一緒に寝てよ
チョークを手に取り、黒板に『東京競馬場 除去』と書く。チョークが黒板から離れた瞬間、背後にいるツカサに弱々しく抱きつかれた。反射的に落としてしまったチョークが石畳にぶつかってカランと音を立てた。
「祐護さん。俺、今日は祐護さんと一緒に寝たい」
石畳の上を不規則に跳ねるチョークの音でかき消えてしまいそうな、力のない声だった。
「その、今日、祐護さんと一緒のベッドに入った時のこと、まだ話してないから、聞いてほしいし……」
ツカサはおそらく様子がおかしくなる前に見ていた夢のことを話すつもりなのだろう。
(思えばあの後からツカサの感情の乱高下が激しくなったんだ、話は聞いておいた方が良いかもしれないけれど……)
目覚めた後のツカサの様子は明らかにおかしかった。強制的に誰かや何かを支配しようとするツカサなんて、これまでずっと一緒にいた中で一度も見たことはなかった。
(ツカサ、今までは俺が本気で嫌がるようなことは絶対にしなかったのに。どんなきっかけで……)
アスターの問題を解決するために、考えないようにしていた疑問や不安が押し寄せてくる。なんだったんだ、あれは。あの狂気的なまでの必死さは。俺に永遠を誓わせたツカサの声が、姿が、脳裏によみがえって再び脊髄から脳天まで電流が走った。
「祐護さん、いい?」
「え、あ……」
単語を発することすらかなわないほど、思考そのものが痺れて麻痺した。額から汗がこぼれて、目に染みた。
「あの時みたいに叫んだりとか、絶対にしないからさ……」
ツカサの声が低く、細くなる。反対に、俺の腰に回された腕に入る力は強くなった。ぎゅっと目をつむる。
「……聞いてよ、俺の話。一緒のベッドでさ」
甘えるように、ツカサが頬を俺の背中を擦りつける。
「もしかして、嫌だったりするのか?」
嫌とかではない。今の不安定なツカサと一緒に寝るのは少し怖いという単純な感情があるだけだ。
ツカサは一体、俺に何を話したいのだろうか。何がツカサをあれほどまでに乱したのか。知らなきゃいけないと思う反面、それを知って俺とツカサがどうなるかが想像できなくて、それにも恐怖している。
「話を聞くだけなら、いいけど……」
恐怖を抑えて、彼の保護者として発言する。そのくらいしか選べる道がなかった。
「誕生日プレゼントとして一緒に寝てほしいのに?」
「それって……」
どういうこと、と続けることができなかった。
「別に、祐護さんを誕生日プレゼントとして今すぐ全部もらうとかじゃないんだぜ?」
果たしてその言葉に安心して良いのだろうか。そんな風に今のツカサを疑いながらも、俺は今までのツカサを、東京競馬場で見せたツカサの強さを信じたいとも思っていた。
「ちょっとだけ、考える時間がほしい」
「……期待してるぜ」
ツカサの腕がほどける。俺は石畳を転がっていったチョークを拾い上げ、黒板の粉受に置いた。
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