見藤祐護の動揺と平穏

 俺は自分の耳目を疑った。


「スペース兄ちゃんは!?スペース兄ちゃんどこ!?」


 十二畳ほどの広さしかない玄関を、体長二・五メートルほどの、青鹿毛の馬がぐるぐると旋回している。


 しかもその馬が、人間の俺にも理解できる言葉をしゃべっている。


「ど!どういうこ……うぐっ」


「祐護さん、大きな声でしゃべったら馬が驚いて暴れるかもしれない」


 俺の口に手のひらを押しつけたツカサが、囁くようにしゃべる。


「『開け』も使っちゃダメ、急に光るのも馬が驚く要因になる。アスタリスクここに来るときの赤い光で暴れなかったのは運が良かっただけだと思って」


 唇からツカサの手が離れて、今度はその手で手首を捕まれた。


「部屋の窓から外に出て、森の側から手動で玄関ドアを開こうぜ」


 俺の手首を優しく引くツカサの手が汗ばんでいる。


 俺はむずがゆく思いながら、書斎に引っ込み、後ろ手で玄関側のドアを閉めた。

 



 ツカサの部屋の窓の下に椅子を置き、下枠に足をかけ、アスタリスクの裏庭へ飛び降りた。二メートルほどの高さがあったが、危なげなく着地し、ツカサを振り返る。


 下枠の上でしゃがんで両足を揃えたツカサは、地面を向いたまま固まっていた。俺が両手を差し出すと、ツカサは眉根を寄せながら縦枠とクレセント付近を掴んで上体を前に倒す。


 俺がツカサの両脇を支えるように掴むと、ツカサは両手を放し、俺に体重を預けた。


「子供にするみたいな扱いやめろよ」


「ツカサはまだ子供だからいいんだよ」


「手だけ貸してくれれば良かったんだよ」


「手は貸してるだろ?」


「そうじゃなくて!」


 俺に抱きかかえられてむっとするツカサを地面におろす。


「見とけ!あと二年と一日経てばもっと身長も伸びて、子供扱いできなくなるんだからな!」


 俺の両手から解放されたツカサが、玄関側へと歩を進める。


「いいか祐護さん、もう一度忠告しとく。馬に大声や大きな音や強い光は絶対にダメ」


 後ろを歩く俺を振り返って、はつらつとした笑顔で忠告を続ける。


「後ろから近づくのも驚くから絶対にダメ。馬を安心させるように穏やかに、な!」


 足取りも声も弾んで、馬に会うことへの期待が全身から溢れている。


(ツカサの誕生日プレゼントは何がいいかって考えてたけど、馬をあげたら喜ぶんじゃないかな、これは)


 冗談半分でそんなことを考える。


(生き物を飼うのは大変だって『あの人』も力説してたなぁ……)


 俺はツカサに渡すプレゼントに思いをはせながら、その軽い足取りを追いかけた。

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