出来損ないの真心

 振り返った先にあるベッドサイドの時計は六月六日の六時を示している。眠らないままアスタリスクの暗い朝にたどり着いてしまった。

 

(我ながら、馬鹿すぎると思う)


 ローテーブルの上には優勝レイを取り外したダービー馬、キャロルアスターのぬいぐるみが置かれている。そしてその周辺にはボロボロになってしまった茶色い木綿の生地が散らばっている。これらはアスターの兄貴分、キャロルスペースのなり損ないだった。

 

(気を紛らすためとはいえ、何してたんだろ、俺)

 

 アスターぬいぐるみは黒板に書いたらすぐに届いた。そこで満足しておけば良かったのに、スペースと一緒にしてやりたいと考えてしまったのが間違いだったのかもしれない。

 

(書斎に入るとすぐに、スペースが重賞を勝った時の写真が掲載された雑誌が見つかった。ご丁寧なことに馬関連の本はそれしかなかった)


 スペースの栗毛を確認した俺は早速、地下の黒板に茶色い生地と糸とビーズと綿を頼んだ。アスターのぬいぐるみを参考に裁断し、縫い合わせれば、それなりに似たものができるとその時の俺は信じていたのだ。

 

(裁断は上手くいった。裁断だけは上手くいったんだ。……それ以外は問題外だった)


 針で指を刺しまくる。やっとの事で一カ所縫えたと思ったら、縫い合わせるべき場所を間違えていた。それの繰り返しで、最初は真っ平らだった生地がデコボコの穴だらけになってしまった。

 

(それを朝まで続けるって……。気を紛らすにしたって、もっと他にやるべきことがあったんじゃないかな……)


 ソファから立ち上がると、視界が大きく揺らいで、平衡感覚がなくなった。全身が重いが、裁縫用具だけでなく、ツカサへのプレゼントがあるローテーブルに倒れるわけにはいかない。ローテーブルに両手をついて、倒れることはなんとか防げた。茶色い生地に、額からこぼれた汗がじわりと染みた。

 

(ベッドで倒れてた方が良いんだろうけど、なにかしてないと落ち着かないっていうか……)


 よろけながらもツカサにあげるアスターはテーブルの引き出しに隠し、スペースになり損なったかわいそうな生地たちは、とりあえずクローゼットに押し込んだ。

 

(……朝食作ろう)


 身体に力が入らない。けれど何もしないよりよっぽど良いので、倒れそうになる度、廊下に手をついたり、壁に身体を預けたりしながらキッチンへ向かった。

 

 ツカサの部屋のドアの方は、一度も見なかった。

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