第3回

「ここからが本題だが、冴ちゃん。君は魔法を信じるかい?」

「はい?」


 ぽかーんとしている冴の前に、花瓶に生けられた一輪の花を取り出した。

 湯崎真司と名乗った警察官は、その花を摘んでみせた。

「摘んでしまったこの花。どうやったら、元通りにできるだろう?」

「えっと。接ぎ木ですか? 茎を斜めに切ってつなぎ合わせる」

「こうするんだ」

 摘んだ花の切り口を、元の茎に合わせて、手をかざすと、白い閃光が眩しく光った。

 手を放すと、花は元通り、茎に付いて花を咲かせている。

「君が被害者にしたのはこれ。治癒魔法。ゲームでいうと、回復魔法かな」

「あの、なにが起こったのか理解出ません」

「君は魔法で被害者を助けたんだよ」



 頭の中を、その時のできことが、鮮明によみがえる。



「はは、魔法だなんて。私を馬鹿にしてるんですか? 手品ですよね」

「違う。間違いなく、君は魔法で被害者を救った」

 頭の中が、ますます混乱する。

「そんな、非科学的な…」

「それじゃあ、実際にやってみようか」


 机に、鉛筆やボールペン、消しゴム、ビー玉など、文房具が並べられる。

「なんでもいいから、念じるだけで動かしてみようか」

「どうやって?」

「手をかざして」

 冴は、消しゴムに手をかざす。

「手は触れていないけど、意識の中で触れるイメージ」

 ええ? そんなこと言われても…。消しゴムを凝視するぐらいしかできないよ。


 チャリン!


 何か、落ちる音がした。

 反射的に、音のした方に目を落とす。父が鍵を落としたらしい。ほっとして、顔を上げた瞬間、顔めがけ、ナイフが飛んできた。


「ヒャッ!」


 声にならない悲鳴をあげて、手でナイフを受け止めようとした。手にナイフが刺さる覚悟をした。激痛を覚悟した。しかし、手にはなんの感触も無い。

 恐る恐る目を開けると、目の前で消しゴムが宙に浮いていた。

 唖然と、消しゴムを見ていると、机の上に落ちた。


 全身から、冷や汗が流れて、今、起きたことを理解しようとした。

「それはね、俺が魔法で投げたんだ」

 ?

「錯覚魔法。幻術ともいう。消しゴムをナイフに見える魔法をかけて、君に投げた」

「はい…」

「消しゴムは、君のおでこに当たって、君はびっくり! というストーリーを予想したんだが、君はそれ以上のことをやってくれたよ」

 ??

「気がつかなかったかい? 君は飛んでくる消しゴムを、空中で受け止めたんだ。魔法の力で」

 呆然として、なにが起こったか理解しようとして、

「私が魔法を使ったんですか?」

 と、理性と科学の真逆を言っていた。

「そうだよ、君が魔法を使ったんだ」

 息が上がって、顔が紅潮して、手に汗がにじむ。



 水を飲んで、心を落ち着かせる。

「落ち着いた?」

「はい」

「じゃあ、さっきの続きをやってみようか」

 冴は再び、消しゴムに手をかざす。

 実際には触れていない。でも、触れているイメージで…。

 意識を掌に集中する。掌で、消しゴムをすくい上げるイメージで、重さと、質感を感じて、すくい上げる。


 ふわりと、消しゴムが宙に浮く。


「できた!」

「おめでとう」

「これで君も、魔法少女の仲間入りだな」


 その後、私は自分のやったことを、よく覚えていない。




 草と水の香りがする。

 陽が眩しい。

 ここはどこだろう? 草原? 河原?


「お母さん! 火、点けて!」

「火は危ないからダメ」

「なんで~。見たい! 見たい! 見たい!」

「ちょっとだけだよ~」

 冴の横にしゃがむ母。その腰には懐中時計がある。

 母は、指先から火を出して、薪に火を点ける。

 瞬く間に燃え上がる火に、私はワクワクして、思わず手を伸ばす。

「コラ!」

 私を抱きかかえたのは、父だった。


 私は、川の水を蹴って遊んでいる。

 足元を、小魚がすり抜けてゆく。

「お母さん! お魚がいる!」

「じゃあ、捕ってみようか」

 えいっ! えいっ! と、手を突っ込むが、素早く魚は逃げてゆく。

「とれな~い」

 母が、腰に付けた懐中時計を揺らし、水しぶきをあげながら、川面を蹴って来る。パッと手を開き、瞬きする間もなく水面に手を入れると、指先に挟んだ魚が、パタパタと水しぶきをあげていた。

 おおっ!

 感動して、自分もやってみるが、まったく捕まらない。

 母が、水面をなでると、そこだけ凍る。

「この下にいるよ」

 氷の下から魚をすくうと、冷たい魚が捕れた。

「やった! 捕れた!」

「すご~い」

 母は、満面の笑みで私を褒めてくれた。


 場面は空へ移る。

 母は、冴をベビーキャリアに入れ、箒で空を飛んでいる。

 冴は、空から見る街並みを、目を丸くして見ている。

「お母さん、きれいだね」

「奇麗だね~」

 陽を受けて、キラキラと輝く懐中時計が、母の腰で揺れている。


 突然、父が暗い顔をして言う

「冴。妙。お母さんは天国に行ってしまった。もう、会うことはできないんだ」

「なんで? どうして?」

 父は答えない。

「そんなのヤダ。ヤダー!」

 冴は大粒の涙を流して泣いた。




 泣きながら、冴は目を覚ました。

 これは、母が死んだと告げられた時の夢。

 その前のは、魔法?

 母から魔法を見せてもらったことなんてあったんだ。すっかり忘れてた。


 リビング。

 母の写真の前に立つ。

 後ろから、父が話しかける。

「お母さん…。彩はね、とても優れた魔法捜査官だった。魔法学校を卒業した後、湯崎と一緒に、警視庁魔法課に三人そろって配属された。警視庁魔法課というところは、魔法によって犯されたと思われる犯罪を専門に捜査する部署だ。残念なことだが、魔法を使える人、全てが善人ではない。中には魔法を使って犯罪に手を染める人もいる。私たちはそこの捜査官だった」

「お父さんとお母さんが、警察で一緒に働いていたのは知ってたけど、魔法の部署だなんて知らなかった」

「秘密にしていたからね」

「それじゃ、お母さんが亡くなったのも」

「捜査中、とある事件に巻き込まれてね。行方不明になった」

「行方不明? 死んだって聞いたけど」

「正確には、死んだかどうかはわからない。犯人が使った魔法に巻き込まれて、この時空間から消えてしまった」

「そうなんだ…。じゃあ、お母さんをその時空間? から救い出すことはできないの?」

「わからない」

「どうして?」

「今の魔法理論では、魔法で時間や空間には干渉できないとされている。しかし、時間や空間を操れる魔法ができたら、どんな犯罪でも可能になるだろう。犯人たちはその研究をしていた。危険な魔法の実験をしていると聞いて、俺たち魔法課が出動した。魔法がどうなったかはわからないが、その実験にお母さんは巻き込まれた」

「犯人はどうしたの?」

「逃げられた」

「そんな…」

「現場には、彩が身につけていた時計だけが落ちていた。犯人は今も追跡中だが、さすがにヤバい実験だったと、悟ったんだろう。以後、足取りは途絶えて、10年がたった」

「そんなことがあったんだ…」

「正義心が強く、曲がったことが嫌いで、弱い人に手を差し伸べる、聖人のような人だった。誰よりも、罪を憎み、罪に手を染めた人を救いたいと考えていた」

「『罪を憎んで人を憎ます』だっけ」

「お母さんの口癖だ」

「ひとりでも多くの人を救いたいと、言っていたよ」


 父は、母の写真に供えられていた懐中時計を手にした。

「その時計、壊れてるよね」

「壊れてる。でも、この時計を使っていた」

「どうやって?」

「魔法力を上げるには、常に魔法を使っているのが効率的だ。彩は、この時計を身につけ、魔法の力で常に動かし続けた」

「寝てるときも?」

「魔法は相手に干渉する力だから、抵抗する力も必要になる。普通の時計は魔法の干渉で簡単に狂う。自分の魔力で動かし続ける時計は、最強の羅針盤になるんだよ」

「すごい」

「ちなみに、お父さんが付けている腕時計も壊れてるんだけどね」

「動いてるよ」

「俺の魔力で動かしてる」

「すごい」

「冴には魔法の力がある。もし、その力を人のために使いたいというのなら、行って欲しいところがある」

「行って欲しいところ?」

「魔法学校だ」

「魔法学校…」

「そこで、魔法の正しい知識と使い方を学んできて欲しい。返事は今すぐじゃなくていい」

「行きます」

「即答だな」

「私に魔法の素養があるのなら、習得したい。人のために役立てたい。お母さんのように」

 父は、時計を冴に手渡す。

 ずっしりと重い、アンティーク調の手巻き懐中時計は、3時16分21秒。ちょうど、長針と短針が重なったところで止まっている。

「その時計を彩だと思って、持っていなさい。必ず、冴の力になるはずだ」

「ありがとう。お父さん」




 数日後。


 キャリーケースに荷物をまとめ、玄関に冴が立っている。学校の制服を着て、腰の右側に懐中時計をぶら下げている。


「お姉、いってらっしゃい」

「妙、家のこと頼んだよ」

「任せておいて」

「ホントかな~。このあいだ、目玉焼き焦がしたから心配だよ~」

「今度こそうまくできるよ!」

 冴が拳を突き出す。妙が、その拳を突く。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 玄関のドアを開ける。

 眩しい陽が、冴を出迎える。

 時計に手を当て、現在の時刻を念じる。時計の針が進み、現在の時刻を刻み始める。


 よろしくね。お母さん。


 冴は、快晴の空の下、自分の道を歩みだした。

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