第11話 幸枝
「幸枝」
幸枝は黙々と案内人について行っていたが、ふと足を止めた。
「ーーもー疲れた」
ぼそりとそう呟いて、そのまま腰を下ろす。
小さな目で辺りを見回していると、幸枝の視界が小さな花をとらえた。
「あ、こんなとこにお花が咲いてる」
目の前に咲く小さな花一輪で、幸枝の表情が急に明るくなった。
「ーー私はこれから何をしたらいーの?」
「君はね、これから裁判を受けるんだよ」
「裁判?それって何?」
不思議そうな顔で、幸枝が聞いた。
「君がママのところに戻る為の裁判だから、嘘をつかないでお話しようね」
「ーーわかった。誰にお話したらいーの?」
「それはね、君のお話を聞いてくれるおばさんだよ」
「どこに行けばそのおばさんに会えるの?ーー私はママにいつ会えるの?」
「裁判が終わってからだよ」
「それって時間かかるの?ママが心配してると思うんだけど、、」
そんな話をしていると、案内人たちは目的地に到着した。
幼い幸枝と視線を合わせて、案内人は言った。
「ーーここが君が今いるべき場所なんだよ。もう迷子になっちゃダメだよ?」
そう言って、案内人は幸枝の頭をなでた。
「案内人のおじさん、連れてきてくれてありがとう」
「ーーどーいたしまして」
案内人はニッコリと笑った。
純粋無垢な子供は、この世界にあまり来ない。彼女の様にごくまれに訪れてしまう子供もいるが、彼女(幸枝)はまた母の元に帰れるのだろうか?ーー後は判決次第だ。
恐る恐るドアを開けると、幸枝は部屋の中に入っていく。
そこには二人の女性の案内人がいた。
背がスラリと高く、黒髪の人だ。
幸枝と目線を合わせるようにしゃがみこんで、女性の案内人は話始める。
その手にはノートパソコンを持っている。
「ーーお名前は言えますか?」
ニッコリと微笑みを浮かべて、案内人が聞く。
「私、相川幸枝です」
「今いくつかな?」
「五歳です」
「ーーこの世界はね、お星さまになっちゃった子が来るところなんだけど、、聞いたかな?」
「さっき聞いたよ」
幸枝の表情に緊張が現れている。
緊張して当然だろう。まして、まだ幼い子供なのだからーー。
「幸枝ちゃんは今死んじゃってる状態なんだけど、どーしてそうなったのか?わかるかな?」
「ううん、さっきのおじさんにも話したけど、ぜんぜん分からないの。」
「そっか、じゃ、おばさんが調べるね」
「うん」
「今幸枝ちゃんはどーしたいかな?」
「私、早くママのところに帰りたいよ」
「そうだよね?それじゃ早く終わるように、調べてくるね」
そう言って、案内人の女性はもう一人の小柄な女性に幸枝ちゃんを任せて、走っていった。
「相川幸枝」とラベルのついたビデオを回す。
まだ五年間しか生きていないから、すぐに確認が出来そうだ。
ほんの少し巻き戻すだけで、彼女がなぜこの世界に来たのか?分かるだろう。
映像を巻き戻すと信じられないものが写っていた。
それは一年前からの映像だ。
その日は大雨が降っている。
幸枝は父親からの虐待を受けていたのだ。
普通に学校に行き、母親の留守の間に虐待を受け、ここに来てしまったようだ。
「可愛そうにーー」
案内人はその映像を見ながらぼやいた。
案内人と裁判長により、幸枝の判決をどーするか?の議論が交わされている。
「今審議中の相川幸枝さんですが、、」
そう口を開いたのは案内人だ。
「うむ」
裁判長は映像の中でしか、彼女の事を見ていないし、当然の事だが話もしていない。
「どうやら彼女は父親に虐待をされていたようです」
「うーむ。難しいところだなぁ。彼女には罪はない。だが、向こうに帰してまた同じ思いをするのもつらいだろう。彼女の為にはどーしたらいーのだろうか?」
うーむ。
裁判長はそれっきり口を紡いでしまった。案内人も黙っている。
「ーーして、彼女はどうしたいと言っているのだ?」
「お母さんのところに帰りたいと言ってます」
「彼女の母は虐待男とまだ一緒にいるのか?」
「ーーその様です」
「そっか、、では、彼女の母に伝えに行かせよう」
彼女の判決は、もう少し待ちになった。
裁判長いわく彼女の母の返事次第で決めるそうだ。
コンコンコン。
ドアをノックしているのは先ほど幸枝を連れてきた男の地獄案内人だ。
「入りたまえ」
裁判長が言う。
「失礼します」
ドアが開き、案内人が顔を覗かせるとすぐに案内人が聞いた。
「ーーそれで、お話とはどういう?」
「大体、検討はついているだろう?ーー先ほどの相川幸枝の件だ」
「あ、例の子ですね?」
「そうだ。どうやら彼女は父親からの虐待が原因でこの世界に来てしまったようだ」
「ーー可愛そうに」
「そこでだ。君に動いてほしいんだ」
「はい。なんなりとーー」
「今から現実社会に行き、幸枝の母親に会って話してきてほしい。虐待男と暮らすことを選ぶのか?それとも、男と別れて娘が帰ってくる事を選ぶのか?ーーその意思を確認してきてほしいのだ」
「かしこまりました」
案内人はすぐさま、日本へと旅立って行った。
現実に生きている人がいる日本は、案内人が行くにはわりかし近い場所にある。
死を迎えた人々の魂が帰るにはとても長い時間がかかるのに。
「拓海ーー最高裁(裁判の結果が納得出来なかったので、新たに裁判をしなおす場面)」
ーー案内人B、至急、裁判長室までお越しください。
その放送が流れた時、丁度、拓海は最高裁に到着したばかりだった。
案内人Bと呼ばれているだろう男は「拓海さま、しばらくここでお待ちくださいーー」と言って裁判長のもとへ、すぐさま出掛けて行った。
ーーまた俺は一人きりになってしまった。
何度となく一人になってきた。しかし、今度は今度こそはみんなじゃなくていい。一人でも誰かがいる世界に行きたい。
俺が孤独ではない場所にーー。
回想。
これまでの記憶をたどる。
俺はこれまで色んな過ちを犯す度に、何度も俺が悪い訳ではないと、言い聞かせてきた。
そのすべてのシーンが思い出される。
初めて障害事件を起こしたと知った時、乗せられたパトカーの中で、俺は思った。
「ーー二度と罪は犯すもんか!」
まだ20才未満だったから、軽い罪で済んだのに刑務所に行き一日のすべてが、義務づけられたものの様に流れが決まっているのが嫌だった。
なぜここに来たのか?ーー話してみると、そこでも事件の大小で、勝負されているようで、俺も対した事のない障害事件では、イジメの対象になってしまっていた。
「たかが障害事件なんてーー。」
同じ部屋にいた人が言っていたが、今思えば人を傷つける事件に大小があるのか?
あの場所で間違った情報を得てしまったのかも知れない。
今やっとわかった。ーー俺が間違ってたんだ。
刑務所内でのイジメから逃れるために、新たな罪を重ねてきた。
ーーなるべく大きな罪をーー。
刑務所でも、威張れる様な罪をーー。
そんな思いが俺の罪を繰り返させた。結果、刑務所とは無縁の人達には、煙たがられ、恐れられ、、俺の居場所はなくなっていた。
「俺は向こうの世界で、一体何をしてきたんだろう?」
殺人を犯してしまった時も、いつ、それが周りにばれるのか?
眠る事すら出来ない毎日を過ごしていた。
ほんとは俺も強くなんかないーー弱すぎた事を今になって思い知る。
人を殺める事は、一般の人はやらない。
それはちゃんと理性が働いているからーーでも俺はそれを当然の様に繰り返した。
だからこそ、俺は今こんなにも一人になってしまうんだろう。
ーー俺はずっと間違ってた。
ほんとはそんな事で強さを図れはしないんだって、、今頃になって気づいた。
突然、涙がこぼれ落ちた。
これまでの自分の人生ーー後悔しか残せなかった事が切なくて、涙が止まらない。
「ーー海さん、、」
「山崎さん、、」
誰かの呼ぶ声が不意に聞こえてくる。
我に返るとそこには出掛けていたはずの案内人bが立っていた。
「はい」
「ーーそれでは、最高裁を始めましょうか?」
「よろしくお願いします」
涙ながらに拓海は頭を下げる。
「幸枝の母の選択」
その頃、幸枝の母の元に、案内人bが到着した。
玄関のインターフォンを鳴らす。
すぐにドアは開かれた。
「相川幸枝ちゃんのお母さんですね?」
「ーーはい、そうですが何か?」
露骨に迷惑そうな顔をしている。
ーーあなた、誰?と言いたげな顔をしているのは一目瞭然だった。
「突然ですが、幸枝ちゃんは今裁判を受けています」
「ーーは?裁判?ーー幸枝はね、昨日亡くなったんだよ」
そう言って、険しい目をしていたが、幸枝の母は、突然涙を流した。
「ーーはい。ですから、中間地点で生きるか、死ぬかの裁判を受けています」
案内人はそう言ったが、現実に生きる母にそれは伝わるのだろうか?
「簡潔に聞きます。あなたは幸枝ちゃんと彼氏ーーどちらを選びますか?」
「ーー彼氏?そんなのは幸枝の死が原因で別れましたが、それが何か?」
「別れたんですか?幸枝ちゃんの死の原因となった人とはーー?」
再度、案内人は確認する。
「はい。ーー私には幸枝だけがすべてですので、、」
見知らぬ男に対して、どーしてこんなにも正直に話しているのか?わからないが、とにかく幸枝が私の人生のすべてである事には変わらないのだから。
「そーですか、、もう戻る気はないですね?」
「はい。もう二度と彼とは会いません。それで幸枝は戻って来るのでしょうか?」
「ーーまだ分かりませんが、その確率は高いと思います」
「早く返して。幸枝をーー」
「もー少しですのでお待ちください」
案内人は幸枝の待つ部屋に向かった。
母の思いが伝わってきたのだろう。胸が切なくなって、案内人の頬を温かな雫が滴り落ちた。
「拓海、最高裁」
ようやく最後のチャンスがきた。
心の中で、チャンスだと思う一方で、今度の判決は覆せないのだと聞いている。恐怖が心の半分以上を覆っている。
「ーーお待たせしました。それでは最後の審理を始めます」
裁判長のその一言で、この法廷もスタートした。
「ここでは被告人に聞きたい事は一つだけです」
ーーえ?何だって?
拓海は耳を疑った。俺の人生がどーなるか?その瀬戸際なのに、聞く事は一つだけだと??
最後の審理なのに??
「はい」
「それでは被告人に聞きます。ーーこれが最後の質問です」
拓海は黙って頷いた。
「ーーあなたは色々な罪を犯しましたね?ーー今の心境を教えてください」
「俺は強くないのに、ずっと俺は強いと思っていた。ーー間違った思い込みで、人を傷つける毎日を繰り返してしまった。今は、傷つけてしまった人達すべてに、お詫びしたいと心から思っています」
拓海は涙を流し、掠れた声でそう言った。
「ーーわかりました。それでは最後の判断をしましょう」
裁判長が小槌を叩いて言った。
「被告人、山崎拓海への判決を言い渡します」
拓海は表情を固くしている。
「被告人には、まず、この世界で傷つけたすべての人達に、心からの謝罪の手紙を書いてもらいますーーそれを案内人に渡して下さい」
「はい。わかりました。」
「被害者の方からの許しが出た時点で、控訴審を行った世界に戻ってもらいます」
「はい。そこで俺は何をしたらいーのでしょうか?」
「そこから先は、あなた自身がいろいろ考えて、決めることです」
裁判長が言った。付け加えるように裁判長が捕捉した。
「あなたが殺してしまった人達の魂にも、案内人が手紙を届けてくれるでしょう」
それは拓海が一番聞きたい事だった。
「お願いします」
「それではこの審理を終了します。よろしいですね?」
「はい」
拓海は頭を下げる。
ちゃんと反省して、被害者の人達に手紙が書けたら、どこででも生きていける。
そう思い始めた。
少しずつ反省心が芽生えていく。
「幸枝の判決」
拓海の判決が終わるとすぐに、案内人は裁判長のところに行った。
幸枝の母との話を伝える為だ。
「裁判長、失礼します」
扉をノックして、案内人は室内に入る。
「うむ。で、彼女の母はどんな様子だった?」
「早く娘を返して欲しいと、泣いていました」
「それで、男とはどうなってる?」
「彼女の死が原因で、別れたと言っていましたが、室内までは確認していません」
「それでは、今現在の彼女の母の部屋の様子を見てみよう」
「はい」
二人は黙って、今現在の幸枝の母が映る映像を見つめていたが、しばらくして裁判長が言った。
「どうやら、本当に別れた様だなーーそれでは彼女の判決を伝えよう。彼女を連れてきてくれ」
「はい。すぐにーー」
案内人はしばらくして幸枝を連れ、裁判を行う部屋に戻ってきた。
初対面の裁判長の顔に、幸枝がびびりまくっているのは明白だった。
「幸枝ちゃん、、だね?」
「はい」
その表情に影を落としながら、幸枝は頭を下げた。
「君はお母さんのところに、帰れるよ」
「ほんと?」
おそらく裁判長の顔に怯えているのだろう。声が震えている。幸枝の目から大粒の涙が流れた。
「今度はこんなところに迷い込んだらダメだよ?分かったかな?」
裁判長が諭すように話す。
「はい」
「じゃ、今度は迷わないように、その案内人のお姉さんに着いていってね」
「おじさん、ありがとう」
その言葉は裁判長に言ったのだろうか?よくはわからないが、幸枝は笑顔でこの世界を旅立っていった。
しばらくして、現実世界に戻った幸枝は一人になり、母の待つ家の玄関のインターフォンを押した。
「はーい。今開けます」
馴染んだ母の声。
玄関のドアが開くと母が顔を覗かせた。
「ーー幸枝」
顔を見た瞬間に母は幸枝を抱き締めた。
「お母さん、心配かけてごめんなさい。ーーただいま」
「おかえりなさい。お父さんとは別れたから、もう安心してね」
「ほんと?」
「うん。これからは二人で生きていこう」
「お母さんを困らせないようにするからね」
ーー約束。
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