act.4 ギルドマスターはダンジョンに潜ります

 【中部・東海エリア】 にあるダンジョンの一つ、【ナゴヤジョー】。

 ここはプレイヤーが最初に潜るインスタンスダンジョンで、クエストにも入っている。

 レベルは金・銀・銅の三段階に別れていて、一番低い銅以外はレベル制限がある。

 そこそこ経験値が欲しいなら銀がいいんだけど、それなりに敵も強いしレベル制限もある。

 今のトール君とアギト君じゃ入れないんだけど、【ナゴヤジョー】 に潜るときいたアギト君は、なにを思ったのか金がいいって言い出した。

 なんか 「手っ取り早いじゃ~ん」 とか言って。

 えっとね、そういう問題じゃなの。

 入れないものは入れないの。

 仕様なんだから、文句は運営に言って頂戴。

 ちょっとアギト君、我が儘っぽい気がするのはわたしの心が狭いから?


「グレイさんとクロウさんはセットだから、こっちは僕とカニやんかな?」


 とりあえずログインしていないトール君以外が、大半のプレイヤーが出発ロビーと呼んでいる開けた場所に集合。

 パーティ分けをクロエが仕切るのはいいんだけど、どうしてわたしとクロウがセットなの?

 誰もそんなこと一言も言ってないんだけど、なぜかメンバーからも異議が出ない。

 火力やクラス、レベルを考えたら、わたしとクロウは離すべきじゃない?

 だって今、このゲームのレベルキャップは48。

 半端なのは運営仕様だから仕方がないんだけど、わたしとクロウ、クロエの三人が48なわけ。

 この三人の次に高レベルなのがカニやんなんだけど、まだまだ伸び代のある37。

 おまけにわたしと同じ魔法使いってことで後方支援職。

 同じ後方支援職の銃士クロエと組むのはどうよ?

 そりゃクロエには超近距離射撃スキル・ラビッドマスターとか、他にも近距離対策はしてあるんだけど、新人をカバーしながらとなると厳しいような気もする。

 あまりそういう戦い方をするクロエを見たことがないっていうのもあるんだけど、ちょっと心配。

 攻略目的なら全然心配ないんだけど、今回は目的が違うからね。


 レベリング


「クロウとカニやんの方がよくない?」


 主催者らしくバランスを考えて赤毛コンビを提案してみたんだけど、なぜか誰も賛成してくれない。

 あ、そうそう、カニやんも赤毛なのよ。

 だから赤毛コンビ。

 もちろんバランスに髪の色は関係ない。

 でもわたしは一番いいバランスだと思ったから提案したのに、なぜかみんな苦笑いを浮かべるだけ。


 どういうこと?


 わたしが変なこと言ってるの?

 もちろんその点も気になるんだけれど、その苦笑いの意味も気になるから誰か説明して。


「変じゃないけど、クロウさんが納得しないでしょ」


 そういってクロエはクロウを見るんだけど、見られたクロウはいつもの無表情。

 ちょっとでいいからなにか反応してくれると助かるんだけれど、してくれないのがクロウなのよね。


「こんなことぐらいで狼狽えんなよ、ギルマスが」


 なにをどう勘違いしたのか、アギト君には困惑するわたしの様子が狼狽えているよう見えたらしい。

 まぁそれはいいんだけれど、ちょっと気になるのがその偉そうな態度というかなんというか。

 他のメンバーには悪いけど、わたし、ちょっとアギト君苦手かも。


 もやもやする


 結局クロエがそのまま仕切って、揃ったメンバーを二つのパーティに分けた。

 一つは、本人の希望でパーティーリーダーをアギト君にして、クロエ、カニやん、の~りん、ココちゃん。

 もう一つはトール君のログイン待ちで、わたし、クロウ、豆の木。

 アギト君チームが先に出発して、わたしたちはトール君がログインするのを待って出発したんだけど……。


『お前、へっぼ』


 アギト君の声だ。

 趣旨が趣旨なんで、互いにパーティーチャットに切り替えずギルドチャットのままにしておいたんだけど、アギト君の悪態が結構な割合でインカムから聞こえてくる。

 こっちは残念キャラの豆の木が色々とやってくれてなかなか楽しく進んでるけれど……いや、、クロウはちょっと怒ってる感じかな?

 怒るなら参加しなきゃいいのに……と思いつつ、なんだかもう一つのパーティの空気が悪そうで気になる。


「クロエ、大丈夫そう?」


 ひっそりとインカムを直通会話に切り替えて様子を訊いてみる。


『んーでも楽しそうにはしてるよ』


 わたしにはアギト君がどんな顔をして悪態を吐いているのかわからないんだけど、クロエは大丈夫と見ているらしい。

 それなら大丈夫かなと思って、とりあえず自分たちのパーティーを楽しむことにする。

 まだレベル3のトール君は、一応剣士アタッカー志望。

 さっきまでわたしが持っていたのと同じ初期装備の剣を持って、頑張って敵を殴ってる。

 斬っているという感じより、文字通り殴ってる。

 殴ってる……殴ってる……殴ってる……これ、あれね。

 剣道の素振り。


 青春ね


 やっぱり初期装備の低レベルじゃ、銅シャチの雑魚ですら一撃じゃ倒せない。

 そんな頃が自分たちにもあったわよねぇ~なんて年寄りじみた感慨にふけりながらトール君の青春を眺めてたんだけど、その脇で、うちのギルド一残念クラスの豆の木がNPCに食われている。


 本当に食われてるのよ


 本人は万能職オールラウンダーを気取って色んなステータスにポイント振って、色んなスキルを取得してるんだけど、結局火力なしの柔らかさんになっちゃってる。

 このダンジョン、ナゴヤジョー銅は全ダンジョンの中で一番レベルが低いんだけど、レベル20を超えてソロクリアできないとか、あんたは生産職かって突っ込みたくなるわ。

 突っ込むより先に、クロウが豆の木を食べてるNPCを叩き潰しちゃったけど。


「マメ、さっきからどんだけやられてるの?

 面白すぎるんだけど」


 このパーティの主賓はトール君で、彼のカバーをするために他の三人がいるわけなんだけど、マメってば、トール君より遥かに高い被ダメを計上しちゃって。

 ほんと、なにしてるわけ?

 あまりにもダメージを食らうから、わたしももう面倒になって途中からマメの回復はやめてしまった。

 HPポーションくらい持ってるでしょから自分で回復して頂戴。

 そもそもわたしは回復職じゃないの、攻撃職なの。

 というわけでラストのボス部屋ではちょっと遊んでしまった。


「起動……モルゲンステイン」


 あ……


 うっかりね、ついうっかりしちゃって、一撃で倒しちゃった。

 最近シャチ銅には潜ってなかったから、どのくらいの与ダメで銅シャチが落ちるか忘れてて、ついうっかり……ふ、ふふふ……ごめん。


「グレイさん、軽装備ショーパンでも火力化け物」

「あ、そうだ!

 もう一周行こう!

 ほら、プレ持ってるし。

 沢山あるのよ、皆で集めたから」


 そう、このためにプレートを集めたの。

 苦手なGがいる場所で、頑張って狩りをしたの。

 みんなの協力もあって沢山あるから、ドンドン行こう!

 あ、もちろん半分はクロエに渡してあるから、アギト君チームもドンドン回ってるはず。


「俺もプレート持ってますよ」


 二周目のダンジョン生成前にトール君が手持ちアイテムを使おうとしてくれたんだけど、それは自分で使って欲しいから今は要らない。

 そもそもトール君の銅プレートは、このあいだアギト君と使ってしまったらしい。

 例の初心者応援パックとやらに入っていたアイテムね。

 金と銀はレベル制限で入れなかったってことなんだけど、ダンジョンに潜る前……つまりトール君がログインする前のことなんだけれど、アギト君が得意げに話していたことがある。


「俺、頭良いんすよ。

 だから自分のは使わないっす、そういう時は。

 トールは全くの初心者なんで、あいつのを出させました」


 何かしらね、この話。

 要領がいいと言えば聞こえもいいけれど、これって狡いだけなんじゃない?

 なぁ~んかもやもやするのよね。

 初心者のトール君を都合よく利用しているような気がしてならない。

 一緒に話を聞いていた他のメンバーがどう思ったかはわからないけれど、わたしはもやもやが治まらなかった。

 その憂さ晴らしにさっき一発かましちゃったから、二周目は抑える。

 さっきはボス部屋に入った早々にやっちゃったから、二周目にしてトール君はボスキャラと初対面!

 凄い衝撃的な顔をしてた。

 ま、わからなくもない。

 だってわたしも、初めて巨大な通称銅シャチを見た時はやっぱりビックリしたもの。


「あれがラスボスですか?」

「そそ、ラスボスの銅のシャチホコさんです」

「通称銅シャチでーす」


 マメと二人でラスボスを紹介してあげる。

 ちなみに金と銀は、それぞれ金シャチと銀シャチと呼ばれている。


 そのまま


 名古屋城に飾られてる金のシャチホコから着想を得ているんだろうけれど、天守閣を模したダンジョン内、その最上階に、銅褐色っていうの?

 ちょっとキラキラした活きのいい超巨大なシャチが、びちびちと跳ねてるの。

 まぁ衝撃的よね。

 攻撃は水系魔法中心なんだけど、近づくと尻尾をびちびちやってたいてくる。

 ちょっと鱗が硬くて攻撃が通りにくいということもあるけれど、わたしみたいな魔型は火焔系の魔法で一撃か二撃くらい。

 さっきやっちゃったあれね。

 このインスタンスダンジョン 【ナゴヤジョー】 は育成用のダンジョンみたいなもので、金銀銅と三つある等級クラスはそれぞれに対象レベルが設定されている。

 誰でも潜れるこの銅は初心者から卒初心者くらいが対象だから、レベルカンストしているわたしやクロウの火力でまともに攻撃すると、ま、まぁ一撃とか、二撃とか、ね。

 でもシャチの大きさに驚いてすっかり及び腰のトール君だけど、近接タイプなんだからもうちょっと近づかないと。

 剣の間合いって、わかる?

 それにさっきの一周でレベルは4に上がってるけど、一撃にクロウみたいな速さも威力もないし……とにかく頑張れ!


「後ろに回りすぎると、尻尾びちびち食らうぞー」


 トール君と一緒に交戦中のマメがアドバイスをあげる。

 わたしとクロウが手を出すとすぐに終わっちゃうからね。

 マメは放置プレイだけど、トール君は回復をしつつ大絶賛優しく見守り中。

 交戦の様子を見ていると、トール君は攻撃というより盾剣士ガードのほうが向いてるような気もする。

 一緒に戦ってるのがマメってこともあるんだろうけれど、結構壁になってる。

 まぁでもまだまだ初心者だし戦闘スタイルはこれからとして、なにしろ初期装備だし、レベルが低いから防御力VITも低くて、しょっちゅう被弾箇所からHP流出ドレイン現象が起こりキラキラとした粒子が流れ出ている。

 この量がHPの減少量、つまり被ダメの目安なんだけど、レベル差による基本パラメータの違いで、どうしてもマメよりも多くなっちゃうのは仕方ない。


 ちょっとマメ、しっかりしなさいよ!


「ソロで回ってるくらいにしんどーいでーす」


 最後、トール君が渾身の一撃で銅シャチの尻尾を切り落としたら、大きくびっちびっちと跳ねて銅シャチが消失。

 ようやくのことでトール君と二人、銅シャチを倒したマメの泣き言には呆れる。

 だって、なに言ってるの?

 あんた一人じゃ倒せてないでしょうっ?

 レベル20まで来て、どうして初心者のトール君と火力が変わらないのよ?

 本当に不思議でならない残念キャラだわ、マメって。

 何周か回ってトール君のレベルが10まで上がった時、ダンジョン入り口前、通称出発ロビーでアギト君組と遭遇。

 アギト君のレベルは11まで上がったところだった。


「俺、そろそろ銀行きたいんですけど」


 うん、まだ早い。

 だって銀はレベル20からだからね、入れないの。

 クロエが調子よくなだめてくれたんだけど、なんだかアギト君組のメンバーが変な感じ。

 これはひょっとしてメンバー替えしたほうがいいのかな? とか思ってたら、ココちゃんとの~りんが抜けるって言い出した。

 あ、もちろんギルドじゃなくてパーティをね。

 そろそろログアウトするんだって。


「じゃ、パーティ一つにする?

 わたしが抜けるわ」

「グレイさんが抜けるならクロウさんも抜けるよね。

 じゃあ僕とカニやんとアギト君、トール君、マメさんで丁度五人だね」


 クロエはサラリと言ってるけど、ちょ~っと怪しいメンバーになってる。

 出来たらマメを抜いてクロウについていって欲しいところだけれど、わたしがパーティを抜けた瞬間にクロウも抜けてるし、無理か。

 気づいているらしいカニやんが何か言いたそうにこっちを見ていたけれど、まぁ頑張って。

 手を振ってお見送りしてあげた。

 残ったわたしとクロウはといえば、銀に潜ってた。

 銅とは違ってさすがに敵も強く、クロウも素手で殴り倒すわけにもいかない。

 とはいってもクロウだからね、ここの難ありビックリキャラも一刀両断。

 ここはクロウもわたしもソロでクリアできるから、ボス部屋までそんなに時間は掛からないんだけれど……


『あれ? 結局グレイさんたちも潜ってるの?』


 笑いが止まらないってばかりのクロエの声が呼びかけてきた。

 どうせまたマメが、なにか面白いことをしてるんだと思う。


「うん、銀だけどね」

『今更シャチに用なんてないでしょ?』

「そうなんだけど、りりか様に鱗頼まれちゃって」


 【ナゴヤジョー】 のボスシャチを倒した報酬 「シャチの鱗」 は装備を作る素材にもなるし、装備の強化素材にもなる優れもの。

 だから 【ナゴヤジョー】 の人気は衰えない。

 もちろん銅よりも銀、銀よりも金のほうが一度にもらえる量は多いけれど、当然銀よりも金のほうが火力が上がるから、クロウと二人なら効率を重視して潜るのは銀ってことになる。

 生産職のりりか様は、レベル的には銀に潜れるんだけれど、火力がないから誰かに連れて行ってもらうしかない。

 でも連れて行ったところで足手まといにしかならないから、代わりに採取したほうが早い。

 で、今回みんなで 【ナゴヤジョー】 に潜るということで、ついでに頼まれたわけ。

 もちろん買い取ってもらうんだけどね。

 ただではあげません。

 こっちだって装備の耐久削れを修理するのに費用が掛かるし。


「ところでそっち、楽しそうね」


 もうずっとクロエ以外の声が聞こえてるんだけど……


『マメー、またお前かー!』

『あ、だから後ろ回りすぎるなって!』

『ちょ! あ、ちが……』

『だーかーらー!』

『お前ら、どんだけヘボ?』


 なんだかね、インカムが阿鼻叫喚になってる。

 しかもこの声を聞きながらクロエは爆笑してるのよ。

 なにやってるんだか……。


『うん、凄く楽しいよ、僕はね』


 それはそれはもう、笑いが止まらないって感じね。

 ま、まぁクロエ一人だけでも楽しいのならいいかしら?


 そういうことにしておく

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