見藤祐護の代わりはいない

「せっかく特別な日に祐護さんを招くんだから、ちょっとだけ模様替えしてみたんだぜ」


 ツカサが指を揃えて、ダブルベッドの方向に腕を伸ばす。ベッドの近くには去年の誕生日に贈ったアジアゾウの巨大ぬいぐるみが寄せられていた。


 ツカサは俺の方を向いたまま後ろ歩きでベッドまでたどり着いて、そこに腰掛けた。その隣をぽふぽふと叩いて俺を招く。素直に従い隣に座ると、二人分の重みにベッドが軋んだ。

 

 軽く揺さぶられる形になったツカサの肩が俺の腕に触れた瞬間、頬に血液が集まる感覚がした。

 

(そうだ、誕生日プレゼントの代替案も考えておかないと!一緒に寝られるちっちゃいアスターのぬいぐるみとかあったら、ツカサの気持ちも安定するかも)


 ダービー馬なら既製品のぬいぐるみもあるかもしれない。既製品なら地下の黒板で取り寄せることができるのだが。

 

(無いなら作るしかないかな。裁縫は……数年前にツカサに教えたきりだったな)

 

 ツカサには俺から中学校卒業相当の知識を教えた。裁縫は得意ではなかったが、ツカサは楽しげに、俺が組み立てた拙い授業に取り組んでくれていた。

 

 俺は『あの人』から小学校卒業相当の知識を仕込まれていた。『あの人』は俺が十二歳の時にいなくなったため、中学校、高校相当の知識はツカサが来てから一人で学習した。ツカサに教えることを考えながらの勉強には、『あの人』に教えてもらうのとはまた違ったやりがいがあって楽しかった。


(あの頃みたいに、ツカサのために時間をかけて何かを作るのも良いかもしれないな)


「祐護さん、余計なこと考えてるだろ」


 不意に声をかけられて肩が跳ねる。


「よ、余計じゃないよ、明日のことを考えてるから」


 口調だけは平静を装おうとして、少しどもってしまった。ツカサは眉根を寄せて俺の腕に抱きついた。

 

「今は俺の話を聞いてくれよ。……頑張るから」


 おそらくこれから喋ることを頑張るのだろうが、そんなにも言いづらいことなのだろうか。


(ここに来るきっかけになった過去のこと、とかだったら俺だって言いづらいから、わからなくもないけれど……)


 もしも自分がツカサにすべてを話すことになったら?そう考えると呼吸が止まり、表情筋が動かなくなった。めまいがする。


「なに固まってんの、祐護さん」


 ツカサが腕を離して、俺の鼻の頭を指先で小突いた。想像で苦しんでいる場合じゃない、俺の方からも発言をしなくては。


「先に言っておくけど、話が終わってツカサが寝付いたら俺は部屋に帰るから、誕生日プレゼントは他の……」


「は?今更何言ってんだよ?俺は祐護さんと一緒に寝たいの」


 怒っているような、泣き出しそうなような。二つの感情が複雑に入り交じった声を耳に注ぎ込まれる。


「ほ、他のモノならあげるから!」


 今のツカサはいつものツカサに見える。けれど話し終えてベッドに入った途端に、ツカサのなにかが変わってしまったらなどと危惧してしまう自分もいた。


 俺の言葉を受けたツカサの顔が、泣きそうに歪む。


「他じゃダメだから」


 泣きそうなのに、不自然なまでに力強いツカサの視線に射竦められて、俺はツカサから目を離せなくなった。

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