第6回
朝。
窓から差し込む日差しで目が覚めた。乃亜は既に起きていて、部屋にいない。洗面所で歯を磨いている乃亜に会った。
「おはよう」
「…」
返事はない。
歯を磨いた後、部屋で授業の準備をしている。
冴も制服に着替える。
会話がない。
気まずい。
「乃亜ちゃん、一緒に朝食行かない?」
ちょっと、間がある。
「いいですよ」
やった!
冴と乃亜で朝食をとる。黙々と食べるふたり。
会話がない。
気まずい。
「冴ちゃん、おはよ~」
「冴ちゃん、おはよう」
由樹と瑠璃が席に入ってくる。
「よく眠れた?」
「まあまあです」
「今日から授業だっけ?」
「はい」
「緊張してる?」
「はい」
「ま、冴ちゃんほど優秀なら、楽勝でしょう」
「気負わず、マイペースでね」
「はい」
その朝、乃亜とはまともに話せなかった。
冴は朝食後、学長室へ向かった。
「今日から授業よ。昨日、受けてもらった実力テストの結果から、あなたのクラスを決めました」
冴は、学長から教科書と、成績表を受け取る。
「成績表に応じて、自分の受けたい授業を受けてね」
「はい」
午前中は、学校の勉強をする。
各科目とクラスレベルの時間割は、毎週決まっていて、自分の学力に応じた授業を、自分で選択して出席する。
午後は初めての魔法実技。基礎から学ぼうと、魔法実技1クラスを選択した。
魔法実技1クラスの生徒、5~6名が集められ、授業が始まる。その中に、乃亜がいる。
「みなさんには魔法使いの基本、箒による飛行を習得してもらいます。箒にまたがり、目線はまっすぐ前。箒が浮き上がる姿をイメージしながら、箒全体を持ち上げてください」
冴は箒にまたがり、講師に言われたとおり、箒を持ち上げるイメージで。
冴の足元を中心にして、かすかな風が吹き始める。
スカートがひらひらと舞う。足元の砂が、同心円状に輪を作る。
風はますます強くなり、箒がゆっくりと浮き上がり、冴の足が地面から離れた。クラスメイトから、感嘆の声が上がる。
「すごい。一発で成功なんて」
他の生徒も感化されたのか、次々と浮き上がる。そんな中、乃亜が苦戦している。冴が飛んで近づく。
「乃亜ちゃん」
「来んなっ!」
そのとき、乃亜が飛び跳ねた。
空高く舞い上がった乃亜は、箒を手放し、落ちてくる。
「危ない!」
そっさに飛び上がった冴が、乃亜を受け止める。
「大丈夫!?」
乃亜は、冴に抱きしめられている。心配そうな顔をする冴。抱かれた身体が暖かい。
「ありがと」
乃亜は頬を紅く染める。
「次は、念力」
校庭に、生徒の数だけ1メートルの棒が立てられている。
「あれを倒してみて」
え? それだけ?
皆は、手をかざして念を送る。
「先生」
「なんでしょう。樋口さん」
「箒で飛ぶより、木の棒を倒す方が難しいんですか?」
「やってみれば?」
講師の挑発に、ちょっとムッときた。
冴は、今までどおり、木を持って、重さ手触りを感じ、倒すイメージの念を送る。木はフルフルと震えて、ぽてんと倒れた。
「やった」
そのとき、周りの生徒が喚声を上げた。
なんと、乃亜が木を倒したのだ。
「乃亜ちゃん、すごい」
乃亜はその棒を転がしたり、立てたり、回転させたりして、その有能ぶりを発揮して見せた。
これには講師も拍手を送った。冴も、周りの生徒も拍手を送った。
「次は火をやってみようか」
おがくずが、皿の上に載っている。
手をかざして、熱く炎の燃え盛るイメージで。
おがくずから、かすかに煙が立ち上がり、少しずつ黒ずんでくると、パッと火が点いた。
おお! と、再び感嘆の声が上がる。
ここでも個人差がある。火を点けられる人。黒焦げで終わる人。煙が微かに上がる程度の人。乃亜は苦戦していて、煙すら上がらない。
がんばって。乃亜ちゃん。
次は氷だ。
バットに張った水に手をかざし、冷たく冷やすイメージで。
水の表面が震え、皮膜のように凍った。
「また、一発」
「すごい」
さすがにこれは、苦戦する人が多数。ほとんどの人が、水を凍らせることができない。講師が生徒の水を触り、出来具合を確かめる。冷やすことはできても、凍らせるまではできない。
「飛ぶとか、燃えるとかは、実生活の中で目にする機会があります。水が凍る過程をじっと観察した人は少ないと思います。ほとんどの生物は、熱を出して生きてます。熱するのは得意ですが、冷やすことはできません。どうして水が凍るのか? 考えましょう」
授業中、ひとりで課題に格闘している乃亜。手助けするのが、良いことなのか、悪いことなのか。冴にはまだ、わからなかった。
夜の食堂。
冴の周りに人が集まっている。
「樋口さん、すごいね。初日から、全ての基礎、魔法実技を一発クリアだなんて」
「今まで、どんな訓練してきたの?」
「訓練はしてないです」
「訓練無し!」
「天才か!」
「あたしなんて、一か月たつのに、箒で浮くぐらいしかできない」
「あたしは、凍らせるのができないんだよね」
「なにかコツとかある?」
「よくわからないですが、イメージと集中力ですかね」
「イメージと集中力?」
「例えば水を凍らせる魔法なら、その水が氷の様に冷たく、冷たくて、指が痛い!
というイメージに集中するって感じでしょうか」
「へー、すごいね」
「あたしはダメだ。どうしても雑念が入っちゃう」
しかし、その優秀さを快く思っていない人がいた。
数日後。
食堂で椅子に座ろうとした瞬間、椅子が後ろに動いて、冴は尻餅を着いた。
周りから、クスクスと笑い声が上がる。
ある時は、水の入ったバケツが落ちてきて、冴はずぶ濡れになった。
またある時は、体育の授業で走っていたら、何もないのに、まるで何かにつまづいたかのように転んだ。
「これはいじめです!」
「断然、抗議しましょう」
冴の部屋に押しかけた、隣室のふたりは豪語する。
「まあ、そうですね」
「そうですねって、なにのんきなこと言ってるの」
「被害者はあなたなんだよ」
冴は、乃亜をチラッと見た。
「この話、止めない?」
「なんで?」
「誰がやったかわからないし」
「泣き寝入りしたらダメだよ」
「まあ、そうなんだけどさ」
「だったら、毅然とするべきじゃない?」
「うん。そうだね」
「なに、その煮え切らない返事」
「対処はする。考える時間をちょうだい」
「冴がそう言うのなら」
「でも、泣き寝入りだけは絶対、ダメだからね!」
「わかった」
ふたりは、部屋を出て行った。
夜。
勉強をしている乃亜。冴が肩越しにノートを見る。算数の勉強だ。だいぶ、苦戦しているようだ。
「教えてあげようか?」
「けっこうです」
「わからないことは、教えてもらうのが上達の近道だよ」
「…」
「それじゃ、乃亜ちゃんに教えて欲しいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「棒の動かし方」
「冴さんも動かせてたじゃないですか」
「乃亜ちゃんほど、巧みに動かせられなかったから」
「教えることなんてないですよ」
冴は、自分の机に鉛筆を置いて、机から離れ、鉛筆に手を伸ばす。
「はっ!」
「?」
掌を波打たす。
「ふう~」
「なにやってるんですか?」
「フォースで鉛筆を手にしようと思って」
「フォースって…」
乃亜は呆れて、冴の隣に立ち手をかざすと、その鉛筆を手の中に引き寄せた。
「すごい!」
「別に、たいしたことないです」
「でも、私にはできない」
「誰でも、できるようになりますよ」
「教えて」
面倒くさい顔をして、乃亜は話す。
「鉛筆を持つ感覚。手触り、重さ、重心を感じて、それを手に引き寄せる感じです」
「なるほど」
冴は、乃亜のアドバイスどおり、鉛筆の手触り、重さ、重心を感じ、手に引き寄せるイメージで。
鉛筆は、飛んで冴の手に収まった。
「できた!」
「良かったですね」
「乃亜ちゃんが教えてくれたおかげだよ」
「そんなことないです。冴さんの実力です」
「教えてくれて、どうもありがとう」
乃亜は頬を紅く染めている。
「乃亜ちゃん。その算数。図形だね。どこがわからないのかな?」
その日、冴は乃亜に勉強を教えた。
これで、ちょっとは距離が近づいたかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます