はじめての思い出
俺を見上げていたツカサが、自分の手を俺の手首から解いてゆっくりと目を閉じた。
「祐護さんはこの傷が雨の日に痛むって、信じてくれたでしょ?お姉ちゃんやお兄ちゃん、他の子たちも同級生も、みんな信じなかったのに」
心にしまった過去を一つずつ取り出すようにゆっくりと語るツカサの言葉に、俺は何も言わず耳を傾けた。
「かわいそうぶってるとか、気を引きたいだけとか。みんな、俺の痛みなんてわからないのに、好きなように解釈してた」
ツカサの眉間に皺が寄る。それが過去に交通事故のことを少しだけ話してくれたときの表情によく似ていて、きつく胸が締め付けられる。
「俺がここに来た日は雨だったから、これが痛んで。胸を押さえてたら、祐護さんは言ったじゃん」
ツカサが瞼を押し上げて俺を見る。きらめく瑠璃色はうるんで、一番星を取り込んだみたいに輝いていた。
「『痛いの、平気?』って。俺、その時はもう、痛いとか言うのやめてたのに。痛みを知ってもらうことなんて、諦めてたのに」
傷に触れる俺の手の上に、ツカサの両手が重なる。鼓動を、思いを受け取ってくれと言うみたいに。
「祐護さんは俺の言わない痛みを感じて、信じてくれた」
過去の痛みを解いて、言葉として俺に見せてくれたツカサは、俺の手から両手を離した。俺もツカサの鼓動から手を離して、代わりに彼の濡れた髪を撫でた。
「ありがとう、祐護さん。この先、何があってもずっと、出会った日のことは永遠に忘れないって、俺は思ってる」
ツカサが涙をこらえてはにかむ。その様子に出会った頃のツカサの面影を見つけて、胸の奥に温かさと切なさが生じた。
俺が頭を撫でるのをやめたらツカサは照れくさそうな笑顔を浮かべて湯船に入っていった。湯船の上縁面に頬杖をついて俺を見つめながら、身体を洗い終わるのを待っているようだ。愛しさを感じてしまった相手に裸体を見つめられ続けるのは、恥ずかしいなんてレベルではない。恥ずかしさで人が死ぬなら今だろう、とわけのわからないことを考える程度には、恥ずかしさに思考を支配されている。
(でも、自分が隠していた過去のことを告白したツカサはもっと恥ずかしかったんじゃないかな)
そう思えば恥ずかしさも多少は薄れるかもしれないと考えたが、そんなことは一切なかった。どんなに頭をひねろうとも、裸体にまっすぐに向かってくる視線が恥ずかしいことは変わらない。
俺が指の間を洗えばツカサの視線は指の間に集中し、足先を洗えば足先に集中する。そうなると、股間付近を洗う場合、ツカサの視線は……。
「あのさ、ちょっとだけ見るのやめてくれないかな」
「やだ。祐護さんが身体洗うの見るの三年ぶりだし」
にやりと歯を見せてツカサが嗜虐的な笑みを浮かべる。
「俺はツカサが身体洗うの見てないんだから、ツカサも俺が身体洗うところ見ないでよ……」
「もしかして、俺が身体洗うところ見たかったのか、祐護さん?」
変な色気を出さずにただ面白がって笑うツカサに、余計に恥ずかしくなってしまう。
「そうじゃなくて!見ないでって言ってるの!」
「祐護さん、かーわいい!」
ツカサからの可愛いという言葉に、異様に頬が熱くなる。頬を赤くしながら股間付近を洗う姿なんて、絶対にツカサに見られたくない。結局、股間付近はツカサに背を向けて洗った。
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