act.5 ギルドマスターは新人を案内します

『グレイさん、どこ?』


 この日ログインしたら、挨拶の返事がの~りんからの呼び掛けだった。


「どこって、だから 【ナゴヤドームドーム】」


 いつもそういっているのに、なぜ毎回確認してくるんだろう?

 まぁ今日は何をしようか考えながらログインしたから、なにかのお誘いだったらいいのになぁ~なんて思ってたら、もっとハードな要請だったていうね。


『今から 【フチョウ】 近くまで来られない?』

「行ってもいいけど、何?」

『トール君を案内してるんだけど、ここ、怖いからさ。

 強い人、いて欲しいなぁ~って思って』

「あら、先輩らしいことしてるじゃない」


 ちょっとからかっちゃったんだけど、よくよく考えてみたら、それって主催者であるわたしの役目よね。

 迂闊だったわ。

 ちょっと反省しなくちゃ。

 【フチョウ】 近くってことは 【関西エリア】 ね。

 いつものようにナゴヤドームの中央広場にいたわたしは、東出口を目指して歩き出したんだけれど、思い出したようにの~りんが追加質問をしてくる。


『グレイさん、ひょっとして一人?』


 なんでそんなことを訊くのか?

 まぁ見当はつくけどね。

 たまには一人でもいいじゃない、悪い?

 なんて悪態を吐こうと思ったら視線を感じる。

 で振り返ったら……


「クロウがいるわ、いつの間にか」

『もちろん一緒に来るよね?』


 本当にいつの間にかついてきていたクロウ。

 セブン君に続くストーカー二号ね。

 あ、いや、違う。

 こっちが一号。

 当然インカムをしているからクロウにもこの会話は聞こえているわけなんだけど、返事を伺うように顔を見たら無言で頷いてくれる。


「行くみたい」


 自分で返事くらいしてよ。

 どこまでも無愛想で面倒くさがりなんだから。


「そっち、トール君との~りん以外に誰かいるの?」

『ココちゃん。

 トール君のこと考えて回復係にココちゃん来てもらったんだけど、俺一人じゃ二人も守れなくて』


 の~りんとココちゃんはわたしと同じ魔型なんだけど、の~りんは攻撃系魔法使い。

 でも回復系のココちゃんはほとんど火力を持ってなくて、すぐに溶けちゃうくらい柔らかい。

 少しはVITにもステータスを振って固くして欲しいところなんだけど、無理なら装備でVIT値補正して欲しいところね。

 でもこういうところまで干渉してもいいか、実は迷ってます。

 いくらギルドの主催者でも、育成方針は人それぞれ。

 相談されてもいないことに色々いうのも過干渉じゃないかなとか、うるさがられるんじゃないかとか、そんなことを考えてしまう小心者です。

 ギルド一残念キャラのマメは例外だけど。

 そんなことを考えているうちに 【関西エリア】 に入っていたんだけれど、ここは初心者育成も出来る 【中部・東海エリア】 とは違って敵が強い。

 うっかり考え事をしていて危うく襲われそうになったんだけど、一瞬にしてクロウが大剣の餌食にしちゃった。


「ごめん」

「グレイ、装備」

「あー……さすがにこれはまずいか」


 いつもの軽装備ショーパンが通じるのは、さすがに 【中部・東海エリア】 だけ。

 本気ヴァージョンになるほどじゃないけど、【関西エリア】 じゃそこそこ攻撃スキルを使うから軽装備ショーパンじゃ間に合わない。

 ってことで、お散歩装備から平常装備に換装。

 ショーパンからレギンスに替えてちょっと長めのチュニックシャツを羽織る。

 そうすると軽装備ショーパンよりは魔法使いらしくなる。

 今更言うのもなんだけど、わたしは魔法使いなの。

 ヒール程度の回復なら使うけど、本職は火力重視の攻撃型。

 まぁこの装備じゃそこまでの火力はないんだけど、武器だけはいつもの杖に持ち替える。

 でもこの杖が可愛くない。

 ココちゃんやもう一人の回復系魔法使いゆりりんが使ってるみたいな可愛い杖じゃなくて、ただの銀色の棒。

 先端に幾つか輪っかがついていて、まるで錫杖……っていうか錫杖なんだけどね。

 もちろんスキルスロットもあるし、色々細工もしてる。

 性能だけは優れものなんだけど、外見が……。


「それで行くのか?」


 ちょっとクロウ、そのため息はなに?

 どうして溜息つくのよ?

 いいじゃない、どんな装備で行っても。

 もちろんクロウが言いたいこともわかるのよ、ここは 【関西エリア】 だし。

 でも重装備チャイナにしたら、すれ違うプレイヤーがそそくさと脇に避けるの。

 目も合わせてくれないの。

 わたしはどんな化け物よっ?

 その火力やちょっとあれだけど、でも、やっぱり人に避けられるって嫌じゃない。

 うん、でもわかってる。

 うん、大丈夫。


「アレが出たら即換える」

「わかった」


 後ろにつけとは言われなかったけれど、クロウが前を歩くから必然的に後ろにつくことになる。

 おかげで 【関西エリア】 のほぼ中央にある 【フチョウ】 まで、わたしの出番はなし。

 出てくる敵出てくる敵、全部クロウの大剣の錆になっちゃった。


 南無南無……


「あ、来た来た」


 最初にわたしたちに気がついたココちゃんが大きく手を振ってくる。

 続いての~りん、トール君が見える。

 そして三人の後ろには、廃墟状態になった大阪府庁がそびえ立っている。

 今にも崩れそうな外見は廃墟そのものなんだけど、ここはクエストにも出てくるダンジョンの一つ、【フチョウ】。

 屋上にいるボスを倒さなきゃならないんだけれど、広い屋上に何体もいて大変。

 でも二本ある塔の、どっちにボスがいるかわからないトチョウよりはましかも。

 いなかったらもう一本の塔に上り直さなきゃならないんだけど、敵がうじゃうじゃいてとにかく時間が掛かるから。


「ココちゃん、グレイさんたち来たし、ついでにクエストクリアしていく?」


 せっかく 【フチョウ】 まで来たからとの~りんが声を掛けてあげたんだけど、ココちゃんは気まずそう。

 いや、迷ってるのかな?

 わたしは別にいいんだけど、クロウを見ても異論はなさそう。

 いつもの無愛想のままだけど、たぶん大丈夫。

 わたしはこれを勝手に 「了承」 と判断することにした。

 文句があるなら口に出して言いなさい。

 ま、ココちゃんが迷うのもわかるのよね。

 理由はトール君。

 【フチョウ】 の敵は正直強い。

 【関西エリア】 トップクラスのボスキャラだからね。

 ココちゃん一人ならともかく、トール君まで庇ってちゃちょっと厳しいかもね、の~りんが。


「やっぱ俺ですか?」

「うん、の~りんが」


 悲壮な表情をするの~りんだけれど、こればっかりはね。

 彼はそこそこレベルの高い魔法使いなんだけど、ステータスをほぼINTに振ってるみたいで、やっぱり柔らかいのよね。

 火力はあるんだけど、反撃食らったら結構簡単に溶けちゃう。

 まぁそこは回復系のココちゃんがいるわけだけど、トール君まで守ってちゃ、の~りんは死亡状態したいのまま放っておくしかないでしょう。


「やめておきます」


 何を想像したのか、ココちゃんは半笑いでの~りんを見てた。


「ココちゃんのクエストは、また今度付き合ってあげるよ。

 それよりの~りん、ステ振らないんなら装備でVIT値補正したら?」


 クエストをしないってことでわたしたちは歩き出した。

 このあとは京都方面に向かってゴショを案内するらしい。

 念のため、移動前にパーティを組んでおく。


「それ、クロエにも言われました。

 でもVIT値補正って、ギンナンですよね?」

「うん、ギンナン」


 ギンナンっていうのはアイテムなんだけど、これの収集方法がちょっと難儀。

 クエストになっているほどだ。

 ま、簡単な方法もあるんだけど、普通の火力じゃちょっと無理なんだよね。

 だからそれは教えない。

 クエストで散々な目に遭ったらしいの~りんは、ギンナンと聞いて顔を歪めてる。


「採取に行くなら付き合うよ」

「そのうちに」


 これは当分行きそうにないな。

 思わずニヤリと笑っちゃった。

 どう歩いてもいいんだけど、念のため先頭はクロウ。

 真ん中にココちゃんとトール君を置いて、わたしとの~りんで殿(しんがり)を務めることにしたんだけど、そうするとトール君がわたしたちに話しかけるのにわざわざ振り向いてくる。


「ギンナンって、アイテムなんですか?」

「アイテムです」

「【フチョウ】 近くに 【ミドースジ】 という場所があって、そこの秋にだけなるアイテムです。

 ところでトール君、出来たら前向いててね。

 この距離だとエリアチャットで聞こえるし、インカムこれもあるしね」


 そう言ってインカムを指先で数回叩いてみせると、耳元でこつこつと音が鳴る。

 この音は他のメンバーにも聞こえている。


「インカムの操作方法は聞いた?」

「はい、さっきココちゃんさんに」


 なかなか素直な子だし、他のメンバーとも上手くやっている感じ。

 もう一人のアギト君が気になるところだけれど、他のメンバーとダンジョンに潜っているらしい。

 これなら心配ないかな、今度の新人君たちは。


「えっと、ブロックとかしてなければ、どれで話しかけられても聞こえるんですよね?」

「PTチャットはこのメンバーだけね。

 もう一つパーティ組んでるみたいだけど、そっちの会話は聞こえないわよ」


 しかも静かということは、もう一つのパーティはパーティチャットに切り替えているんだと思う。

 完全にパーティチャットだけに切り替えていなければ、ギルドチャットで話しているこっちの会話は聞こえているだろうけれど。


「あっち、クロエさんが行ってます」


 何か言いたそうなココちゃん。

 その表情から推測して、パーティを分ける時に何かあったのかな?

 クロエがトラブルの元とは思えないけれど、何かある感じがする。

 そういえばこのあいだのレベリングの時も、ココちゃんとの~りんは何か言いたげだったっけ……。

 でもインカムで向こうにも聞こえちゃう恐れがあるから、今は訊かないでおく。

 急に回線切り替えたら怪しまれるだろうし。

 クロエと二人きり……いや、クロエとクロウだけの時に訊いたほうがいいかな?

 そんなことを考えているうちに 【ゴショ】 を通過。

 琵琶湖経由で 【中部・東海エリア】 に戻るコースらしいんだけど、琵琶湖か。


 どうだろう?


「気になったんですけど、なんで関西が中部東海の東側にあるんですか?」


 トール君の質問通り 【the edge of twilight online】の世界では、【関西エリア】は 【中部・東海エリア】 の東側にあり、【関東エリア】 が 【中部・東海エリア】 の西側にある。

 まだ実装されていないけれど、たぶん 【東北エリア】 は 【関東エリア】 のさらに西側に、【中国エリア】 は 【関西エリア】 のさらに東側に来ると思う。


「そういう設定だから。

 んーっと、導入チュートリアルでNPC長官に説明を受けたと思うけれど、東西が逆っていうのも、わたしたちプレイヤーが解き明かさなきゃならない謎ってことみたい。

 もうすぐ森林エリアに入るんだけど、その中に琵琶湖もあるわよ」


 前方にその森林エリアが見えてきたんだけれど、ここがちょっと問題。

 これまではほとんどクロウがぶった斬って、たまにわたしとの~りんが魔法で援護するって感じだったんだけど、ここから先はそうはいかないかもしれない。

 もちろん遭遇は確率なんだけど、案の定、アラートが入る。

 森を半分くらい進んだくらいのところかな?


alert 第六天魔王ノブナガ / 種族・幻獣


 まぁ予想はしてたんだけど、またクッソ面倒臭いのが来たわ……

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