好きって、どんな?
ツカサが発したそれは、衝撃的な言葉だった。母も弟も『あの人』も「他じゃダメ」なんて俺に言ってくれたことはなかった。―――もっとも、弟は言葉を発することができるようになる前に亡くなってしまったのだが。
「……他で、いいでしょ?」
心拍数が上昇する。すがりつきたくなる言葉に、ダメ押しのように反発する。顔が熱い。
「何照れてるんだよ。もしかして俺のこと好きなの、ようやく自覚した?」
悪戯っぽい表情で俺を見上げて、ツカサが口にした。
「……!?」
ベッドに倒れそうになって、腹に力を込める。ツカサのことは好きだ。それは家族や兄弟としてだと思う。弟が生きていたならツカサと同じ年齢だったから、なおさらそう思う。けれど。
(なら、なんで俺はさっきツカサの肩が触れたときに緊張したんだろう……)
今だって、不必要なまでに動揺している。ベッドのシーツをぎゅっと握った手のひらに汗がにじんでいる。瞳が勝手に潤む。耳まで熱い。
(わからない。その感情は、この感情は、なんだ?)
高まり続ける心拍数がうるさいくらいに体内に響く。何に高鳴っているのか、考えることが怖い音が全身を支配している。
「ちょ、ちょっと待って!なんでそんな顔して黙るんだよ、祐護さん」
ツカサがベッドから立ち上がって俺を見おろした。抗議するツカサの瞳も潤んでいて、耳まで赤くなっていた。
「話、したかったのに、これじゃ、こんなんじゃ、できない、よ……」
真っ赤になった顔を両手で覆って、ツカサはその場で立ち尽くしてしまった。
俺は反射的に立ち上がった。しかしどういう言葉をかければ良いのかわからず、表情を隠すツカサを見つめることしかできなかった。
二人とも沈黙したまま十分以上が経過した。ピピピピ、と時計のアラームが鳴る。ついに時間は六月六日、午前零時に到達してしまった。
「祐護さん、ごめん、今はやっぱりやめとく」
ツカサが顔から両手をどける。顔に集まっていた血液は解散して、代わりに申し訳なさが集まった表情をしていた。
「お願いしといてごめん、今日はここまでで良いから。ありがとう」
ツカサに背を押され、うながされるまま部屋を出る。廊下に出ると、夏の入り口が見える頃なのに、寒さが首筋に染みた。寒いだけで終わりたくなくて、振り返ってお決まりの文句を口にしようとする。
「ツカサ、誕生日おめ……」
「今は受け取れないや。ごめん、祐護さん」
パタンと音がして、ツカサの部屋のドアが閉じた。
ツカサが何を話したかったのか、大人として聞かなければいけないはずだった。それでもドアは閉められた。
部屋の主によって閉ざされたドアを開くほどの強引さも勇気も、今の俺には存在しなかった。
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