ただ生きる

 庭に出したモノを片付け、ツカサとの夕食を済ませた。


 風呂もすぐに終えた俺は、ドライヤーを持ってツカサの寝室を訪ねた。


「ツカサ、風呂」


 ソファに座るツカサの左手はテーブル上の日記に添えられ、右手にはシャープペンシルが握られている。


「一緒に入るのか?」


 キラキラとした笑顔でとんちんかんなことを言うツカサにため息をつく。


「何でわざわざ入り直さないといけないんだよ」


 ツカサがここに来たばかりの頃は毎日のように一緒に入っていたが、ツカサももう十五歳だし、俺にいたっては二十二歳だ。


 もう、一緒に風呂に入るのがただ楽しい年齢ではない。


 頬を膨らませたツカサが立ち上がり、手の甲で俺の胸をノックした。


「……少しくらい乗ってくれてもいいだろ」


 ぷいっとそっぽを向いたかと思うと、俺の横を通り抜け、廊下からダイニングキッチンへ向かう足音を響かせた。


 取り残された俺はベッドサイドの椅子に腰を下ろした。


 指で髪をすきながらドライヤーを当てていく。


(帰れなかったら勝利もここに住むんだろうか)


 電気や水道も通っている。物質の不自由はほとんどない。


 金銭もなく、定職に就く必要もない。


(ただ生きることができる、そんな空間に)


 このとき俺は、ドライヤーを持つ手を動かすことを忘れていた。


「あぁっつ!!」


 頭頂部が熱い!


 頭が冷めるのを待ってから、思考をやめて髪を一気に乾かす。


(もう二階に行って寝てもいいけど、一応ツカサとの約束をまだ果たしてないし)


 ぐるりと部屋を見回すと、部屋の隅に陣取る巨大なアジアゾウぬいぐるみと嫌でも目が合った。


(高さ二メートル。デフォルメされてるのにすごい威圧感だな)


 これは去年の六月六日、十五歳の誕生日にツカサがねだったモノだ。


 部屋に現れたアジアゾウぬいぐるみの鼻に勢いよく抱きつくツカサが微笑ましかった。


(勝利が帰らないようなら明日はゾウ関連の本でも読むかな。でも星座の本が途中だったよな……)


 ガチャッ!


 ドアが急に開いて、肩がはねた。


「祐護さん!もう上がったんで!髪乾かしたら頭撫でてくれよ!」


 ツカサが部屋に飛び込んできて、ベッドの上に置いたドライヤーを拾い上げた。


 俺は椅子を立ってそこにツカサを招く。


「おまけする。ツカサの髪は俺が乾かすよ」


 今日はツカサを不機嫌にさせることが多かったから、そのくらいはする。


「祐護さん大好きっ」


 大げさなことを言うツカサにむず痒くなりながら、俺はドライヤーの電源を入れた。

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