冷めた紅茶に満たされて
俺より小さい誰かが、俺に肩を貸してどこかへと導いてくれる。俺は誰かの腕と服の裾を掴みながらふらつく足に力を込めて歩いた。
ギィ、と音がして、その先に誰かが進んでいく。見覚えのある風景が目に入る。
「茜の、部屋……?」
茜……?違う、ここはもう、茜の部屋じゃない。
「俺の、部屋だ……」
そして、俺を大切に扱ってくれる誰かは―――。
「ツカ、サ……?」
「祐護さん、ソファとベッド、どっちが良い」
「ごめんっ!」
ツカサだと気づかないまま縋るなんて、情けないにもほどがある。腕と服の裾を掴む手を離したら、腰に回されていた手で抱き寄せられ、身体を密着させる形になった。
「また倒れるかもしれないし下手に動くなよ。悔しいけど、俺の体格で祐護さん背負うのは難しいんだから」
仕方なくツカサに抱きつく。目の奥に熱が溜まるような感覚がして、ぎゅっと目をつむった。
「ソファで良いよな。……ほら、俺が移動する方にゆっくり歩いて」
俺を抱きしめたままゆっくりと歩を進めるツカサに言われるまま、少しずつ足を動かす。
「座って」
ツカサと身体が離れる代わりに、ふかふかのソファに身体を受け止められた。姿勢を制御できなくて、横に倒れる。
「ありがと、ツカサ」
落ち着くかはともかく、身体を休めることができる場所にたどり着けて、いくらか緊張はほどけつつあった。
「で、茜って何者?」
熱っぽいような冷たいような、そんなツカサの視線が俺を見おろした。移動のために足に込めていた力はすでにほどけていて、どこかに逃げる気力もない。
「言わなきゃ、ダメ?」
「言わなかったら祐護さんには一生誕生日祝われないから」
「言ってもいなくならない?」
茜の姿との再会、茜のものだった部屋、自由にならない身体。それらによってかさ増しされた不安が、本音を口から押し出した。
「いなくなるような何かがあるのかよ?」
「そうじゃなくて俺の側の問題というか……」
「なら、祐護さんとりょ……両思いの俺の問題にもなるだろ」
ツカサの頬に赤い色が集まっていく様子をぼんやりと観察する。おそらく自分の頬にも同じ現象は起こっているのだろう。なんだか、熱いから。
(……そう思っていいんだろうか)
俺はツカサと一緒に暮らす中で、ツカサにとって良い兄であろうと、良い大人であろうと心がけていたと自負している。そういう立場になれることも、俺の心の支えであった。ツカサを守ることに躊躇はない。けれどツカサと一線を越えて親密になることには抵抗があった。
そんな風にツカサについて考える自分とは正反対の、茜が残していった冷めた紅茶を飲み続ける自分が、心の中に言葉を放り込んだ。
(ツカサは俺の前からいなくならないって信じようとしてるんだから。ここで言って、はっきりさせるべきなんじゃないかな)
空になったティーカップを投げて割った後に、新しく淹れてもらった冷めた紅茶を誰かから受け取って、あの日の俺がこう続けた。
(……ツカサがいなくなったら、俺は一人で冷めた紅茶を飲めばいいだけだから)
喉の奥に直接、冷めた紅茶を注がれたような気がした。急激に心が冷えていく。そう思えば、俺はツカサに茜のことを言える。そう確信できた。
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