JK魔法捜査官 警視庁魔法課 ─(魔)─ マル魔の冴

おだた

魔法警察学校編

第1回

 今日は、樋口ひぐち さえ。16歳、誕生日の朝。


 桜の木は青葉に変わり、春の雨と風の日が去って、暖かなそよ風が吹いている。空は青く染まり、陽は鋭く射して眩しい。

 スズメが水たまりで水浴びをし、蝶は花で蜜を吸い、冴の部屋から、目覚まし時計の音が響いてくる。


 うららかな4月28日。


 目覚まし時計を止め、ふわ~と背伸びをして、爽快にベッドから飛び起きる。

 パッとカーテンをめくって、窓を開けると、外の空気を大きく吸い込む。

「う~ん! 良い天気」

 窓を閉めて、身支度を調える。誕生日とはいえ、今日は学校だ。

 キッチンに降りてエプロンを巻くと、ご飯を炊き、味噌汁を作って、手際よくおかずを作り、テーブルへ並べてゆく。

 そこへ、父がリビングに入ってくる。

「おはよー」

「おはよう。お父さん」

たえは?」

「あいつ、まだ寝てるのか」

「起こしてこようか」

「私が行く」


 階段を軽快に駆け上がって、妙の部屋のドアをノックする。

「妙! 朝だよ」

 返事は無い。

「妙! 遅刻するよ!」

 返事は無い。

 ドアを開け、布団に包まっている妙の布団を、一気に剥ぎ取る。

「うわあああ」

 パジャマ姿の妙が、眠そうな顔で言う。

「おはよう」

「おはよう。早くしな。遅刻するよ」

「うん、わかった」


 中学の制服に着替えて、妙はリビングに入ってくる。

「それじゃ、朝ごはんにしようか」

 三人がテーブルに着いて、手を合わせる。

「いただきます」



「冴。誕生日おめでとう」

「お姉、誕生日おめ」

「ありがとう」

「今夜、家族そろってパーティをするから」

「プレゼント楽しみにしててよね~」

「変なの用意してないでしょうね?」

「そんなことしないよ」

「ほんとかなー」

「お父さんこそ、仕事で遅れるんじゃない?」

「難しい案件は終わったから、だいじょうぶ」

「忙しいみたいだけどさー。助手のひとりもいない私立探偵が、よく潰れないよねー」

「妙、そういうこと言わない」

「お母さんが生きてた時って、お父さんと一緒に働いてたんだよね?」

「そうだよ」

「お母さんが生きてた方が、もっと仕事がはかどったと思う」

「なんで?」

「あたしは小さかったから、覚えてないけど、写真で見るお母さんの方が、お父さんより優秀そう」

「確かに、俺よりお母さんの方が優秀だったな」


 チェストには、母の写真が飾られている。

 その写真の隣に、父と、3歳の冴、生まれたばかりの妙を抱いている母。家族そろった写真も飾られていて、母の形見である、懐中時計が供えられている。


「お母さんが亡くなってから、もうじき10年だね」

「前から気になってたんだけど、なんでお母さんのお墓って無いの?」

「無いな」

「なんで?」

「遺言だ」

「遺言かあ。それじゃ仕方ない」



 食事を終え、冴と妙は登校時間だ。

「食器洗う時間ぐらいあるかな?」

「俺がやるから、行ってきなさい」

「ありがとう、お父さん。行ってきます」

「いってらっしゃい」

 ふたりは、うららかな日に飛び出して行った。




 高校の校門。

 男子や女子が門をくぐってゆく。

 冴が通りかかったとき、彼女の肩を叩く女子がいる。

「冴! おはよう」

「おはよう」

 彼女を皮切りに、次々と、冴の周りに集まってくる。

「おはよう!」

「おはよ~」

「今日も美人だね~」

 端正な美しい顔に、黒髪ロング。スラっとした長身だが、細いわけではない。

「昨日と一緒だよ」

「あ~あ。あたしもこんな風に生まれたかったな」

「お母さんの遺伝だよね」

「冴のお母さん写真見たことある。美人だよね」

「やっぱり遺伝か~。あたしのママはダルマだし。見てこの丸い身体」

 彼女は腹をつまんで見せた。

「そんなことないよ」

「お世事ありがとう」


 校舎に入り、下駄箱を開けると、バサッと、大量のラブレターが落ちた。

「すっごー」

「また~」

「さすが、冴」

「入学して一か月もたたないのに、モテモテだねぇ」

 冴は手紙を拾い集める。

「全部、持って行くの?」

「うん」

「どうせ全部、断るんでしょう」

「せっかくくれたんだし」

「聖人か!」

 教室で、机の上に、一枚づつ広げてゆく。

「ほんとに全部、読むんだ」

「やっぱりね」

「しょうがないなあ。あたしが封を開けるの、手伝ってあげるよ」

 その子は無造作に、一通の封筒を手にする。開けようとした瞬間!


 パンッ!


 冴がその手を叩き払った。

「いったー。なにすんのよ冴!」

 封筒を拾って、慎重に封を開けると、中からカミソリの刃が落ちた。

「なにこれ?」

「こわ」

「脅しかな」

「どうしてこんなこと」

「冴を快く思わない人も、いるってことだね」

「冴が叩いてくれなかったら、あたしがケガしてたよ」

「でも、よくわかったね」

「なんか、嫌な感じがしたから」

「エスパー冴」

「そんなんじゃないよ」

「でもさ、冴って時々、勘の良いときあるよね」

「偶然だって」

 手紙は紙袋に入れて、持ち帰ることにした。


 授業が始まる。

 教科に偏りなく、冴は勉強ができる。

 数学では、黒板に数学の正解を回答し、国語では、感情のこもった朗読を披露し、理科では、分子式をすらすらと書きつづって、歴史では、年号と、その時代に起こった事件、関係した人物まで完璧に回答する。

 体育では、走れば1位。サッカーではピンポイントのパスを出し、テニスのサーブは誰もレシーブ出来ない。

「ああいうのを完璧人間っていうんだよね」

「弱点無いよね」

「柔道黒帯だって」

「マジか!」

「小学生の頃からやってたんだって」

「あたしたち、かなわないよね」

「そのうえ性格まで良い!」

「神は二物を与えずっていうけど、冴には三物も四物も与えた」

「それなのに、どこの部活にも入っていない」

「家の手伝いがあるからって言ってた」

「お母さん亡くなって、父子家庭らしい」

「冴の才能の、3%でいいから分けてくれ」

「でもね、冴にも弱点がある」

「「「なに?」」」

「胸が無い」

「そこかい!」

「無いってほどじゃないでしょ」

「Bぐらいかなー」

「やっと探した弱点が胸の大きさって…」

「あたしたちのレベルの低さよ」




 放課後。

 冴たちが校門から出てくる。

「ゴールデンウィークさあ、みんなで遊びにいかない?」

「賛成」

「どこ行く」

「夢の国」

「冴はどっか行きたいところある?」

「ごめん。私、家の手伝いがあるから」

「そっか~」

「残念」


「じゃねー」

「バイバイ」

「さよなら~」

「バイバイ~」

 冴はひとり、帰路につく。




 父の探偵事務所に寄って、父の都合を訊いて、夕食の食材を買って帰ろう。

 冴は、雑居ビルの建ち並ぶ繁華街を歩いている。

 そのとき、ビルとビルの隙間から、悲鳴が聞こえた気がした。薄暗い隙間を覗き込むと、暗闇に人影が見える。女性が恐怖におびえる声と、恫喝する男の声が聞こえる。

 冴は、なんのためらいも無く、その隙間に入って行く。

 隙間の奥では、女性が複数の男性に襲われていた。

「まったく。人の屑が」

 男達が冴の存在に気がつく。

「なんだ?」

「女子高生?」

「おいおい、鴨がネギ背負ってきたぜ」

「なんだお嬢さん。この場に参加したいのか?」

「あまりにも酷い行いを目にしたので、制止に来ただけです」

 衣服を剥かれた若い子が、おびえ震えている。

「まず、警察呼ぶか」

 冴はスマフォで110番を叩く。

 次の瞬間、男が冴につかみかかった。男は、一回転して地面に叩き付けられた。

「このアマ!」

 次の男も、冴の正拳が肝臓に決まって、その場に倒れた。

 三人目の男は、冴に金的を食らって立てなくなった。


 冴が、女性に優しく声を掛ける。

「大変でしたね」

 女性は、泣いている。

「今、警察を呼んだから」

 冴は、彼女を抱きしめ、怪我の有無を手で探った。嬉しいことに、服が破られているだけで、身体に大きな怪我は負っていないようだ。

「立てますか?」

 震える身体を支えながら、彼女を立たせる。

「とりあえず、ここから逃げましょう」

 彼女を支えながら、ゆっくりと歩みを進め、薄暗いビルの谷間から出ようとしたとき、倒れていた男が、むくりと起き上がり、ポケットから光る物を抜いた。

 冴は気がついていない。

 彼女がおもむろに後ろを振り返った時、ナイフを持って突進してくる姿が見えた。

「キャアアア!」

 ナイフは彼女の腹に刺さった。

 ナイフを抜くと、鮮血が噴水のように噴き出し、冴の顔から制服を真っ赤に染めた。

 男はそのまま逃げた。彼女はその場に倒れた。

「なんで…。どうして…」


 倒れた彼女の腹部から、止めどなく血が流れ出てくる。

 冴は片手で傷口を押さえ、片手でスマホを操作して救急車を呼ぶと、スマフォを手放し、両手で傷口を押さえた。

「死なないで。お願い! 死なないで!」


 その時、傷に当てた手から白い閃光がほとばしり、暗いビルの谷間を眩しく照らした。

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