見藤祐護の優柔不断
覇気のないツカサを部屋から連れ出す勇気もなく、一人でアスターの元に向かう。
万一アスターがこちらを見ていた場合に備えて、重い玄関ドアを手で押して開く。空腹を我慢しているわりによくここまで力を出せるなと、自分の肉体に少し感心した。
「ゆーご!?ツカサじゃない!?」
アスターは俺が開いた側と反対のドアの前に立っていた。俺は自分が開いた側のドアを背に、アスターの方を向く。
「言っておくけどツカサでもダービーに連れて行くことはできないよ。ここではダービーなんて開催されていないからね」
「だったらダービーのとこにつれてって!」
ダービーの開催場所である東京競馬場に連れて行け、と言いたいのだと推測はできる。
(連れて行くとかはともかく、東京競馬場を設置するだけなら地下の黒板でなんとかできるだろうけれど……)
問題は覇気を失い、俺を遠ざけるような態度も見せたツカサだ。
(あんな状態のツカサに競馬場なんてどうなんだ。とはいえ気付かれずに設置することはほぼ不可能だろうし……)
「……わかったからあんまり動かないで待ってて」
「!うん!」
珍しく素直に言うことをきくアスターを置いて、今後の方針を固めるべくアスタリスクの中に戻った。
ツカサの部屋のドアの前に立ち、ノックをする。返事はなかった。
「ツカサ、入って良い!?」
大きめの発声にすら何の反応もない。
「お邪魔するよ!!」
叫んでも、部屋の中からは何も返ってこなかった。
もしかしたら部屋にいないのかもしれない、それが一番マシだ。そうじゃなければものすごく体調が悪くて寝込んでいるのかもしれないし、俺の声に気づかないほどなにかに熱中している可能性もある。もしかしたら俺に見られたくない状態だったりするかもしれない。そうだったなら見なかったことにする。幼い頃は内気で俺を伺うばかりだったツカサにだって、いずれそういう時は来る。
様々な覚悟を手のひらに込めて、ドアノブをゆっくりと回した。わずかに開いた隙間から部屋の中をうかがう。部屋は暗い。隙間を広げて音を立てずに侵入する。ツカサはこちらに背を向けて寝息を立てている。
(体調が悪い、が正解っぽいな。ならおかゆでも用意してから『施錠』でツカサをここに閉じ込めて、俺だけで解決する方がいいか?)
『施錠』はアスタリスク内のドアに鍵をかける言葉だ。これを行ったドアは俺が『解錠』を唱えるまで誰も開けなくなる。
とはいえ、アスターに入れ込んでいるツカサを閉じ込めて一人で勝手に動くのは、ツカサからすれば裏切りに近いだろう。
いいのか、それで?
「……祐護さん……」
名前を呼ばれて叫びそうになり、両手で口を塞ぐ。続けてツカサが寝返りを打ち、服に包まれてもなお華奢に見える身体がこちらを向く。
「祐護さん、行かないで……すぅ……」
乱れた前髪の向こうの眉間にしわを寄せている。硬く目を閉じて、苦しそうな寝顔だった。悪夢でも見ているのかもしれない。
覚ましてやるべく近寄って、ベッドに両手を置く。ツカサの冷えた指が俺の右腕を捕まえた。
「うわっ!?」
そのまま強い力で握られて、ベッドの中に上半身を引きずり込まれる。
「行かないで、そっちは、ダメ……」
ツカサと一つのベッドに入ったのは三年前が最後だった。しかし今はそういった感傷を遠ざける事実が目の前に一つ存在する。
極めて近くに、涙を浮かべた苦しげなツカサの顔がある。
「泣かないで」
人差し指で、ツカサが流す湿った暖かさをゆっくりと拭う。切ってもいない指なのに、しみるような痛みが走った気がした。
「んん……?祐護、さん……?」
目を開いたツカサが正真正銘驚いた顔をして、俺の腕を抱く力が弱まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます