再び、その道へ

 地下の黒板に書いたとおりにキッチンテーブル上に現れたバナナ一房を目線の高さまで持ち上げる。


(ここに来た馬はアスターが初めてだけど、今はそれを言い聞かせるより、好きにやらせた方が良さそうだ)


 というか俺やツカサでは文字通り、馬力を持つアスターを止められそうにないというか。


(アスター、絶望しているようには全然見えないよな)


 ごくまれにテンションの高い人間がやってくることはある。しかし、そういう人間は決まって、疲れて一時的に壊れてしまっただけだった。


 ここで何日か休んだら、冷静になって己の言動を反省しながら帰っていく。


(スペースを探すアスターはものすごく力強い。疲れて壊れた、なんて風には見えない)


 ではなぜ彼はアスタリスクへやってきたのか。


(それを聞き出せるのは、俺じゃなくてツカサなのかもしれない)


 胃が張るような感覚は強まるが、無視して森に向かう。


 俺に今できることはそれだけなのだから。

 



 玄関を出てすぐに見える、大きなムクロジの木の下。


 寝転ぶアスターの首に抱きつきながら優しい手つきで撫でるツカサの笑顔には、多幸感すら宿っていた。


「ツカサのなでなで気持ちいい!もっとやって!」


「こうか?こうか?」


「きゃは~!ツカサ!あとで兄ちゃんのこともなでなでしてくれよな!」


「いいぜ!二人まとめて撫でてやるよ!」


 別に俺はツカサに撫でられたいわけじゃない、それでも、なんというか、その。


 言葉にしがたい焦りがなぜかわいて、やや早足でツカサとアスターに近づいた。


「お取り込み中のところ申し訳ないけど。アスター、バナナ持ってきたから。はい」


 アスターの斜め前でかがんで、バナナの房を口の前に差し出す。


「ありがと!」


 バナナを目にしたアスターの尻尾が高く持ち上がった。


「よーし!兄ちゃん!待ってろよ~!」


 アスターがバナナの房を口にくわえる。


 俺とツカサはアスターが立ち上がる前に早歩きで玄関に避難する。すでに慣れた俺たちは、アスターが駆け出す前に『閉じろ』を完遂できた。


 玄関ドアが閉じきった瞬間、ツカサは全身の力が抜けたみたいに、砂っぽい玄関の床に座り込んでしまった。

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