第10話 審議
「ーー山崎拓海。審議」
審判の時は、裁判の時のように多くの人はいないようだ。
ここには今裁判長と、案内人しかいない。
「ーーこの男、本心だと思いますか?」
裁判長と共に、控訴審の時の映像を見ながら、案内人が聞いた。
「うーむ」
裁判長もよくわからないようだ。しかし、真実を見るにはこれまでの彼の生き様を見て、癖のようなものを見つけなくてはいけないーー。
拓海の人生そのものを残したビデオが、案内人のその手によって回された。
それ以上の会話はされなかった。二人とも黙ったまま、その映像を眺めている。
案内人は、今現在の山崎拓海が映っている映像に目を移す。
その頃、拓海は座り込んでいた。
「ーー俺、この先どーなるんだろ?」
そんな事を呟きながら大きなため息をこぼしている。
その表情は不安でいっぱいなのが伝わってくるようだ。
朝も昼も夜もない。
ただ暗闇だけが目の前に広がっていく。
遠い昔、俺が勝手に想像していた「天国」や「地獄」は、もしかしたらこの世の中にはないのかも知れないと、ここに来て初めて思った。しかし、先程の案内人の名刺には、地獄案内人と書いてあった。もしかしてここが地獄なんだろうか?
拓海の表情に深い影が落ちる。
誰もいない孤独な時間が、こんなにも長く心細いなんてーー。
ーー回想。
あれは俺がまだ小学生だった頃の話だ。
いつも一緒に行動している幼馴染みの川島豊は背もスラリとしていて女子にモテルヤツで、男の俺から見ても豊は、カッコいいヤツだった。
小学生の頃から、俺はずっと豊と一緒に過ごしてきた。豊だけがいれば楽しかったし、他のやつと過ごす時間は無駄に思えた。
心があの頃の記憶の断片を辿る。
ずいぶん遠い昔の事のようで、もはや、もう鮮明とは言い難い記憶になってしまっているのが残念だった。
心の中で波の音が聞こえてくる、、。
今この窮地に立たされて初めて、あの頃の豊と過ごした時間が癒しそのものに思える。
ーー懐かしい。あの頃が一番良かったな、なんて、遠い昔に思いを巡らせる。
あれは夏の日だったか?
豊と共に海水浴に行き、一日中泳いで遊んで疲れはてていた。そんな時だった。
頭1つ分もある亀が、波打ち際に打ち上げられたのはーー。
あんなに大きな亀は初めてだった。
指先で甲羅をつつき、亀が頭を引っ込めたりするのが可愛く思えた。
豊と俺はその亀を間に挟んで、白い砂の上に横たわる。
「ーーなぁ、、俺ら、ずっと一緒にいられるよな?」
そう切り出したのは、豊の方だ。
「当たり前だよ。俺ら、親友だろーー?何を言ってるんだ?」
「ーーいや、別に?不意にそう思っただけ」
「変なやつ、、」
二人はそのまま笑い合った。
ずっとこんな時間が続いていくーーそう信じて俺はまぶたを閉じる。
幼すぎて、この世の中には「永遠」など、あるはずもないと、当時の二人はまだ知らなかった。
中2の夏。
俺はまた当然のように、豊と過ごすんだろうと信じていたが、真夏日の続く暑い日に、豊は突然引っ越してしまった。それは突然の出来事だった。あんなに仲良かったのに、俺に理由も何も言わずーー。
俺にとって何も言わずに消えるその行為は、裏切りでしかなかった。小学生からずっと仲良かったのに、、なぜ??
あの頃の約束ーー彼は忘れてしまったのだろうか?
そんな事を思っていると、案内人が目の前にいた。
「ーー被告人、判決の時間です。先ほどの部屋にお戻りください」
「はい」
緊張した面持ちで、拓海は室内に入っていく。
先ほどと同じくみんながいる裁判だった。
裁判長が言う。
「それでは被告人に、判決を言い渡します」
「ーーお願いします」
拓海は深々と頭を下げた。
「ーー被告人、山崎拓海。あなたにとっての判決は「生」です」
顔つきが明るくなる。
「ーーただし、これまでいた世界ではありません」
案内人が付け加える。
「は?」
拓海はクビを傾げた。意味がわからない。
「じゃ俺はどこで生きればいーんだ?こんな判決は納得が行かない」
拓海の言葉も聞かず、案内人は冷めた口調で言う。
「ーーご案内します」
外を出ると右に曲がり、道なりに進んでいく。
辺りは暗いままだが、足元が坂道を下ってるような錯覚に陥る。
なぜか覚束無い足元に丸いものが転がっている。
ーーこれはなんだろ?
思わず、それを手に取った時、案内人が不意に口を開いた。
「ーーそれには触らないでください」と。
足元にぼんやりとした灯りが照らされた時、拓海は思わず生唾を飲み込んだ。
そこには骸骨のようなものが、ごろごろと転がっていたのだからーー。
「ーーなんだ?これはーー俺はこれからどこに行くんだ?」
拓海は大慌てしている。
「ーーあなたはこれまでの判決に満足しましたか?」
案内人が聞く。
「ーー満足なんてする訳がない。」
「そうでしょうね。ですから、最高裁に連れていってるんですよ。」
「ーー最高裁って?」
「そこでの判決はもう覆す事は出来ませんので、ご了承下さい」
「これが最後のチャンス?って事か?」
「そうなりますね。どーしますか?最高裁で戦いますか?」
「ーー当たり前だ」
拓海は得意気な顔で言った。
ーー俺は生き返るんだ。このまま死ぬ訳がない。
そう確信していた。
ーー最高裁に向けて、拓海は心の準備をする。
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