第4回
成田空港でもなく、羽田空港でもない。東京の真ん中に、飛行場があるのを、冴は初めて知った。
府中飛行場の片隅で、軽飛行機が待機している。
「それじゃ、行ってくる」
「冴をよろしく頼むと、学長に伝えておいてくれ」
「OK」
「お父さん、いってきます」
「いってらっしゃい」
湯崎と冴が乗り込む。
「湯崎さん、飛行機の操縦できるんですか?」
「これぐらいならね」
冴を乗せた軽飛行機は、プロペラを回転させ、府中飛行場の短い滑走路から、あっという間に空へ飛び立つ。東京の町が、あっというまに小さくなってゆく。
冴は、母に抱かれて飛んだ空を思い出していた。
「これから行く警察学校は、全寮制だ。魔法の事が外部に漏れないよう、小笠原諸島にある、ひとつの島を借り切っている。魔法による認識阻害で、外部からは、何の変哲もない島にしか見えない」
「前の学校の制服、着てきたけど、問題ないですか?」
「大丈夫。転校するわけじゃないからね」
「どういうことですか?」
「魔法学校、って呼ばれてるけど、正確には専門学校に近い。だから、席はあくまでも高校生」
「どんな人がいるんですか?」
「下は小学生から、上は主婦まで、幅広い世代が学んでいる」
「そんなに!?」
「魔法の力に目覚める年齢は様々だからね。正しい使い方を学んで欲しいから、魔法が使える人には、なるべく入学してもらっている」
「嫌だって言ったら?」
「監視魔法を付ける」
「監視魔法?」
「魔法版のGPSタグみたいなものだね」
2時間ほど飛ぶと、島が見えてくる。
「あの島ですか?」
「そう」
「建物らしきものが見えないけど」
「言っただろ。島全体に認識阻害魔法が掛けられているって」
飛行機は島へどんどん近づき、やがて目の前まで山が迫ってきた。
「ぶつかっちゃわない!?」
その時、前の光景が陽炎のように揺らいだと思うと、滑走路が現れた。
飛行機はそまま滑走路に降り立つ。冴と湯崎が降りてくる。
そこへ、女性の警察官が歩み寄ってくる。
「ようこそ、警視庁魔法学校へ」
「こんには。お世話になります。樋口冴と申します」
「さすが、彩さんの娘だけあって、礼儀正しいわね。私は、ここの学長を務めている、
「よろしくお願いします」
「早速、校内を案内するわ。ついていらっしゃい」
「はい」
「学長!」
「なに? 湯崎君」
「徹からの伝言。冴をよろしく頼むってさ」
「もちろん。安心してって伝えておいて」
「冴ちゃん」
「はい」
「俺は帰るから、元気にやりな」
湯崎は、人差し指をおでこに当てて、ピッと跳ねる。
「どうもありがとうございました」
冴は、深々とお辞儀をした。
飛行場のすぐ隣に、校舎が建っている。
校舎は、見るからに古めかしい赤い煉瓦で造られている。
赤煉瓦は、日焼けなのか、風雨による劣化なのか、火事でもあったのか、黒く焦げたり、白く煤けたりしている。欠けたり、ヒビ割れたりしているので、最初は規則正しく積み重ねられたであろう煉瓦が、拾ってきた石を積み上げたモザイクの様に見える。苔や蔦やが生い茂っているのも、古めかしさに深みを増している。
「古そうでしょう?」
「はい」
「この校舎はね、日本で最初に創立された魔法学校。明治に造られたの。開校は明治六年六月六日。教師六名、生徒六名、従業員六名でスタートしたのよ」
「はあ」
冴は目を丸くして、校舎を見上げる。
正面には、上部が半円になっている、観音開きの扉がある。木造の扉は、トラックがそのまま入れそうなくらい大きい。
扉がギギっと開く。
思わず息をのむ。
扉の向こうから、苔のような、カビのような、キノコのような、朽ちた樹のような、複雑な香りがただよってくる。しかし、悪い気分じゃない。むしろ、古民家に立ち入った様な、懐かしい香りだ。
煉瓦と木で造られた校舎の中は、天井が高く、明かり取りの窓が大きく造られ、意外と明るい。窓から射しこむ陽が、窓の形になって床に落ちる。歩みを進める人の形に、影となって窓の陽を切り取る。
開けた教室で、15~6人が授業を受けている。
「聞いたと思うけど、この学校には、下は小学生から、上は社会人まで幅広い年齢層が在学してるわ。年齢に応じた学力も、魔法を使う上で大事なこと。学力に応じて、それぞれ勉学に励んでもらいます」
クラスには、小学生から中学生、高校生、二十歳以上の人もいるようだ。
「クラスは成績と学科に応じて1クラスから6クラスまであって、年齢に関係なく、各個人の学力に応じた学科を選択して勉強してもらいます。成績が上がれば、上のクラスへ上がることができます」
「それって、飛び級ってことですか?」
「そうね。人によって科目に得手不得手があるから、国語が6クラスでも、数学が1クラスなんてよくあることよ」
「普通の学校と全然、違いますね。不満が出ませんか?」
「出るわよ」
「どうするんですか?」
「成績表を見て納得してもらいます」
「納得してもらえなかったら?」
「留年。最終的には退学」
「厳しい」
「当然。ここには、魔法と、その正しい使い方を学びに来てもらっているんですから」
校舎の長い廊下を抜けると、陽の眩しい外へ出た。
そこには、いわゆる学校にあるような、平らにならされた面はほとんど無く、50メートルの直線と角丸長方形のトラックがやっと描かれている。
校庭のすぐ左側は山になっていて、右側は崖になっている。その先は、蒼い海が洋々と広がっている。空から照りつける陽と、海に反射する陽が合わさって、眩しい。
「ぶっちゃけ、校舎以外、この島全体が校庭よ。基礎体力はもちろん、各種スポーツ、飛行、火、氷、各種魔法まで、幅広い範囲を学んでもらっています」
校庭では、数人ずつ、教師に習って走る人、箒で飛ぶ人、的に向かって火や氷を飛ばす人などがいる。
「ここも、クラス分けがあるんですか?」
「もちろん」
「やっぱり、実力主義ですか」
「もちろん」
「厳しいですね」
「厳しいよう。あなたも、負けないようにね」
「がんばります!」
「その意気や良し」
「さてと、そろそろお昼ね」
冴の懐中時計は午前11時43分を指している。
「そうですね」
「その時計、お母さんのね」
「はい。学長は、母をご存知なんですか?」
「ご存知もなにも、私の教え子よ」
「そうだったですか」
「優秀だったわ。私よりもね」
学長は、ニコリと微笑んだ。
「食堂が混む前に、昼食にしましょう」
食堂もまた、煉瓦で作られている。明かり取りの窓が大きく、広い食堂を照らしている。奇麗だけどちょっと違和感。奥行や天井の高さ、柱の数。部分的に造りが違う。キッチンはコンクリート製だ。
「さすがにこれだけの大人数になるとね、明治時代の造りのままじゃいかないから、増改築を繰り返してるわ」
びっくりしたー。まるで、私の心を読んだみたい。
「心を読む魔法もあるのよ」
「えっ!?」
「冗談」
ニコッと微笑む学長の顔が、少し怖くなった。
食事の後、学長室へ。
『学長室』と書かれた、ドアを開ける。
「失礼します」
中は、いわゆる校長室のように、大きな学長室机が窓際に置いてあり、壁には本棚があって、分厚く古そうな本が並べられている。
本棚の上に、モノクロの写真が飾られている。そこには、洋服をキリッと着こなす六人の大人。六人の女の子。外側に、メイド服や作業具服を着た、六人の年配者が写っている。
「この写真って」
「そう。この学校が創立した時に撮られた写真」
一枚の写真に、重い歴史を感じて、冴は身が引き締まる思いだった。
「座る前に、学生証用の写真を撮らせてちょうだい」
「はい」
壁を背にして写真を撮る。
「今から樋口さんには、学力テストを受けてもらいます」
「はい」
「かしこまらなくていいのよ。学校の成績は見たけど、今から行うのは、クラス分けのため。この成績で、クラス分けをします」
学長は、国語、数学、理科、社会、英語のテキストを並べる。
「どの教科から始めてもいいわ。ただし、必ず最初から始めて。そして、わからないと思ったところでペンを止めてください」
「はい」
「喉が渇くと思うから、水を置いておくわね」
「ありがとうございます」
「トイレはここを出て右に行った突き当たり。時間は今から17時まで。私は学生証を作りに席を外します。時間になったら戻ってくるから」
「わかりました」
「もう一度言うけど、これはあなたの、今現在のレベルを見るためのものだから、無理しないで。わからなかったらペンを止めて。時間が余ったら、寝ててもいいわよ」
「はい」
「それじゃあね」
学長は部屋から出て行った。
冴はさっそく、数学のテキストを開いた。
最初は、中学一年生で習った内容だった。ページが進むにつれて、徐々に難しくなってゆく。なるほど、最初から始めて、わからないところで止めろというのは、そういう意味か。
今の時刻は13時。あと4時間で5教科を解かなくてはならない。しかし、焦りは禁物。パラパラと各教科のテキストめくってみてわかった。どの教科も、中学一年生レベルから始まっている。時間配分を間違えてはダメだ。ひとつの教科に時間をかけすぎたら、他の教科がおざなりになってしまう。
冴は再び、ペンを走らせた。
夢中で問題を解いているとき、ドアをノックする音がした。
「はいっ!?」
ちょっと、びっくりした。
学長が入ってくる。
「調子はどう?」
「まだまだです、って、もうそんな時間ですか!?」
冴は慌てて時計を見た。16時53分。
学長は回答済みのテキストを手にし、パラパラとめくって見た。
「あなた、本当に頭が良いのね。各教科に時間配分して、余った時間を、解けるところまで進めてた。このテキストにはね、中学一年生から、高校三年間と、大学で習う範囲まで載ってるのよ」
「なんか、わからない公式が出てきたのはわかりました」
「それを自力で解こうとしたの?」
「ダメでしたね、はは…」
まったく、たいした子だわ。
「はい、学生証」
冴は、学生証を手にした。
「その学生証には、ICチップが入っていて、あなたの成績が全て記録されていきます。それと、この学校では基本、現金は使えないから、食堂や購買、自動販売機ではそれを使ってね」
「はい」
真新しい学生証を手に、冴は改めて、ワクワクと込み上げる興奮を押さえられなかった。
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