てているならまだしも、これから準備をしていくとなると流石に遊ぶ時間はあんまりない。
「このままここでうだうだしててもいいっちゃいいけどなー」
「でもさ、せっかくの夏休みなのに一日学校にいるってのもなんとなくヤじゃない?」
「そう! そうなんだよな!! せっかく夏休みなのに学校になんて長居してたら特別感がなくなる!!」
「かといって行くところ特にないよ?」
「いや、もう日差しをよけれればどこでもいい気がしてきた!」
ジョウが頭を抱えて地団太をふむ。本当ならば怒られるが今は夏休みで他に人もいないので見逃された。
「よし! とりあえずアイスだ。アイス食べに行こうぜ!!」
「あぁ、うらの駄菓子屋さん?」
「そう!!」
そんなこんなで二人は小学校から抜け出して、近くの駄菓子屋さんへ意気揚々ととつげきしていく。
「意外と涼しい!」
「そりゃあ、そうだよ。あたしみたいなばあちゃんが冷房も付けずに商売してたらぽっくりいっちまうでなぁ」
「なるほど!」
二人は駄菓子屋のおばあさんの言葉に納得する。毎年毎年熱中症でお年寄りがたおれたなんだというニュースは流れてくるわけなので、少し考えてみれば当然だった。
「いよっしゃー! ゲームしようぜ! ゲーム!!」
「いやボクは持ってきてないよ?」
「えぇ!? なんでぇ?」
「いや、だって夏休みとはいえ学校にゲーム機を持ってくのってちょっとその、気がそぞろになるというか、なんというか……」
「普段だったらおこられるけど、夏休みならチェックもされねーし絶対見つかりっこねーのに」
「分かるけど、ボクの気分的な問題というか、なんというか……」
「気分の問題ならしゃーねな!」
ふだんやれないこと、できないことをできるるタイミングが来た時に嬉々としてやれる人と、やれない人とがいる。ジョウは前者でケンは後者だった。
「そんなにゲームしたいならアレをやりな」
駄菓子屋のおばあちゃんが指さした先にあったのは古めかしくところどころにサビの入ったじゃんけんゲームだった。
「ちなみにメダルは有料だけどね、クククッ」
メダル一枚五円で十枚まとめて交換すると一枚おまけが付くらしい。百枚まとめて交換すると二十枚おまけが付くらしい。
「えぇー。うーん、どうする? やってみる?」
「やってみようか」
二人はしぶしぶ五十円をおばあちゃんに渡してメダルを十一枚貰った。
「ちなみに今の最大連勝記録は十四だね。更新出来たらすぺしゃるなプレゼントをやるよ」
「えっ!? マジ?! 連勝ねらうべ!!」
すぺしゃるなプレゼントという言葉でジョウはが然やる気を出し始めた。全く現金なヤツだ。
「十四、……ってことは十五連勝必要ってことでしょ……? ねらうのは難しいんじゃ……」
「やって見たら案外行けるかもしれないぜ!」
「そうかなぁ……?」
ちなみにジャンケンで十五連勝できる確率は単純計算すると〇、〇〇〇〇三パーセントほど。計算方法としてはあいこを省いて勝ち負けがつくパターンが一対一になるので五十パーセント。〇、五を試行回数分(この場合は十五回)かけ算すれば答えが出る。
「よっしゃじゃあ、まずはおれがやるぜ!」
手を高くかかげてから、メダルを差し込み口になめらかに投入する!
トルルルル!! と景気の良い音が鳴ったあとでジャンっケーンと機械が言う。
「おっしゃー!! グーだ!!」
声に合わせてジョウが高らかに声に出してグーのボタンを力強く押す。
「あんまり力入れすぎて壊すんじゃないよ」
「ご、ごめんなさい」
子供の力なんてたかが知れているのは分かっているが、それでもやれやれとおばあちゃんがお小言をいった。そしてなぜかジョウではなくてケンがそれに謝った。
ポン! と機械が言って正面のモニターと言えるかどうかも怪しいあらいランプが並んだパネルが点滅する。
「ああぁぁ!! 負けたァ!!」
古いパネルでもじゃんけんの手を表すには必要十分だ。ハッキリとパーと分かる手がぴかぴかと点滅している。
「クソっ!! もう一回、もう一回やってやる。なぁケン! 続けてもう一回おれがやってもいいか!?」
「えっ、あぁうん。いいよ、いいよ」
たったのワンゲームでずいぶんと熱くなっているジョウにケンは少々たじろぎ気味だった。
「よっしゃぁ!! 行くぞぉぉぉ!!」
そしてもう一度高らかに手を振り上げてなめらかにメダルを投入する!!
機械がまたジャンっケーンと鳴いた。
「おっしゃぁ!! 今度はパーだ!!」
今回は力のほどはひかえめだった。自分の代わりにケンがおばあちゃんに謝っていたのを実はちょっぴり気にしていたらしい。
ポン! と無情にもチョキの形のパネルが光っていた。
「あぁぁ!! ちきしょう!」
ジョウは台パンをしようと手を振り上げて、思いとどまってがっくりと腕をおろした。
「なあ、もう一回、もう一回いいか?!」
「うん、いいよ。というかまあやりたいだけやったらいいよ」
たじろぐというか、もうひいていた。
「いよっしゃ!!」
今度はすぅっとさりげない感じでメダルを入れる。どうやら最初の天高く手をかかげるポーズが負けのカギだと思ったらしい。
そしてまたジャンっケーンと機械が音を出す。
「チョキっ、と見せかけてグーだ!!」
今度は声と同時にパーのボタンをおす。
何ということだろうか、機械相手にかく乱戦術をしかけていた。
だが、ポン! と言ったゲームのパネルはまたもやチョキの形を示していた。
「なあ!! おばちゃん!? これおかしいよ!? おかしくねぇ!?」
「あんた、大分運がわるいんだねぇ」
「おれの運か?! これは本当におれの運の問題なのか!? 頭にアルミホイル巻いたほうがいいんじゃないか!?」
「いや、こんな古めかしいゲーム機が人の考えを読み取るような高度ななんかを持ってるわけないよ……」
どうでもいいことかもしれないが、頭にアルミホイルを巻いてみたところで通気性が悪くてちょっとむれるのと直射日光を防げるくらいの効果しか今のところは期待できない。
「そ、それもそうか……」
「というかね、そんなセコイ真似して子供からメダル巻き上げようなんて考えるヤツは駄菓子屋なんてやらないよ」
そう、駄菓子屋さんは正味大して利益も出ないので店主が趣味でやってることの方が多い。
「確かにもうからなさそうだもんな」
「思っててもそういうことを言うんじゃないよ」
「あはは、ごめんなさい」
なぜかまたジョウの代わりにケンが謝っていた。
「いよし、ちょっと頭冷えてきた。次はケンの番な、おれと勝負しようぜ。どっちが多く勝てるか」
「三回連続でボクがやったら良いってこと?」
「そうだな。とりあえず三回続けてやってくれ。そのあとは交互な」
「オッケー」
今度はケンの番になったらしい。
特になにもなくメダルを投入して、適当にボタンをおす。
「あっ、勝ったね」
本日の初勝利だった。
「ぐあぁぁぁ! うそだろ、そんなあっさり勝つのかよ……」
ピピピピとルーレットが回りだして、『2』のパネルを点滅させて止まった。カラカラとゲーム機下部からメダルが二枚落ちてきた。
このジャンケンゲームは勝ったら一から十枚(大体五十パーセントは一枚だけだが)のメダルが貰えるしようだ。だから例え一枚しかメダルを持っていなくとも勝ち続けている限りは遊べる。
「そういえば勝った時のこと考えてなかったけど、これカウント的にはどうするの?」
「あー、そうだなあ。どうすっかなー?」
「連勝記録があるから、一回負けるまでで一回の方が分かりやすいかもね」
「よし、じゃあそれで!!」
改めてレギュレーションを決めたところでメダルを入れて勝負を再開する。
ポンとパーのボタンを押して、今度は負けた。
「うん……」
とだけ言ってそのまま次のメダルを淡々と入れる。淡々と入れて、淡々とボタンを押す。二回連続で負けた。
「アンタたち、よっぽど運がないんだねぇ」
おばあちゃんがどこからともなく麦茶を取り出して飲みながらしみじみと言った。
二人で六回挑戦して勝ち数わずか一回である。
「違うって、コイツが強いんだよ!! おれたちの運が悪いわけじゃないね!! おまえもそう思うだろ、ケン!?」
「……、どうかな。少なくともボクは今までで一度もおみくじで大吉引いたことないよ?」
「うぐっ、それはおれもないけど……」
ダメダメだった。二人そろって運が×だった。
「いや、今はだめでもこれから運のゆりもどしは絶対に来るぜ!」
「ゆりもどしとかないから運なんだと思うけど……」
将来ジョウがギャンブルに手を出しそうになったら意地でも止めようとケンは心にちかった。絶対にぬまにハマって失敗する人の思考パターンだと思った。
それから二人で交互にジャンケンマシーンと戦い七回戦が終わって、ケンが二勝、ジョウが一勝。絶望的に運がないことが証明されつつある二人だったのだが、八回戦でそれは起きた。
「あれ、これ何勝目?」
「さっき十勝したよな?」
急にケンがとんでもなく勝ちだしたのだ。
最初はいつもの調子でたんたんとメダルを投入していた。どうせそう何度も連勝なんて続かないと高をくくっていたから、特になんの気負いもなくジャンジャンメダルを入れて適当にボタンを押していたのだ。
それが、気が付いたら積み重なっていた。積み重なって、積み重なって――――、
「今ので十四連勝だね。次勝てたら景品だよ」
最高記録タイまで来ていた。
「い、いようし……、いくぞっ……」
気付けば呼吸があらくなっていた。かたで息をするようにはぁはぁと身体がゆれて指先も震える。
なんだってたかだかジャンケンゲームでこんなにきんちょうしなければいけないのか? なんて半ばヤケクソ気味な疑問も頭にうかんだ。そのあとに、もっと気楽に、適当にやれば良いじゃないかと思考が続く。しかし、同時にこんなことはめったにないから、きんちょうして当然だしこの謎のきんちょうが今後何かの役に立つかもしれないとも思った。
カランッ、と音がする。今までと同じようにメダルを入れたはずなので、きっとその音は今までも鳴っていた。急にそれが聞こえるようになったのは今までにないきんちょうから五感が上振れているからに違いない。
ごくりっと自然とのどが鳴った。
ジャンッケーンともうすっかりおなじみのフレーズを機械が発する。
「ちょ、ちょっと待って……」
メダルを入れてから一息入れたくなったらしい。
「おおお、落ち着けよ。こんなチャンス中々ないぜ」
ジョウがなだめるようにそんなことを言ったが、声はふるえていた。
「なんでジョウの方がボクよりきんちょうしているのさ」
「いや、そりゃきんちょうもするだろ。こんなことってめったにないぜ?」
声はふるえているし、へっぴりごしになっているし、ひざも笑っている。妖怪へっぴりごしだった。あるいはぷるぷる仙人かもしれない。
そしてあまりにもジョウがきんちょうしているせいでケンは冷静になってきた。
よく考えて見れば大勝負ではあるけれど、特に大きなものがかかっているわけではないのだ。別に負けたところで何にもないなら気楽にいどんだって別にいい、そう思えた。
これが例えば積み重ねた何かを見せる場だったり、勝った先に人生をまるっと変えてしまうほどの何かがあったならば多分きんちょうの糸は切れなかった。でも、かかっているのはちょっとした景品と駄菓子屋のスコアボードに名前が残る権利くらいしかない。計算上の確率から考えると、十五連勝というのはかなりすごい。だが、ただ確率的にすごいというだけで、その先には特に何もないのだ。一体何を気負う必要があるのか? と。
「なんかジョウがきんちょうしすぎるからボクの方がかえって気が抜けたよ」
「……、は? はぁぁ? まあ、おれのおかげということか、感謝したまえ」
「あはは、ありがと」
軽く笑って適当にジョウにお礼を言ってから、ケンは軽い気持ちでグーのボタンをぽちりとおした。
ポーンと機械が言って、パネルにチョキのマークが表示された。
勝ちだった。
「おぉ。勝っちゃった」
ピピピピピとかんがいもへったくれもなしにルーレットの音がひびく。
ケンもジョウもおばあちゃんも、ぼう然とジャンケンゲームのパネルを見つめていた。
開いた口はふさがらなかった。
メダルのはき出しルーレットは『1』で止まった。機械にはご祝儀というがい念はきっと存在していないのだろう。いや、この場にいるだれもそんなもの期待していないけれども。
「うぉぉぉぉぉお!! すごい!! めちゃくちゃすごい!!」
「十四連勝が上書きされるとは、あたしゃ思ってもみなかったよ。やっぱり長生きはするもんだねぇ」
ジョウがかん声を上げて、おばあちゃんは心底感心したのか腕を組んでうんうんとうなずいていた。
「まあでもとりあえず、次行くね?」
もう勝ち負けそっちのけな二人に向かってケンが何気なく言った。
そもそも本来は連勝云々よりもレンチャンありのジャンケン十番勝負でしかない。だから最初に決めたルールに従って、負けるまでは挑戦し続ける必要がある。それが二人で決めた勝負のルールだ。
「いやいやいや!! おまえ、正気か!?」
「えぇ? だって、そういうルールでのジャンケン勝負でしょ、コレ」
「……、あっ、そういえばそうだったな……。いや、もう勝負はおまえの勝ちだ、ケン!」
ぐぅっと力強く拳をにぎって、ずびしっ! とケンに向かって指をさして、気持ちの良い発声で言い放った。
「それでいいの?」
「おれは感動したよ。こんなことってあるんだなって……。だからおまえの勝ち!」
そんなやり取りをしている間におばあちゃんがいったん店のおくへと引っ込んで行って戻ってきた。
「これに名前を書きな、それからこれは景品だよ」
おばあちゃんはネームプレート用の台紙とにごった小さな石を差し出してきた。
とりあえず台紙を受け取って、ちょっとだけなやんでからヤマトとカタカナで自分の名字を書きこんで、おばあちゃんに返してから、差し出された濁った小さな石を受け取る。
「これは……?」
「幸運の
「おぉー」
モノとしてはかなりにごった琥珀色をしているため、そう高いモノではないだろう。しかしこういうのは値段や品質ではないのだ。
勝負に勝って勝ち取った宝石、という付加価値が彼らにとって何よりも大きなものだ。
「折角だしアイスでも買って食べようぜ」
「いいね。勝利のアイス!」
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