現在を動かす願いを

 ツカサを見つめてから祈るように目を閉じる。それから、真上に顔を向けて叫んだ。

 

「ツカサとずっとそばにいられますように!」


 願いを飛ばすように。すべての星に聞こえるように。


「今、なんて!?」


 目をつむっていてもツカサの動揺がメッセージカードを通して伝わってくる。けれどまだまだ飛ばしたい願いがある。星に届くように、腹の底から叫ぶ。


「大切なツカサが患いませんように!!」


 ツカサが今も忍ばせているであろう、ムクロジのお守りにも届くように。


「最初のヤツ!最初のヤツ言って!」


 ツカサの片手が俺の肩を掴んで揺さぶった。メッセージカードから手を離さないように、強くつまむ。

 

「……ツカサが患わず、ずっと俺のそばにいますように!!」


 喉が壊れてもいいから、叫んだ。心の中をキラキラと流れる思いが、唇から飛び立ち、流れることをやめない星たちへと突き進んだ。


「祐護さん、大好き」


 その言葉に目を開く。俺の願いを受け止める大切な人が、俺を覗き込んでいた。


(俺の好きに、大好きが返ってくる……)


 星の流れは次第に減速していき、やがて制止した。一つ一つの星の配置が、以前と変わっている。前の夜空とは違う、新しい夜空がアスタリスクに生まれた。

 

 この世界が少し変わった。そう確信すると身体だけでなく、心に入った力も抜けた。このまま花壇に倒れ込んでもおかしくないくらいに、眠い。


「眠れそうになってきた……」


 ふぁっと、あくびが漏れた。


「今日こそ俺と一緒に寝る?」


 ツカサがからかうような余裕の笑みを浮かべた。


「まだ、だめ」


 俺はメッセージカードから手を離して、ふらつきながら立ち上がる。ツカサはマグカップの取っ手を束ねるように掴んでから、慌てて俺に肩を貸した。


 多分、今の俺は恐怖心など忘れてツカサの隣で眠れる。けれど。

 

(まだ、気持ちの整理がついてないから、だめだ……)


 眠気に支配される頭で、ぼんやりとそう考える。茜への未練、ツカサへの気持ち。ツカサがまだ言っていないこと。

 

「じゃあ、いつなら良いんだよ?」


 いつなら気持ちの整理がつくかなんて、それはまだわからない。でも。

 

「いつか、きっと」


 俺の身体を支えるツカサが、俺の方に顔を向ける。

 

「約束、だからな!」

 

「うん、約束……」


 俺もツカサに視線を返して、優しい気持ちで微笑んだ。

 

 

 

 ツカサが俺をベッドにおろす。顔を近づけて「おやすみ」と囁いてきた。

 

 ツカサはおやすみの挨拶と同時に俺の部屋を暗くしたが、俺をじっと見るだけで、部屋を出ようとしない。そうしている間にもどんどんと、俺の意識は眠りに導かれていくのに。

 

「なぁ、キ……」


 うっすらとなにかが聞こえた瞬間、俺の意識は夢に落ちた。

 

 

 

 六月七日。星の配置は大きく変化したが、いつも通りアスタリスクの朝は暗かった。


 違うのは、俺が目覚める時間。普段なら六時や七時には目を覚まして朝食を作っているというのに、掴んだ時計には九時と表示されていた。

 

(ツカサ、もう起きてるよな……!)


 ベッドから飛び起き靴を履いてドアまで一気に駆けると、ドアの向こうからツカサの声がした。

 

「祐護さん、起きてる?朝飯作っといたよ」


 返事をする代わりにドアを開ける。緑のエプロンを纏ったツカサが部屋に入ってきた。

 

「おはよう!寝起きの祐護さんって新鮮だな!」


 おそらく寝癖がついているであろう俺の頭を、ニコニコと笑みを浮かべたツカサが何度も何度もなでつけてくる。

 

「あのさ、今日はもう大丈夫だから、昼飯は俺が作るよ」


 ツカサが俺を子供扱いしているように思えて恥ずかしくなり、朝の挨拶よりも先に家事の担当を申し出る。

 

「まだやめとけよ。昨日は倒れたり指二本切ったり忙しかったんだからさ!」


「今日はもう普通に動けるから大丈夫だって!」


 ツカサの横をすり抜けて廊下に出ると、ツカサもそれに続いた。

 

「それと、屋上にガーデンテーブルを設置することも考えてるから!」


 今日やることを口にする。ツカサからの相づちは一切なかった。


「ところでさー。祐護さん、キスしていい?」


「ぶっ!」


 先ほどまで俺が言っていたことと一切関係のない提案に、つんのめって倒れそうになる。ツカサが後ろから、どこにそんな力を隠しているんだと思うくらい力強く抱きしめて支えてくれた。


「ばっ、馬鹿!いきなりっ、そんなこと……!」


 一応助けてくれたとはいえ感謝する気にはなれない。そもそも俺がつんのめった原因は、どう考えてもツカサの発言だ。


「そっか、無理に迫らなくてもキスを提案されて動揺するくらいにはなってくれたんだ、祐護さん」


 ツカサは満足げだ。体勢を立て直した俺を、ツカサの腕が解放してくれない。

 

「あ~あ、誕生日プレゼントに祐護さんに強引にキスできるくらいの身長をお願いしとけば良かった~」


 ツカサの声は俺のうなじのあたりに吹き付けてくる。くすぐったいというより、痺れるような感覚がした。落ち着かない。

 

「いっ、いいから、朝飯冷める前に食べるよ!」


 俺の胸の下に巻き付くツカサの腕を無理矢理剥がして、ダイニングキッチンに続くドアを開いた。いつもの朝食の匂いがして、温かい気持ちになる。


「終わったらガーデンテーブルだけじゃなくて俺の身長もお願いしようぜ!」


 ドアの前に陣取る俺の横をすり抜けて、ツカサがダイニングキッチンに入る。俺の席の椅子を引いて、ニコニコしながら着席をうながした。

 

「ガーデンテーブルはともかく、身長はお願いしないからね」


「なんでだよー!」


 子供っぽく頬を膨らませるツカサに、笑みがこぼれてしまう。

 

「今のツカサが好きだから」


 呼吸をするようにごく自然に、ツカサへの思いを口にした。ツカサが静止する。俺も静止する。

 

「ゆ、祐護さん?今!今のもう一回、いい!?」


 ツカサが慌てた様子でペインターパンツのパッチポケットからボイスレコーダーを取り出す。その頬がうっすら赤く染まっていて、その行動が照れ隠しだと気づいてしまう。

 

「……だめ!」

 

 もちろん、好きだと言ってしまった俺も照れていた。両手をツカサの眼前に突き出して、俺の顔を見られないようにして。

 

 

 

 そんな平和な朝が、今日も俺たち二人にやってきた。

 

 

 

 [糠星に聖なる願いを 完]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る