君が話したかったこと
身体を優しく包む泡をシャワーで流し、ようやく湯船につかる準備ができた。シャワーを浴びる間、ツカサには背を向けたままだったが、背中に視線を感じっぱなしだった。特に、尻のあたりに。
他の男の股間が気になるのは男のサガだと、いつだったか茜が言っていた気がする。本当にどうでも良い記憶だ。
「もう風呂入るけど、スペースある?」
「一応、頑張れば二人で入れるだろ」
湯船の真ん中に陣取るツカサが排水口側に身体を寄せて、俺が入るスペースを空けてくれた。ツカサがいる側に背を向けて湯船に足を入れていき、膝を折り曲げて首から下までをお湯に沈める。湯船から勢いよくお湯が溢れて、洗い場の排水口がゴポゴポ音を立てて「処理しきれない」と抗議した。
「互いに三年で大きくなったってことだよな。これ」
体育座りのまま細かく動いて、身体の正面をツカサの方に向ける。同じように湯船に入っても、三年前はここまでたくさんのお湯は溢れなかった。それに湯船が窮屈に感じる。華奢で俺より十九センチも身長は低いが、ツカサだってあの頃よりは背が高くなっているから、仕方ないのだが。
「祐護さん、マジでそれ以上大きくならないでくれよ。俺が追いつけなくなったら困るから」
同じく体育座りのツカサがこちらに身体の正面を向けて、真剣な顔で言う。ツカサにとっては深刻なことなのかもしれない。けれど俺は笑いをこらえられず、ツカサに両耳を思いっきり引っ張られてしまった。お返しにツカサの両頬をつまんでやった。
二人でお湯鉄砲をしたり、くすぐりあったりしていたら、ツカサが熱いと言いだしたため、風呂から上がった。
「祐護さん、あのあとさ、俺にお守りをくれたじゃん。子が患わないためのものだって」
洗面所で身体を拭くツカサが手を止めて、同じく身体を拭く俺に話しかけた。ツカサが言っているのは、乾燥させたムクロジの実に穴を開けて朱色の紐を通した、簡素なお守りのことだ。
ツカサに渡したお守りは、茜が作って俺にくれた誕生日プレゼントだった。けれど茜はもういないし、苦しむことから逃げている自分より、目の前で苦しんでいるこの子にこそ渡すべきだと思って、出会った日のツカサに渡した。
『なんでもいうことをきく』券と同様に、お守りもそのあとどうなったかは知らない。
「紐は少し歪んでたけど、ムクロジはつやつやで。俺は見た瞬間に好きになって、それからずっと、肌身離さず持ってる」
ツカサは着替えの中からムクロジのお守りを拾い上げ、俺に見せた。実に九年ぶりの再会だ。渡したときよりも紐は劣化しているように見えるが、ムクロジの実はつやつやのままだ。
「……祐護さんにはずっと隠してたけどね」
ツカサがはにかみながら着替えの上にムクロジのお守りを置く。
「でも、もう隠さない。……祐護さんはどうしようもなく鈍感だから、ちゃんとアピールしてあげないと」
肩にかけていたバスタオルを床に落として、全裸のツカサが俺に歩み寄ってくる。
「『なんでもいうことをきく』。聞いてくれてありがとう、祐護さん」
「……え?」
ツカサが暖かい胸を俺の腹に押しつけた。驚いた拍子に、腰回りを拭っていたバスタオルを落としてしまう。
「最後に、もうちょっとだけこうさせてくれよ」
一糸まとわぬ俺の背にツカサの腕が回る。俺はツカサの背に腕を回せないまま、ツカサの肌のぬくもりを享受した。
「ところでツカサ、さっき風呂で言ってたことが、昨日の夜に言おうとしていたことだったの?」
ドライヤーを持って髪を乾かしにツカサの部屋に向かう道中、俺はずっと疑問に感じていたことを口にした。タオルを首に掛けて前を行くツカサが立ち止まって振り返る。
「……そうかもな!」
満面の笑みだ。けれど言葉には含みがあった。色々と憶測ができる言い回しだ。
(これも言おうとしていた。だが、他にも言おうとしていたことがある、とか?)
情報は少ないが、仮定してみる。もしそれが事実であるなら、言おうとしていた他のことも、そのうち口にしてくれるかもしれない。今回、こんなにもいろいろなことを口にしてくれたのだし。
(それについてはツカサの気持ちに任せておくか)
ひとまずの方針を決定して、再び前を向いて歩き出したツカサの後をついて行った。
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