第2回

 夜の繁華街。

 その一角で赤いパトライトが光っている。

 救急車がサイレンを鳴らして走り出し、警察官が慌ただしくビルの谷間から出入りしている。野次馬が、薄暗いビルの谷間を覗き込むが、中でなにが起こっているか見えない。

 その薄暗い路地の奥で、制服を鮮血で染めた、女子高生が立っていた。




 少し前。


 冴は、刺された女性の傷口に手を当て、圧迫止血をしていた。

 そこに、警察官が自転車で駆けつけた。

「どうしたの? だいじょう?」

「この方が暴漢に襲われ、刺されました」

「救急車は?」

「呼びました」

「犯人は?」

「刺した男は逃げました。他の二人はそこで転がってます」

 そこに救急車が駆けつける。救急隊員が冴に話す。

「刺されたって?」

「圧迫止血してます」

「私が代わります」

「いっせーのーせ」

 圧迫部を救急隊員と代わる。

 彼女は、そのままストレッチャーに乗せられ、救急車で搬送された。

 パトカーが駆けつけ、警察官が続々と集まると、転がっていた二人は取り押さえられた。



 警察官のひとりが事情を訊きに来る。

「あなた、怪我は?」

「私はだいじょうぶです」

「事情、訊いていいかな?」

「はい」

 冴は状況を説明した。

 警察官は無線に向かって言う。

「容疑者の特徴は、身長175センチ程度。中肉中背。年齢は20歳から30歳。TシャツにGパン。蛍光色の靴を履いているもよう」

 女性の警察官が、冴に優しく語りかける。

「警察までご同行願えますか?」

「はい」


 冴は女性警察官に連れられて、警察署の取調室に着いた。

「お名前、教えてください」

「樋口冴です」

「住所は?」

「東京都●●区●●… です」

「ご家族は?」

「父と妹がいます」

「お父さんの連絡先、教えてくれるかな?」

「090-●●●-●●●です」

「じゃあ、お父さんに連絡するね」

「はい」

 女性警察官と入れ替わるように、刑事が入って来て、冴の前に座る。

「こんばんは」

「こんばんは」

「先ほど、あなたが刺されたと言って救助した女性なんだけどね、怪我してなかったんだ」

「はい?」

「あなたはだいじょうぶ? 怪我してない?」

「私はだいじょうぶです。あの方、怪我してなかったんですか?」

「確かに、服には鋭利な刃物で切られたような痕がありました。服には、かなりの量の血を含んでいました。怪我した痕はあったけど、怪我はありませんでした」

「助かったんですね!?」

「貧血はあるけど、命に別状はない」

「良かった~」

 冴は、心底、安心した。


「あなたは、怪我をした方に、なにをしたのかな?」

「圧迫止血です」

「どうやって?」

「両手を傷口に当てて、体重かけて」

「どうして?」

「必死だったから」

「普通の人は、怖くて傷口に手を当てるなんてできないんだけどね」

「学校の保険体育で習いませんでしたか?」

「習っていても、とっさにできるモノじゃないから」

「はあ」


 ドアが開いて、先の女性警察官が言う。

「お父さんと連絡とれたから。今から来るって」

「はい。連絡、ありがとうございます」

 女性警察官は、刑事の方を叩き、耳元でささやいた。

「彼女、(魔)マルマ案件です」

「了解」

 女性警察官は、冴に聞こえないよう気を配ったようだが、冴には聞こえていた。

 まるま? まるまってなんだろう。

 刑事と入れ替わって、女性警察官が再び冴の前に座る。

「お父さんが来るまで、ちょっとお話ししようか」

「はい」


 30分ほど、事件と全く関係ない、雑談をした。


 父が入ってくる。

「お父さん」

「冴、だいじょうぶか?」

「私は全然平気。それより、刺された人が心配」

「刑事さんから説明があったと思うけど、だいじょうぶだから」

「良かった」

「着替えを持ってきたよ」

 父はバッグから、冴の普段着を出した。

「ありがとう」

「外に出てるから、着替えなさい」

 父が取調室から出る。


 少しして、中から冴が声をかける。

「着替え終わったよ。お父さん」

 再び、父が中へ入る。

「それじゃあ、帰ろうか」

「事情聴取は?」

「うん? もう終わったって聞いたけど」

「なんか、雑談しかしてなかったような…」

「それなら終わったも同然だ」

 なんか、釈然としない。

「お父さん、私、事情聴取されてないよ」

「冴。明日、予定あるか?」

「特にないけど」

「それじゃあ、明日、空けておいてくれ」

「なにそれ?」

「頼むよ」

「わかった」

 父は、そのまま黙してなにも語らなかった。

 だから冴も、黙っていた。


 家に着いて、妹の妙が心配そうに駆け寄ってきた。

「お姉、だいじょうぶ?」

「私はだいじょうぶだよ」

「良かった~。事件に巻き込まれたって聞いたから、心配したよ~」

「ありがとう」

「お姉、お風呂入って。ケーキの準備できてるからさ」

「ありがとう」


 帰りは遅くなったが、三人で、冴のバースデイ・パーティーが開かれた。

 ケーキには、16本のロウソクに火が点り、クラッカーが鳴る。

「おめでとー!」

「おめでとう」

「ありがとう」

 フッと、ロウソクの火を一気に吹き消す。

 パチパチパチ♪

「さっそく、プレゼントで~す」

 楽しいバースデイ・パーティーは、普段より遅い時間まで続いた。




 朝。


 冴より早く父が起きて、朝食の準備をしていた。

「おはよう」

「おはよう」

「お父さん、昨日のことなんだけど…」

「その話は、朝ご飯を食べた後にしよう」

「うん」


 妙を交え、三人で朝食をとる。

 今日は祝日。

 妙は、友達と遊びに行くからと、中学生にしては派手な格好で出かけて行った。


「冴。さっそくでかけようか」

「はい」

 身支度を調えた冴は、父の運転で走り出した。

「お父さん」

「なんだ?」

「なんでもない」

「そっか」


 間が持たない。


 いつになく真面目な面持ちの父。

 なんか、すっごい悪いことしちゃったのかな。

 それとも、誕生日のサプライズ・プレゼント!

 なんて、ないか…。



 着いたのは、警視庁。


 え?


 父に促されるまま中に入る。しかも、父の顔パス。


 ええ??


 時々、年配の警察官と会う。

「徹さん、おひさしぶり」

「おひさしぶりです」

「元気?」

「まあ、ご覧のとおりです」

「娘さん、大きくなりましたね」

「お互いに歳取りましたね」

「はは」

 などと、話を交わす。


 えええ???


 訳がわからないまま、取調室に通された。

「冴。座って」

「はい」


 父と同い年ぐらいの男性が入って来て、父とハグする。

「徹ぅう! ひっさしぶりだなあ」

「ウソつけ、この間、会ったばかりだろう」

「ここは、百年ぶりだな~ってボケるところだぞ」

「はは」

「冴ちゃん、大きくなったね。おじさんのこと覚えてる?」

 これは、覚えていないと悪い流れか?

「えっと、その~」

「はっはっはっは! 冗談だよ。あの頃はまだ、彩ちゃんに抱かれてたもんな~」

「母をご存じなんですか?」

「ご存じ、ご存じ。ご存知もなにも、徹…。お父さんと彩さんと同期だからね」

「そうなんですか」

 父は、警察官時代の話をしない。生前の母も、全く話さなかった。

「積もる話は後にして、さっそく、昨日の事件の話をしようか」

「はい」


 冴と対面して男性が座る。

「改め自己紹介だ。湯崎ゆざき真司しんじ。警察学校時代に徹…、君のお父さんとお母さんと同期だった。今は警視庁のとある部署で働いている」

「私は…」

「だいじょうぶ! 冴ちゃんの事は生まれたときから知ってる」

「はあ」

「昨日の事件の報告も受けてる。概ね理解しているつもりだ。冴ちゃんは暴漢から女性を助けた。その際、女性が刺された。冴ちゃんは被害者を助けようと、傷口を必死に押さえた。しかし、その傷は何故か治っていた。ここまでOK?」

「はい」

「ここからが本題だが、冴ちゃん。君は魔法を信じるかい?」

「はい?」

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