第7回
快晴の午後。
クラス3の生徒23人が校庭に集められた。
「今日は、みなさんに、魔法実技形式のレースをしてもらいます」
生徒達が、ざわつく。
「ルールは簡単。ここから一斉にスタートして、あの山の頂にある神社の灯籠に、魔法で火を点けて戻ってくるだけ。魔法による妨害自由。ただし、危害を及ぼす行為は減点となります」
山頂までのルートは、箒で飛べば一直線だ。当然、妨害があるだろう。山の麓を迂回するルートは、長いが、妨害を回避するには有効なルートだろう。森の中を抜けるルートが一番、大変だ。人の手の入っていない森の中。樹を避けながら飛ぶには、かなりの技術を要する。故に、妨害を受けにくい。
「みんな、ルートは選定できたかな?」
金髪碧眼の美少女がいる。彼女は、冴を鋭く見つめている。
そばかすJKが耳打ちする。
「麗子。やっちゃうチャンスじゃない?」
天然パーマのJCが耳打ちする。
「高嶺さんやっちゃってくださいよ。あの生意気な転校生」
ふたりに、
「あたりまえじゃない」
と言って、不敵な笑みをこぼした。
全員、箒にまたがる。
「よーい! スタート」
一斉に生徒が飛び立つ。青い空に、生徒の影が鳥のように羽ばたいている。
先頭に躍り出たのは、高嶺麗子だ。
彼女は森の中に入り、樹々の隙間を縫うように飛ぶ。
冴は、ほとんどの人がそうしているように、山の頂上目掛け、一直線に飛んで行く。
その時、冴目掛けて火の玉が飛んでくる。
森の中から火を放っているのは、麗子だ。次々と放たれる火の玉を、巧みによける冴。しかし、炎が箒に燃え移ってしまう。
冴は森の中へ墜落する。
「やった」
それを心配した、大空由樹と高梨瑠璃が、冴を追う。しかし、森の中は鬱蒼としていて、とてもまともに飛ぶことは、できそうにない。ふたりは森の上を低空で飛びながら、冴を探した。
麗子は、ほくそ笑みながら、森から出る。
突然、森の中から飛び出した冴が、麗子の目の前に現れた。
箒は燃え上がり、ロケットの様に煙を吹いている。煙に巻かれ、一瞬、冴を見失ったが、箒は黒煙を描き、ふらふらと蛇行しながら学校へ向かってゆく。
学校側に知られると、マイナス評価になるかもしれない。慌てて麗子は煙の軌跡を追う。
やっと追いついた煙の先端にはもなく、ただ煙だけが尾を引いていた。
「え?」
振り返ると、森の中から冴が飛び出してきた。
「幻覚魔法!?」
灯篭に魔法で火を点けると、引き返してくる。すれちがう瞬間、冴の箒が凍っているのが見えた。
麗子も灯篭に火を点けると、冴を猛追する。しかし、追いつくことはできず、負けてしまう。
冴が近づいて言う。
「また、戦いましょう」
にこっと微笑む。
冴の背を見て乃亜は言う。
「なにカッコつけてるんですか。背中に毛虫ついてますよ」
「うそ! マジ! とって! 私、虫だめなの!!!」
麗子も思わず噴き出した。
そばかすJKが耳打ちする。
「今度は虫攻撃してやろうよ」
「バカ! 虫はあたしもダメなのよ」
風が強くなってきた。
草は、さざ波に洗われるがごとく、波立たせ、森の樹々は幹を大きく揺らす。風に乗って、雲の固まリがやって来て、島にスコールを降らす。
冴は空を見上げる。
「なんか、天気悪いね」
乃亜は冷静に返す。
「台風が近づいてます」
「台風か…」
雨はやがて土砂降りに変わり、校舎を激しく打ち付けた。風はさらに強くなり、校舎をゆらゆらと揺らす。
悪天候時、魔法の実技は、講堂や体育館を使った、室内でも可能な魔法の修練になる。講堂では、人の感覚を狂わせる神経魔法。幻覚、幻聴、睡眠、健忘などの魔法訓練。体育館では、魔法使用可の競技が行われる。
冴、乃亜、由樹、瑠璃。そして麗子が、神経魔法の授業に参加する。
講師は言う。
「人の神経を狂わすのは、非常に危険です。なにしろ、人の心を直接、操ってしまうんですから。この手の魔法は、本人の魔力で相殺することもできるけど、魔力を持たない人は、時間経過か、魔法を解かない限り効き続けます。以上の点、十分に留意してください」
「樋口さん」
「はい」
「被験者になってくれる?」
「はい」
冴は講師の前に立った。
「あなた、前の演習で幻覚魔法を使ったわね」
「はい」
「もし、その人が、ケガをしたらどうしようとは、考えなかった?」
「すいません」
「まあ、あなたが丸焼けになるよりはマシだったかも知れませんが。こんなふうに」
講師は冴の顔に手をかざすと、冴は炎に包まれた。
驚く冴と生徒。
パッと手を振ると、炎は消えた。
「操りたいイメージを強く描いて、相手に送り込む。コツは、より具体的なイメージを強く描くことね。それでは、二人一組になって、魔法を掛け合ってください。樋口さんの相手は、高嶺さん」
「はい」
「お願いします」
「わかりました」
対峙する冴と麗子。
「このあいだは、よくもやってくれたわね」
「うわ。悪者のテンプレセリフ」
「うっさい! このあいだの仇はとらせてもらうから」
「できたらねいいね」
冴が指を鳴らすと、足元にイスが現れる。
「立ち話もなんだし、座って話さない?」
「幻覚魔法でしょう」
冴はイスに座った。
イスは本物なのか? 冴はイスに座っている。ここで、イスに座らないのは、負けた気がする。
麗子は、イスに座った。
その瞬間、イスが消え、麗子は尻餅をついた。
「やっぱり幻覚じゃん!」
「私にも経験があります。本物のイスだと思って座ったら、イスは後ろに引かれた。魔法ですね」
「仕返しのつもり?」
「こんなこともあったな~」
空から水の入ったバケツが、麗子に落ちて、彼女を水浸しにした。
「安心して。それ、幻覚だから」
冴が指を弾くと、バケツと水が消えた。
「バカにしやがって」
バッと手を冴の顔にかざす。
冴は、フッと気を失い、その場に崩れ落ちた。
「あたしにだって、睡眠魔法ぐらいできるんだ」
眠らせたが、それから何をしていいかわからない。いっそ、服を脱がしてやろうか。冴のスカートに手を掛けた時、ガラスの割れる音が講堂内に響いた。それと同時に、風と雨が吹き込み、講堂にいた全員がパニックにおちいった。
「どうせこれも、幻覚魔法なんてでしょう」
風雨に舞って、割れたガラスが麗子を襲った。幻覚だと思っている麗子は、怖いながらも立ちつくしていた。
麗子を突き飛ばして、襲ってくるガラス片の前に立った冴は、手をかざすと、ガラス片は風雨と共に、ふたりを避けて飛んでいった。
気がつけば、冴と麗子を中心に結界が貼られている。
「あなた、眠ってたんじゃ」
「気持ち良く寝てたけど、うるさくて目が覚めた」
「助けてくれたの?」
「あなたに、もしものことがあったら、寝覚め悪いしね」
割れた窓ガラスは、講師の魔力で、ほどなく修復した。
「天候がすぐれません。今日の授業はこれで終わります」
他の生徒が、講堂から出て行くのを眺めながら、冴は麗子を見る。
「ちょっと外、出ない?」
「バカなの。外、台風よ」
「だからよ」
ドアのノブに手を掛けて、押し開けようとして、押し戻された。
「付き合ってらんない」
立ち去ろうとした麗子の腕をつかむ。
「まあまあ」
一気に扉を開ける。突風と同時に石つぶての様な雨に、打ちつけられる。
麗子の腕をつかんだまま、冴は校庭に歩み出た。
「なんのつもり?」
「なに?」
「な・ん・の・つ・も・り」
「よく聞こえない!」
暴風雨の轟音に、声などかき消されてしまう。目もまともに開けられない。服はあっという間に、ずぶ濡れになった。
校庭に歩いて行って、冴は吠えた。
「なんで私をいじめたんだー!」
麗子もヤケになった。
「あんたがむかついたから!」
「なんで!?」
「楠木彩の娘で、天才で」
「それで?」
「ずるい!」
強風で髪やスカートは舞乱れ、雨粒はいっそう激しく飛んでくる。
「麗子ちゃんもずるい!」
「なんであたしが」
「美人で、金髪で、碧眼で、おっぱいがでかい!」
「いまそれ関係なくない!?」
「あなたの容姿がずるい!」
「しょうがないじゃん! 日本人とフランス人のハーフなんだから!」
「私だってしょうがないじゃん! たまたま楠木彩の娘に生まれちゃったんだから!」
講堂からふたりを見ている、由樹と瑠璃。
「なにしてんの?」
「さあ。青年の主張じゃない?」
「あたしだって、魔法がうまくなりたい!」
「私だって魔法がうまくなりたい!」
「あんたうまいじゃん!」
「もっとうまくなりたい!」
「贅沢者!」
「火の玉打ってきたの忘れないからな!」
「幻覚でだましたのゆるさないからな!」
散々言い合って、そのうち、可笑しくなって、気がつけば大笑いしていた。
それを見ていた乃亜は言う。
「バカみたい」
この後、ふたりは一緒に、お風呂に入った。
JK魔法捜査官 警視庁魔法課 ─(魔)─ マル魔の冴 おだた @odata
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