おじやVS横顔
「祐護さん、入るよ」
ソファの背とローテーブルに手を置いて身体を起こすと、ツカサが肘でドアを押すのが見えた。手にした大きなトレイには、ティーセットと二つのどんぶりが乗っている。
「ごめん、ツカサ」
滅茶苦茶な喧嘩のあとなのに、朝食を用意してもらうことになってしまった。ローテーブルにゴトッと重そうな音とともにトレイが置かれる。どんぶりの中身は野菜とキノコがたっぷりのおじやだった。
「いっつも朝食は祐護さんが用意してくれてるし、謝るようなことでもないだろ」
「……そっか。じゃあ、ありがとう」
ツカサがトレイからローテーブルにどんぶりとレンゲを移す。
「祐護さん、身体起こせる?」
前屈みになって、ツカサが俺をのぞき込む。ついさっきの暴走など存在しなかったかのように冷静だ。
「……頑張ってみる」
「無理そうなら口移しで食べさせてあげるから」
訂正、まだどこか暴走している。頬を染めて目を細めて、どこか恥ずかしそうに。これは冗談で言っている顔ではない。
「自分で食べるから」
少しずつ体の向きをずらし、ソファから足をおろして、背もたれに上半身を預けた。ツカサは拒絶に対して特に憤ったりはしなかった。少し残念そうな顔はしたが。
どんぶりに盛られたおじやの表面には冷めるときにできるうっすらとした膜が張っているが、どんぶりに触れてみると熱かった。まだあまり身体に力は入らない。どう考えてもそこそこの重みはあるだろうし、これを持ち続けるのは多分、まだちょっとつらい。けれど華奢とはいえ男であるツカサを突き飛ばす底力は残っていたのだし、レンゲを口に運ぶくらいは大丈夫だろう。まずは両手を合わせる。
「いただきます」
それからレンゲを手に取りおじやをかき混ぜる。湯気を立て始めたおじやを掬い、それに数回息を吹きかけてから口に入れた。
「おいしい」
塩味がちょうど良く、みじん切りの野菜も柔らかいが適度に歯ごたえがある。
「待ってろ。今、祐護さんがもっと好きなの淹れるから!」
ツカサもソファに座って、ティーカップに琥珀色の液体を注ぎ始めた。そうなると俺の手は止まり、視線はそこから動かなくなってしまう。
「今日のはダージリンのセカンドフラッシュ。……祐護さん、本当に紅茶を淹れてる俺を見るの好きだな」
俺の視線に気づいたツカサが、優しい笑みのままこちらを向いた。ごまかすように視線を、おじやのある下にそらした。
(今のツカサの笑顔、凄く……)
綺麗だと思った。だから直視することに罪悪感を覚えた。おじやを掬って冷まして口に含む。味がわからなくなった。
(一口目がおいしかったんだから、おいしいはずだよな……)
わからなくても食べているということはそういうことだろうと解釈する。口にするごとに少しずつ体に力がわいてくる感覚もする。
(なのに、ツカサが作ってくれたものより気になるのが、ツカサが紅茶を淹れる時の横顔って、なんかなぁ……)
チラリと盗み見る。理想的な輪郭の横顔。黒い髪はいつも通り艶やかで、横顔ゆえにまつげの長さが強調されて、それに縁取られた瑠璃色の瞳に、安心とは違う感情を覚えて。
(……それより今は栄養補給だ。ツカサの誕生日に二度も倒れるわけにはいかないからな)
覚えた感情を一旦隅に置いて、再びどんぶりの中のおじやを減らす作業に戻った。隅に置かれた感情は、作業中も自己主張を続けた。
(そんなにずっとツカサばっかり見てるわけにはいかないってば)
それでも俺は、今食べているおじやよりも、紅茶を用意してくれたツカサの横顔が気になった。
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