第五章 起動する要塞 Ⅳ

 同時刻。隔離施設の深奥であり、この要塞をコントロールする制御室となった部屋で、佐村、レクター博士、ガゼルの三人はモニターを眺めていた。

 要塞の各部に付けられたカメラから、制御室のモニターに外の様子が映し出される。

 要塞の出現。その威容に恐れおののき、逃げ惑う人々の姿。


「ヒャッハー! これは良い! 最高の景色だ‼」


 映像を見てレクター博士は興奮気味に声を上げる。 


「ん? おおっと⁉」


 別のモニターを見た。

 陸軍戦車が、何台か主砲をこちらに向けて並んでいる。

 轟音。

 主砲が火を噴いた。

 発射された砲弾はその重量と加速度で持って、要塞を破壊せんと迫る――だが。


「無駄だ無駄だァ!」


 要塞は戦車の砲火をものともしない。外装が少し焦げた程度で、機動要塞は歩き続ける。止まる様子のない要塞に怖気づき、兵士が慌てて戦車から這い出る。中には逃げ遅れた者もいた。

 機動要塞の脚は、無慈悲にも戦車を踏み潰す。


「ヒャーハッハッハ! 最高だ! 素晴らしい‼! この要塞を止められるものなど、この地球上に存在しまい‼ ヒャハハハハハハハ!」


 レクター博士は笑い転げた。愉快でたまらないのだ。一国の首都を、己の発明した要塞が陥落する。

 自分の発明品がどれほど素晴らしいか、優れているか。世界中に知れ渡るだろう。

 それが愉快で愉快でたまらない。恍惚でさえある。

 天にも昇る気持ちで、レクター博士は笑い続けた。


「あの娘の『電脳』を使うことで『手記』の暗号を解読、そのまま要塞の制御システムと連動させる――まさしく私のような天才にしか成しえぬ所業! 私の技術は世界一ィィ!」


 佐村は黙ってモニターを見ている。

 ガゼルが博士に近づきささやいた。


「よろしいのですか?」

「何がだ?」

「この男にここまで手を貸して」


 ガゼルが佐村を見やる。


「私の知る限り、この要塞は本国の機甲師団に匹敵する戦力になりえます。もし――」

「Mr.佐村が日本を征服し、大英帝国の敵となっても良いのか――か」

「……はい」

「気にするな。むしろそうなってくれた方が、私としても好都合だ」

「…………」


 レクター博士は狂気に染まった笑みを見せる。ガゼルには何を言っているのか理解できなかった。


「博士、それはどういう……」

「言葉通りの意味だ」


 レクター博士はニヤニヤと笑いながら言う。


「私の目的は技術の探求、そして私の発明を世に知らしめること。それには平和ではなく、戦争が必要なのだ」

「戦争?」

「そうだ。おおよそ科学技術というものは、戦時にこそ発展し、戦争利用可能な技術こそが発展する。戦争は人を追いたて、技術の進歩を渇望し、金も人も名誉も、全ては技術へと集まる」

「…………」

「事実、我らが大英帝国は技術を得て、他国を侵略、植民地化し、得た国力を技術発展につぎ込み、また他国に戦争を仕掛ける。これを繰り返して、今や世界の半分を支配下に置こうとしている」


 博士は告げる。己が大望を。


「だが大英帝国が余りにも強くなり、他国との衝突がなくなってしまえば、技術の進歩は停滞するだろう――だから、対抗国がいる。大英帝国とも張り合えるほどの力を持った国がな」


 ガゼルは息を呑んだ。

 自分のあるじの性分は知っているつもりだった。だが、これほどとは思っていなかった。

 レクター博士は己が研究の場を用意するためだけに、戦争が出来るほど他国を強くしてしまおうと言っているのだ。


「ふふ、やはり博士を雇ったのは正解だったな」


 一言もしゃべらなかった佐村が口を開いた。


「国家を揺るがすほどの武力を技術力で実現する――もしそれが実現可能だったとしても、実行に移せる者はごくわずか。俺はその一握りの逸材を引き当てたようだ」

恐悦至極きょうえつしごくにございます」


 レクター博士は頭を下げた。

 その時だった。一瞬空気が張り詰める。

 白刃が閃いてレクター博士を襲う――佐村が抜刀術で斬り付けたのである。 


「ぬっ!」

「――ヒィ⁉」


 寸前でガゼルが佐村の殺気に気付き、博士と佐村の間に割って入った。ガゼルの鋼鉄の義手が、佐村の凶刃を防ぐ。


「ほう」


 佐村は感心したというように呟く。

 レクター博士は泡を食って問いただす。


「Mr.佐村! これは何のおつもりですかな⁉」

「知れたこと、この要塞の技術を外へ漏らさぬためだ」


 平然と佐村は言い放った。


「この要塞はこれからこの国を守るいわば象徴。その製造方法、使われている技術、構造上の弱点、それらは外へ漏れてはならんのだ」

「だ、だから私を殺すと?」

「無論。技術とは独占されてこそ、優位性を保てるものだ」


 レクター博士の顔が、見る間に赤くなる。


「き、貴様! 私を利用したのか!」

「人を散々利用し、己が好奇心を満たしつづけてきたお前が何を言う」

「く、くぅ――!」


 レクター博士は後退りながら、怒りに身体を震わせて言い放つ。


「ガゼルやれ! この男を殺せ! 出資者と思い下手に出ていればいい気になりおって! この男を八つ裂きにしろぉぉぉ‼」

「はっ」


 命令を受けたガゼルが前に出た。

 軍刀を抜き放った佐村と、仕込み戦斧を構えたガゼルが対峙する。


「ぬぅおおぉ――ッ!」


 気合と共にガゼルが仕掛けた。戦斧を全力で振り下ろす。

 対する佐村は動かない。


(受け止める気か?)


 ガゼルは内心でほくそ笑んだ。ガゼルの機械化された義手から繰り出す渾身の一撃は、重機並みの威力を誇る。軍刀で受け止めきれるようなものではない。

 善弥でもガゼルの攻撃を逸らすか、間合いを詰めて威力が乗る前に潰すという手段でしか防げなかった一撃だ。


(受けるならば、刀身ごと叩き切ってくれる!)


 ガゼルは勝利を確信し、戦斧を振りぬいた。

 だが、


「どこを打っているのだ貴様は」


 至近距離で囁く佐村の声を、ガゼルは聞いた。


「なっ⁉」


 ガゼルは瞠目どうもくした。

 必殺を期した一撃は空を切り、手には虚しい手応えしかない。

 無傷のままの佐村征十郎が、ガゼルの横に立っている。


「ば、馬鹿な!」


 ガゼルは跳び下がって距離を取ると、佐村の様子を伺う。

 一体何をしたのか。どうやって佐村は自分の攻撃を避けたのか、ガゼルには全く分からなかった。

 まるで攻撃がすり抜けたかのようだ。

 佐村は悠然と立っている。軍刀を抜いてはいるが、構えてすらいない。

 ガゼルに対して、脅威を感じていないのだ。


 佐村の態度にガゼルは憤り、また攻撃を仕掛けた。今度は一撃で倒そうなどとは思わない。一撃でダメなら、何回も攻撃を繰り出せばいい。

 ガゼルは続けざまに戦斧を振り回した。

 しかしそれも徒労に終わる。


「無駄だ」


 確実に入ると思った連撃は、全て紙一重で空を切る。


「ッ……⁉」


 何度も空振りを繰り返し、ガゼルはようやく理解した。佐村とガゼルを隔てる、絶対的な差を。

 反応速度と見切りが圧倒的に違い過ぎるのだ。

 佐村は限界ギリギリまでガゼルの攻撃を引き付けた上で、必要最低限――紙一重で躱す。それが余りにも見事なので、攻撃がすり抜けたかのようにガゼルには感じるのだ。


 そしてそんな離れ業を可能にするのは、脅威的きょういてきな反応速度と相手の動きを見切る眼力がんりき

 佐村はガゼルが攻撃の動作に入った段階で、その攻撃の軌道コース拍子タイミングを完全に見切っている。

 でなければ、ガゼルの攻撃をああも完璧に避け続けるなど不可能だろう。


「貴様のような力ばかりの木偶の攻撃など、俺にはかすりもせん」


 ガゼルは歯噛みするが、何も言い返せない。

 佐村の言っていることが挑発ではなく、ただの事実だったからだ。

 ガゼルはじりじりと下がった。

 攻撃を仕掛けられない。

 佐村がした事は数度攻撃を避けただけ。たったそれだけで実力の差を見せつけ、ガゼルの攻め手を全て封じてみせたのだ。


「今度はこちらから行くぞ」


 ガゼルが守りに入ったと見るや、今度は佐村が打って出た。

 踏み込んでの袈裟斬り。ガゼルは反応できなかった。

 佐村の軍刀が弧を描いて、ガゼルの肩口に食い込む。鈍い金属音が鳴った。


「む?」

「――ぬあああ!」


 ガゼルは動きが一瞬止まった佐村に対して、戦斧の反撃を返す。

 佐村は慌てることなく、一歩引いて躱す。


「肩まで鋼か」


 今度は左右から水平に首筋へ斬りつける佐村。

 両腕を上げて防ぐガゼル。

 ガゼルの両腕から火花が散る。

 佐村は舌打ち。ガゼルは冷や汗をかきながら、ニヤリと笑う。


 攻撃を当てるチャンスというものは、攻防の中に生まれる。一定以上の技量を持つものが防御に徹したら、達人でも中々攻撃を当てるのは難しい。

 ガゼルは思考を巡らす。

 凌げ、今は凌げ。凌いでいればチャンスはある。

 歴戦の強者がもつ粘り強さ、生への執着。


 だが、それも淡く消える。

 佐村は事ここに至って、初めて構えを取った。

 腰を落として右足を引き、切っ先を右斜め後方へ流す、車(しゃ)の構え。

 佐村から放たれる妖しい殺気が、これまでにないほど研ぎ澄まされる。

 ――そして佐村が消えた。


(消え――⁉) 


 ガゼルが視界から佐村が消えた事に驚くのと、うなじに冷たい凶器の感触を覚えるのと。

 一体どちらが早かっただろうか。

 ガゼルは悲鳴すら上げる暇を与えられず、首をね飛ばされた。


「…………!」


 そばで見ていたレクター博士にも、何が行われたのか良く分からなかった。ただガゼルが倒されたという結果だけを認識し、無言で青ざめている。

 今の一瞬で何が行われたのか、正確に把握しているのは佐村だけだろう。

 佐村は義足の脚力を活かし、構えた状態から全力でガゼルの斜め後方に向けて跳んだのだ。

 視界の外へ一瞬で移動した佐村は、ガゼルには消えたように見えただろう。

 佐村は無防備に晒された首筋へ、身体ごと捻りを加えた水平回転斬りを叩き込んだのである。 


「タイ捨流猿廻えんかいが崩し――魔剣『天廻てんかい』」


 佐村が呟くのを待っていたかのように、ガゼルの首が床に転がる。頭部を失ったガゼルの身体は、痙攣(けいれん)したように数歩前に歩いてからうつ伏せに倒れた。


「ひぃいいい⁉」


 レクター博士は半狂乱になってみっともなく喚いた。

 頼みの綱のガゼルが、こうもあっさりと負けるとは思ってもいなかったのだ。

 尻餅をつき、ずるずると後退りをする。


「た、助けてくれ! わ、私はまだ、まだ死にたくはない‼」


 情けなく命乞いをする博士を、佐村は冷めた目で見ていた。


「貴様は本当に発明以外の能がないな」


 白刃が閃いて、また一つ命が刈り取られた。

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