だれかたすけて

 茜のシャツを掴む手の力が抜けて、俺の身体が頽れる。茜の表情に刻まれた蔑むような笑みは、なお深くなった。

 

「わかるよね?色んな人がゆうくんを置いていったもんね?」


 どこにも光はないのに、茜の顔に濃い影がかかった。


「僕だけじゃないからね!ゆうくんのお母さんに弟くん。みんなゆうくんを残して死んじゃった」


 黒すぎる茜の影が俺の身体に被さり、俺の視界まで暗く染める。光源がない世界でのそれは異様で、心臓を握られるような錯覚がした。

 

「ゆうくんが考えないようにしているお父さんだって、ゆうくんがいらないんじゃないかな。会いにきてくれないもんね!」


 立ち上がらなきゃと思うけれど、筋肉を奪われたみたいに、足にも腕にも力が入らなくなってしまった。

 

「僕のあとに新しく来た子がいるんだって?……へぇ。ゆうくん、その子のことが気になるんだ?」


 お前は茜じゃない、偽物だ。茜の振りをするな。優しい茜を汚すな。二度とその姿で俺の前に現れるな。失せろ。

 

 何か一つでも言い返したかった。言い返したかった、のに……。


(なんで涙が止まらないんだ?)


 今、茜の姿をした何かが話していることは、すべて自分の頭の中にうっすら存在している思考だ。それを茜の姿で代弁されただけに過ぎない。それなのに。

 

(なんで、こんなに……!)


 胸が痛い。そこに手を当てたくても、もう自分の身体に力は残っていない。生まれたての赤子のように、ただただ泣くだけしかできない。

 

「浮気者だなぁ、ゆうくん。二人きりの時は、僕だけをあんなに熱っぽく見つめていたのに」


 頭が後ろに倒れる。ちっとも痛くない。ただ胸だけが、握りつぶされそうに。


「まぁ、僕からすればその子に興味が移ってくれた方がいいかな」


 茜の表情は黒すぎて見えない。けれど声とシルエットはとても嬉しそうで、楽しそうで。


「僕に会いに来ようともしなかったゆうくん、いらないし」


 苦しい。助けて、助けてよ。誰か、誰か。

 

「……さん!祐……!」


 誰か。誰―――?




「なんで、そんなこと、言うの、茜……!」


 溢れる涙の向こうで、誰かが俺を逆さにのぞき込んでいる。体の背面ほとんどが冷たいのに、後頭部だけ妙に温かい。


「助けて、誰か、誰かぁ……!」


 不安と、誰かへの安堵が入り交じって勝手に涙があふれてくる。誰かは俺が落ち着くまで、そのまま俺をじっとのぞき込んでいた。

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