馬への小さな嫉妬心
ツカサの講義を聴いている内に、アスタリスクの玄関前に到着した。
玄関ドアに下げられた「Asterisk」プレートが、暖かな昼の風を受けている。もちろん、景色は夜なのだが。
俺とツカサは二手に分かれて、それぞれが担当するドアノブを力一杯引っ張った。
体格差により、俺の側が早く開き、そこから馬が轟音と共に飛び出す。
「スペース兄ちゃん、そっち!?」
プレートが大きく揺れる。俺は驚いて叫びそうになったが、ツカサの講義を思い出してなんとか持ちこたえた。
馬は草の生えた地面を蹴り上げ、疾風を纏ってムクロジの森へと駆けていく。
馬の尻はわずか数秒で、自ら起こした土煙の遙か向こうへと消えていった。
「けほっ!……けほっ!」
ツカサは砂を吸ってしまったようで、ドアノブから手を離し、口に当てた。
俺は目を細めて腕で口を塞いで、足下を注視しながらツカサに歩み寄る。馬の走った跡はでこぼこにえぐれていた。
空いた手で目を閉じたツカサの肩を抱き、双方の足下に気を配りながら玄関へ導く。
「『閉じろ』」
開いてた玄関ドアは緑の光を発し、未だ砂埃の舞う外への道を閉ざした。
それと同時に腕の中のツカサは目を大きく見開いた。
「馬!っけほ!実物、はじめて見たんだけど!こほっ、こほっ!めっちゃ、かっこいい!ふぅ……、けほっ!乗ってみたい!」
胸の前で両手をぐっと握る。ツカサの瞳が緑の光に彩られてキラキラ輝いている。
(噎せながらでも、助けた俺より馬の話するんだ……)
黙ってツカサの手を引き、口内をゆすがせるために脱衣所へ向かう。
俺自身も顔を洗いたい、むしろ全身にシャワーを浴びたい。気分が変だ。
苛立ちはしないが面白くはない。
けれど考える。
(ツカサは動物全般が好きみたいだし、動物園に連れて行ったらもっと喜ぶんだろうな……)
元いた世界の施設を、ツカサと二人で歩く夢想をする。
動物園の景色はひどく曖昧だ。動物が檻に閉じ込められていたのはかろうじて思い出せる程度で。
けれど、隣で檻の中を覗くツカサの横顔は、その笑顔だけは、呆れるほど鮮明に想像できた。
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