見藤祐護の今の家族

 至近距離にあるツカサの表情が戸惑うような、懇願するような弱々しいものに変化する。

 

「俺の方が絶対に、そいつよりも祐護さんをあ、愛してるし、大切にする。だからキス以上のことを教えてくれよ」


 言っている意味がわからない、理解したくない。それなのに全身の体温の更なる上昇を感じる。

 

「……セックスする場合、大体は最初にキスするんでしょ。それから服脱がすのはわかった。でも、そのあと何するかがどの漫画でも大体描かれてなくてイマイチわからない。最後に頭を撫でたり手ぇ繋いだりするのは知ってる」


 これは弟のセリフじゃない。愛や恋の先に興味を抱く人間の、調査結果の報告だ。


「描かれてない部分、絶対知ってるでしょ。教えてくれよ、祐護さん。そしたら俺、頑張るから」


 そして、調査で判明しなかった部分を俺に尋ねている。求めている。頬を染めて、戸惑った表情のままで。


「俺が頑張れば、祐護さんは、きっとそんなヤツのことなんか忘れて……」


 ツカサの指が俺のパジャマの裾を握り、たくし上げようとした。急な自体の進行に一気に思考がクリアになる。

 

 自分が何を言っているのか本当に理解しているのか、ツカサは。

 

「ツカサ、後悔は先に立たない。……今のはよく考えた上での発言か?」


 俺の腹が露出したあたりでツカサの手が止まる。

 

「考えるだけでどうにかなることじゃないから聞いたんだろ」


 この世界には基本的に俺とツカサしかいない。ツカサは絶対に触れ合えないようなアイドルなどに熱を上げるようなタイプではない。実質、恋をするなら選択肢は一つ、みたいなものだ。

 

 そのたった一つの選択肢が、ツカサの唯一の恋愛対象が、本当に俺で良いのか。ツカサは本当にそれで後悔しないと思うのか。俺とツカサは同性で、家族のような関係をずっと続けてきたのに。

 

 九年間の積み重ねを勢い任せに変えてしまって良いと、ツカサは本当に思っているのか?

 

「そんな言い方でごまかすなら、俺は絶対に教えないからな!」


 絡められた指を解き、両手に力を込めてツカサの身体を押し返しながら叫ぶ。ツカサは案外簡単に後ろに倒れて、ソファの肘掛けがツカサの頭を受け止めた。

 

(なんてやりとりをしているんだろう、今日の俺たちは)


 寝不足の頭に自分の声が反響してクラクラした。自分も倒れてしまいたい。けれどそんなことしたら、今度はツカサが何をするかわからない。そうなれば自分だって何をするかはわからない。それによってどんな結果が出るかは、もっとだ。自分の身体を倒さぬよう力を振り絞って、手でソファの背もたれとローテーブルを握る。腕が勝手にブルブル震えた。

 

「とにかく、今は朝なんだから朝食にしよう」


 声を震わせながらも良い兄、良い大人の仮面を被って発言すると、俺の上で倒れていたツカサは黙って起き上がり、俺の上からどいた。そのままドアに向かって、俺に背を向けたままこう言った。

 

「朝食、作ってくるから。祐護さんは休んでて」

 

 ドアが開いてツカサが部屋を出て行く、筋肉を抜き取られたみたいに腕の力が抜けて、ソファに倒れた。


「最近のツカサはわからない」


 真っ白い天井に語りかける。自分にだってあの年の頃はあったのに、今のツカサが何を考えて動いているのか全く想像がつかないのだ。


(昨日の話、無理にでも聞けば良かった)


 そんなことを思いながら、ソファの柔らかさを享受する。それでも目を閉じることはできなかった。

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