おれをダービーにつれてって!

 俺のお腹は減っている。昼食を用意するのだって、苦ではない。

 

 けれどツカサがいないキッチンで一人、ご飯を食べるのだけは避けたかった。

 

 空腹をごまかすべく書斎に向かう。今ならツカサの言っていた動物のエピソード本も見つかるだろう。もしかしたら、スペースについて書かれた記事だってあるかもしれない。

 

 書斎の壁を埋め尽くす本棚からタイトルに『ダービー』『馬』とある書籍や雑誌を集め、テーブルに積んでいく。

 

 ひとまず、アスターがスペースを見たというダービーのことから調べてみる。


(『日本ダービー(東京優駿)は東京競馬場で開催される重賞。』)

 

 タイトルや目次に『ダービー』とある書籍や雑誌に片っ端から目を通す。

 

 今年のダービー勝者アスターを讃える記事は複数あったが、アスターがダービーで見たというスペースに関してはなんの記載もなかった。


(誘導馬とかもいるみたいだし、競馬場にスペースが住んでいるとかはないのかな……)


 そんな希望を抱えつつ、次はツカサが言っていた動物のエピソード本に目を通す。

 

(『あいつらは本当の姉妹みたいだった。』って、勝手にオス同士だと思ってた)


 二頭の仲睦まじいエピソードもたくさん掲載されていて、最後の一文を読み終えた瞬間、視界がうっすらとぼやけ始めた。

 

(ツカサがいなくて良かった)

 

 目元を拭う。ロマンティックな話にちょっと泣いただなんて、ツカサには知られたくない。


 この二頭がちょっと羨ましいなんてことは、なおさら知られたくなかった。


 


 本の山をすべて崩したが、スペースになにがあったかをはっきりさせる記述は見つからなかった。


(いっそ黒板に『キャロルスペースをムクロジの森に出せ』とでも書くか……?)


 もちろん本気ではない。本当にスペースが現れたら、それこそどうしていいかわからない。馬主さんや厩舎の人々だって困るだろう。


「ツカサ!ツーカーサー!」


 二つドアを隔てた向こうから、ツカサを呼ぶアスターの声がした。ツカサはまだ部屋にいるというのに、なんともタイミングが悪い。

 

 呼びに行くか迷っていたら、アスターから滅茶苦茶な命令が飛んできた。


「おれをダービーにつれてって!」


 いつか読んだ漫画のタイトルによく似た無茶振りだった。

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