星座のはじまり

 ツカサの部屋で、二人でかわりばんこに髪を乾かしあった。久しぶりに人に髪を乾かしてもらって、気持ちがふわふわした。


 相手がツカサだったからそうなったのかもしれないと考えると、むずがゆい気持ちになった。

 

「わかるだろ~、俺が祐護さんに頭を撫でてもらいたくなる気持ち~」


 ベッドサイドの椅子に座ったままの俺の表情を見て、ツカサがにへらっと笑う。俺に髪を乾かされ、俺の髪を乾かしたツカサはすでにダブルベッドに身を投げ出している。腹をゆっくり上下させて、目を細めて、もう半分睡眠状態に入っているようにも見える。ツカサは寒がりだから、このまま眠ってしまった場合はちゃんとコンフォーターをかけてやらないと。

 

(って、そうじゃない。今日中にアレを渡さないといけないのに!)


「ツカサ、眠るのはあとほんのちょっとだけ待って!今すぐ用意するから!」


 ツカサを眠らせないように、これ以上自分がぼんやりしないように、極力大きな声を出す。


「……ん~?」


 眠る寸前の人間特有の生返事に内心焦りながら椅子から立ち上がり、自分の部屋へと走った。

 

 

 

「今更だけど、これ……ツカサの、誕生日プレゼント!」


 ドタドタとツカサの部屋に戻った。ベッドの上で目を半開きにしつつ脇腹をつねり、睡魔への反逆を試みていたツカサがベッドに手をついてだるそうに身体を起こした。

 

「……受け取って!」


 急いでベッドに近づいて、膨らんだ緑のギフトバッグをツカサに渡す。ツカサは何度も目を擦りながら、緩慢な動作でギフトバッグのリボンを解き、前に倒れそうになりながらも中を覗き込んだ。

 

「これって……アスター、だよな!」


 目を見開いて、口を大きく開けて。目に見えてツカサのテンションが上がっている。テディベアのようにかわいらしく座るアスターぬいぐるみを取り出して、ツカサが両手のひらに乗せた。

 

「うわ~、可愛い!ありがとう、祐護さん!」


 屈託のない笑みで感謝を述べてから、ツカサはアスターぬいぐるみとギフトバッグをきつく抱きしめて、思いっきりベッドに倒れた。スプリングの音がした。

 

「今日はアスターを祐護さんの代わりに抱きしめてやるよ。いつか祐護さんも一緒に抱きしめるけど!」


 幸福を噛み締めるような笑みを浮かべて俺にアピールするツカサに、むずがゆい気持ちが上乗せされる。


「……おやすみ、祐護さん」


 アピールを受けた俺の気持ちを意識する余裕もないくらいに睡魔と戦っていただろうツカサは、目を閉じるとすぐに寝息を立て始めた。


「おやすみ。十六歳おめでとう、ツカサ」


 眠るツカサにコンフォーターをかけ、静かに語りかけた。部屋の電気を消して、廊下に出る。果たして今日の俺はちゃんと眠れるだろうか。色々あって結構疲れたから、きっとすぐに眠れるに違いない。

 

 ……それにしたって、目が冴える。

 

 

 

 身体は重くて睡眠を求めているのに、ベッドの上で待てど暮らせど睡魔は訪れず、目は冴えたままだった。

 

 現在、六月七日の午前二時。手すりに手をつき、ふらふらとおぼつかない足取りで螺旋階段を昇って、屋上に出る。でたらめに星を配置した、雲一つない黒い夜空に出迎えられた。


(ツカサとも色々あった、ありすぎた。茜のことだって、いっぱい思い出した。……こんな予定じゃなかったんだけどな)


 もっと幸せな気持ちで昨日を満たして、今頃はしっかりと睡眠を取っている予定だった。そうしたかったのに、そうなってくれなかった。結果は決して悪いものではなかったが。


 せめて今日は昨日よりマシな徹夜ができるといいなと思う。マシな徹夜とそうじゃない徹夜の線引きなんて、知らないけれど。


 ひとまず花壇に腰掛ける。花壇に植えられた花のラインナップは勝利が来た頃と大幅に変わっているが、花を愛でるにはここは暗すぎる。はっきりと見えるのは階段室の明かり窓と、夜空に浮かぶ月と星だけ。


 他にできることもない俺は、黒い夜空に浮かぶでたらめな配置の星たちを、これまたでたらめに結んでみた。


(ナイルの流れ座、真実の物差し座。実在しなさそうな星座って、こんな感じの名前だろうか……)


 適当に指でなぞって繋げて、思いついた言葉を当てはめて新しい星座を創作する。これは明らかにマシじゃない徹夜だと思う。けれど書斎に籠もって真実や他者の空想を漁りたい気分でもなかった。

 

(まぁ、結局やってるのは現実逃避なんだけど)


 そう思いながらも永遠の夜空に新しい意味を作っていく。めしつかい座、カレー座、いかずち座。明日には忘れてしまいそうだが、ベッドの上で眠れないまま何もしないよりはずっとマシだと信じながら。


「祐護さん、レモンバームティーを淹れてきたよ!」


 不意に声をかけられた。


「レモンバームティー座もなさそ……」


 遙か上空を見上げていた視線を、聞き慣れた声がした方へ向ける。


「ツカサ、どうして起きてるの!?」


 階段室の前にマグカップを二つ握ったツカサが立っていた。一度眠るとなかなか目覚めないツカサが、こんな時間に起きているわけがない。

 

 一体何が起こったっていうんだ。疲れすぎて幻覚が見えているのだろうか。


 俺の考えてることになどかまわず、湯気を立てるマグカップを持ったツカサが俺に近づいてきた。

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