希望の星について

 アスターは泣きながらも、ツカサから与えられたリンゴのうさぎを全部平らげた。

 

 左手首の腕時計を見れば、そろそろ昼食の時間だ。


 アスターを一頭ぼっちにするのも心配だが、アスターの巨体では玄関と書庫を繋ぐ人間用のドアはくぐれない。

 

 俺はツカサに言われて懐中電灯を持ってきた。


「なるべく明かりが届く場所にいてくれよ」


 ツカサが明かりをつけた懐中電灯をガーデンテーブルに立てて置きながら言った。


「う、う゛ん!」


 ツカサの願いを、アスターはリンゴのうさぎの残骸を噛み砕きながら涙声で受け入れた。

 

 

 

 皿とティーセットをツカサが洗って、俺が食器棚に片付けた。


「アスターの話を聞いて、動物のエピソード本で読んだ話を思い出したんだ」


 手を拭いてダイニングテーブルについたツカサが、沈んだ声で語り始めた。


「『ある競走馬と仲の良い馬が亡くなった。その直後の重賞で、その競走馬は亡くなった馬とよく似た走りで勝った。関係者曰く、亡くなった馬が最後の併走にやってきて、勝利した競走馬はそれを追いかけたに違いない』」


 俺も同じようにダイニングテーブルについて、黙ってその話を聞く。


「現実離れした話かもしれないけど、それこそアスタリスクだって現実離れしてるのに実在するからな」


 つまりアスターとスペースにも、その競走馬たちと似たようなことが発生しているのではないか、と言いたいのだろう。


「……なぁ、祐護さん。アスターはずっとここにいても良いんじゃないかな?」


 ツカサの目は玄関で座り込んだときと同じように濁り始めていた。


(ツカサの言いたいことはわかる。けれど、まだ死んだと断言できる情報はない)


 それに、あんなにもスペースを探し求めているアスターを止めることは、俺にはできそうもなかった。


(アスターはスペースともう会えないかもしれない絶望と、スペースとまた会えるかもしれない希望を、両方しっかり抱えている)


 それが羨ましくて、眩しくて。


「俺は、元の場所でスペースを探した方がいいと思う」


 彼の希望を優先すべきだと思った。


(自分はあの人を探そうとしなかったくせに、アスターの希望に賭けてみたいと思っている)


 俺が探したら、あの人は喜んでくれただろうか。俺と再会したら、あの人は笑いかけてくれるだろうか。気づいてくれるだろうか。


 アスターに希望を託すのは代償行動なのかもしれない。だとしてもそれは悪いことではないし、彼の希望を奪う必要だってないと思う。


 俺をじっと見ていたツカサが、俄に席を立った。


「ご飯は?」


「ちょっと今、食欲ない」


 すでに廊下側のドアノブに手をかけている。

 

「……そう」

 

 覇気がないのに拒絶を含んだ声に、止めることがためらわれた。

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