『あの人』との再会
朝の六時に炊き上がるようにセッティングしておいた炊飯器は、すでに保温状態に入っている。そして冷蔵庫の中には二人分のサラダを用意してある。今、俺が調理すれば良いのは半熟の目玉焼きと焼き鮭と味噌汁だけだ。冷蔵庫のドアに頭をぶつけそうになりながら、チルド室から鮭を二切れ取り出す。
(鮭。二切れ。二切れだよな?三切れじゃない?)
視界がぼやける。焼きながら確認すれば良いと思い、ワークトップに置く。冷蔵庫のドアを閉じたところで地面が大きく揺らいだような感覚がした。もしかしたら地震が起きたのかもしれない。けれど、アスタリスクで地震が起こったことなんて、あっただろうか?わからない。自分の頭の位置が大きく動いたのは理解できた。
(あっ……!)
声を上げる間もなく、意識はアスタリスクの空よりも暗い場所へと落ちていった。
いつも通り、その場所は真っ暗だった。そこに自分の身体があり、身体の中に自分の意識がある。
そして視線の先には見間違えるはずのない背中が小さく存在した。何百、何千、何万回と見たあの背中が、遠くにあった。
「茜っ!!
身体は重く、疲れ切っていた。それでも振り向いてほしくて力の限り絶叫した。
「……なんだぁ、『ゆうくん』かぁ」
ウェーブのかかった茶髪を揺らして振り返った『あの人』―――南樹茜に、ふらつきながらも向かっていく。
年を取っていない、あの頃の茜だ。丸眼鏡の向こうにおっとりとした印象を与える垂れ目があって、口元は常に微笑んでいて。人に安心感を与える容貌が、ここに存在している。
「茜、なんで……」
吐き気がするほどのめまいに見舞われる。それでも目の前にいる茜を逃したくなくて、脚に力を込めてなんとか立っている。
「なんでいなくなったかって?そんなの、ゆうくんが一番わかってるでしょ?」
茜の目が三日月のように細められ、口角が不自然につり上がった。大きな地震が起きたみたいに身体がふらついて倒れそうになり、茜のシャツを掴む。すでに身長は茜とほとんど変わらない高さになっていたけれど、まっすぐに立てなくて茜を見上げるカタチになった。
「ゆうくんがいらない人間だから」
見上げた茜はあざ笑うような、愉しさに満ちた声で俺に語りかけた。
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