笑顔を見せて

 俺は力なく座り込んだツカサの前で膝をついた。


「祐護さんがいない間に、アスターとキャロルスペースがどんな関係だったのかとか、聞いといたんだよ」


 先ほどまでの笑顔とは違い、ツカサの表情は憔悴しきっているように見える。


「アスターとスペースは馬主が一緒で、同じ厩舎に預けられていたらしい。父親も同じだけど、競走馬の場合は母親が同じじゃないと兄弟とは見なされない」


 か細い声でポツポツとツカサが情報を口にする。


「俺にとってそこは特に重要じゃない。二人がやってきたことの方が、よっぽど……」


 俺は聞き漏らさないように、相づちすら打たずにまっすぐツカサの目をみつめた。


「アスターとスペースは併走って訓練で、常にいっしょに走ってたとか、同じ飼葉を二人で分け合ったとか」


 ツカサの瞳は目の前の俺を見ていない。


 どこか遠くの、得体の知れない不幸を幻視しているような、濁った瞳になっていた。


「部屋が隣とか、ずっと一緒にいたいとか」


 それなのに、その言葉は確かに俺に向けられている。


「そんな相手が、二ヶ月くらい前から急に、隣の部屋にも訓練にも現れなくなったって……」


 ツカサの瞳が潤んで、ようやく俺をみつけた。


「……他人事だと思えない、よ」


 切なさの籠もった泣きそうな笑顔だった。


「俺はどこにも行かないよ」


 俺の言葉にツカサは余計に瞳を潤ませ、俺の右手首を両手で触る。


「祐護さん、なでて」


 掴むというほど力が入っていない、弱々しいアプローチだった。


 切実な願いを受け取って、ツカサの頭に手を置いた。


 俺の手のひらがツカサの髪を撫でる度に、ツカサの笑みに純粋な喜びが混じっていく。


 俺の心にもほのかな温かさが生まれる。


 やがてツカサの涙が乾き、澄んだ瑠璃色を取り戻して、本当の笑顔になった。


「ありがと。もっと好きになった」


 俺は誰がとも何がとも聞かず、そのまっすぐな好意を受け止めた。

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