情けなくても良いの?

 結局手伝えたのはケーキに生クリームを塗ることと、チョコレートのプレートや苺や砂糖菓子でデコレーションすることだけだった。やらないよりはマシだが、そこだけをやらせてもらえた子供のような気分にはなった。

 

 ケーキ完成後に、ツカサが昼食を用意してくれた。目玉焼き乗せサラダと焼き鮭と味噌汁とごはん。食後にはダージリンのセカンドフラッシュ付き。紅茶を淹れるツカサを盗み見ないように自制しながら、ますます情けない気持ちになった。

 

 

 

 風呂掃除だけはやっておくとツカサに言われ、俺は自室に押し込まれた。休んでいろと言われたが、やることはある。万が一のためにドアを『施錠』する。地下へ続く階段をゆっくりと降りて、黒板に欲しいものを書き出す。土色の壁に手をつきながら階段を昇り、ローテーブル上に現れた物品を確認する。ギフトバッグとリボンとメッセージカードが注文通りに置かれていた。急いでプレゼントのアスターぬいぐるみをラッピングする。

 

「上出来、だよな」


 緑のギフトバッグを、太い赤のリボンで蝶結びにする。アスターぬいぐるみと一緒に閉じ込めたメッセージカードには『三ツ森ツカサのこれからが幸せでありますように』と書いた。本当にこれで良いのかと何度も考えたが、今の俺がツカサに贈れる言葉は結局これだけだった。

 

 クローゼットに隠して、ひとまず準備は完了。ドアを『解錠』し、ソファに倒れ込む。柔らかさに受け止められると、嫌でも身体のけだるさを意識してしまう。

 

(朝食も昼食もツカサに作ってもらった。風呂掃除までやってもらってる。それどころか晩餐までツカサに作ってもらうことになった)


 ツカサの誕生日なのにツカサにやってもらうことが多すぎて、自分の情けなさに嫌気がさす。

 

(こういうとき、茜は『身体で返してね~?』なんて、冗談で言ってきたな)


 茜がいなくなる前はその言葉の本当の意味を知らなかったが、茜がいなくなって、大人になった今ならわかる。

 

(俺もツカサに身体で返した方が良いんだろうか)


 ……俺は今、何を思った?

 

 最低なことを思いついた自分を心底嫌悪する。そんなこと、冗談でも考えるべきじゃない!

 

(俺はツカサとどうなりたいんだよ、馬鹿!)


 コンコンッ。

 

 急なノックの音に心臓がはねる。叫びそうになる口を両手で押さえた。心音が落ち着くまで、数秒待つ。

 

「……どうぞ」


 許可と同時にドアが開いた。ツカサの足音が部屋に入ってくる。


「祐護さん、ちゃんと寝てる?俺の誕生日だからって、あんまり無理すんなよな」


 ツカサがソファの背もたれに両手をついて、座面に沈む俺を覗いてくる。ツカサの影が俺の顔にかかる。


「……ごめんね、今日に限って情けないことばっかりで」


 せめて強がれば良かったのに、弱気な言葉が口をつく。


「何の話だよ?祐護さんはいつもそんな感じだろ?」


 ツカサから返された言葉はあっさりしているようで、的確に俺の心を抉るものだった。


「ツカサから見て、俺っていつもここまで情けないのか?」


 俺は良い兄、良い大人になろうとしているだけで、本当にそれになれているわけではないかもしれない。だからといって情けなさを少しも否定されないのは、結構キツい。


「情けないとかじゃなくて、俺の前では大体油断してるっていうか、俺に気を取られてるっていうか」


 ツカサが目を細めて、にんまりと笑う。


「祐護さんって、本当に俺のこと好きだよな」


 頬がかあっと熱くなって、思考がひどく混乱した。どういう返事が正しいのかわからない。

 

 それ以前に、その言葉に頬が熱くなることが正しいのか。それすらわからない。今の俺は正しいのか、間違っているのか。

 

 正しかろうが間違っていようが、おそらくツカサは俺を許容するのだろうが。

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