08話.[いまはとにかく]

「おめでとうございます」

「なんで敬語なんだ?」


 独占するつもりはなかったのに何故かふたりきりになってしまっていた。

 睦も一緒にいたいと思っているはずなのになんでこうしてしまうのか。

 あと、私もそのまま過ごそうとしてしまうところが卑怯で。


「それではこれをどうぞ」

「はははっ、物ではなく肉になったのかっ」


 母も妹も外出中だからその間に豪快に焼かせてもらった。

 私だってね、お肉を焼くぐらいならできるんですよ。

 タレを購入してきていればある程度自由に楽しめるからお肉とかはいいね。


「うん、一緒にいる時間を減らさないためにはこれが一番かなって」

「ありがたいよ、正直小物とかを贈られても気恥ずかしいからな」


 ちょっと高いお肉を買ったのは内緒だ。

 で、高いお肉だから私の能力でも大して悪くはない結果となった。

 見られていても食べづらいだろうからソファに座ってゆっくりとする。


「ごめん、ケーキもあるんだけど小さいんだ」

「気にするなよ」


 よかった点は休日だったということだ。

 放課後にお肉を焼いて提供するのは現実的ではないし、後で母と妹になにを言われるかが分からないから本当に。

 あと、ゆっくり過ごすことができるのも大きい。


「美味いな、でかいのに柔らかくて食べやすいし」

「よかった」

「何円したんだ?」

「七百円ぐらいかな」


 実際はその二倍ぐらいだけど細かいことはどうでもいい。

 誰かの誕生日のときぐらいけちけちしていては駄目なんだ。

 相手が馨だということなら、普段お世話になっているのもあって頑張らなければならない。

 彼女の言葉を真に受けて物探しはあっという間にやめてしまった自分ではあるけど、気持ちだけはそれと同じぐらい込めているから怒らないでほしかった。


「光、ちょっと来い」

「うん」


 近づいてみたら口を開けろと言われたからああと察した。

 確かに涎が出そうになるぐらい美味しそうだったからちょっと味わえるということなら、


「あーん……なんてな」

「え」


 あともう少しで柔らかくジューシーなお肉を食べられる、というところだった。

 が、意地悪な彼女が食べてしまってそれを口にすることはできずに終わる。


「ま、待て待て、そんな顔をするな! ほらっ」

「あむ――……最初からくれてればよかったのに」

「悪かった」

「あ、いや、……私こそ狙うようなことをしてごめん」


 きっと顔に出過ぎていたんだろうなあと。

 これまで頑張って抑えてきたものが簡単に出るようになってしまっていた。

 それだけは悪い変化だと言える。


「美味かった、けど、なんか動く気がなくなったぞ……」

「それならほら、ソファで休んで」

「いや、光の部屋に行きたい」


 特になにがあるというわけではないけど、こういうときのために掃除していたから無問題。

 カーペットが敷いてあるから床に寝転ぶこともできるし、今日はただただゆっくり自由に過ごしてもらうことにしよう。


「お、なんか綺麗だな」

「うん、あんまり物とかも買ったりしないからさ」


 ここでは課題と寝ることができれば十分だった。

 誰かがこうして来ることもなかったからそれだけでね。

 でも、いまとなってはもう少しぐらいなにかがあってもいいかもしれないという気持ちになってくる。


「はぁ~、やっぱり誰かが来るかもしれないリビングよりも部屋の方がいいな」

「すぐに転んだら牛さんになっちゃうよ?」


 って、スルーして私の枕を頭の下に敷いて寝ようとしている……。

 ゆっくりしてほしいからそれでもいいんだけど、なんかちょっと恥ずかしかった。

 枕カバーとかは洗濯機に突っ込んでおけば母が洗ってくれるんだけどさ……。


「あ、なにか掛けてあげないと」


 これもまた才能で寝るまでが物凄く早かった。

 私は布団を掛けてから横に座って彼女を見つめる。

 ……寝ているときは表情も柔らかくて可愛い。

 こうしてじろじろ見てみると頬だって柔らかそうだし……。


「……見過ぎだ」

「わぷ」


 彼女は私を抱いたまま寝ようとしている。

 相手は同性なのに何故だか心臓が大暴れしていて落ち着かない。

 多分、このままでいたら心臓が疲れてしまう。

 とはいえ、寝ているのに動いてしまったら起こしてしまうからできなかった。

 それにほら、誕生日なんだから自由にさせてあげないといけないしね。


「……我慢しているとかそういうことはないからな?」

「え?」


 起きていたのかと困惑している自分と、いきなりすぎて理解できないでいる自分と。

 そうしたらこっちの頭を撫でつつ「睦のことだよ」と教えてくれた。


「あ、でも、本当なら一緒にいたいでしょ?」

「そりゃまあ友達だからな。でも、光とだってそれは変わらないんだ」


 一緒にいた期間が短すぎるのに同じような扱いをしてもらえるのは普通に嬉しい。


「あたし達はサボり仲間だったからな、これが睦とは違う点だ」

「もうサボるのはやめたのにいてくれているのはなんで?」

「なんでだろうな」


 えぇ、そこははっきり私といたいからとか言ってほしかったけど……。

 まあでも、睦や雅美ちゃんと比べて魅力がないから仕方がないと片付けられてしまうか。

 家族からは嫌われるし、外の人からは好かれないってなんでこうなった。

 例え片方からはあれでも両方駄目なんて人は少ないと思う。


「昔の自分と似ていたからむかついたり心配になったのはあるな」


 うぅ、やっぱりそういう同情心からいてくれているだけなのか。

 確かに同じクラスにではなくてもこういう人がいたら私でも不安になる。

 前にも言っていたようになにができるというわけではないものの、傍から見る度にそわそわ落ち着かなくなっていたことだろう。


「……それなのにこんなことをしていていいの?」

「ん? ああ、嫌ならやめるけど」

「嫌じゃないよ。でもさ、本命が現れたときに後悔しないかなって……」


 彼女みたいなタイプは逆に傾きすぎてしまうから私からすれば現れない方がいい。

 相手をしてくれなくなったら嫌だし、きっと彼女との繋がりがなくなってしまったら睦や雅美ちゃんともいられなくなってしまうから。

 だけど単純に友達としては相手が同性だろうが異性だろうが彼女が一緒にいて安心できるような人が現れてくれればいいと思っている――って、矛盾しているかな?


「光を見ていると触れたくなるんだ」


 それはまたなんとも……物好きだなと。

 だってもう何回目だよという話になってしまうけど、家族からはあれだからだ。

 もちろん触れ合う機会なんてあるわけもない。

 私が例えば妹の頭を撫でようものなら発狂されて終わりだろう。


「なんかあれに似ているんだよな……、えーっと、あ、近所の公園にいた猫だ」


 猫の方が可愛いに決まっている。

 きっとそれはちょっとぶさいくさんだったんだ。

 あとは猫のくせに鈍くさかったりしたのかもしれない。

 何年生の彼女が見ていたのかは分からないけど、だからこそ印象に残っているのかもね。


「そいつはずっとひとりでいてさ、ちなみにあたしの方もそうで似た者同士だったんだ。でも、何回も通っていたら自分の方から近づいて来てくれてな」


 あ、確かに私達のそれに似ているかもしれない。

 最初は警戒して近づけなかったものの、時間を重ねたことで~みたいな。


「しかも小柄なやつだったから余計に光と被ってな」

「にゃ~」

「ははは、光の場合は高すぎるな」


 真似をする度に笑ってくれるから痛い人間になりきっていた。

 これでも感想は初めて誰かの誕生日を祝えたということで嬉しいということだけだった。




「気持ちいいわ」

「そっか」


 美少女一年生の肩を揉み揉みしていた。

 こういうときでもないと触れられないから実は役得だったりもする。

 ちなみに今回のこれは頼まれたからではなく私の意思でしているだけだけど。


「最近、佐久間先輩とはどうなの?」

「んー、仲良くできてるよ?」

「なにか他にないの?」

「え、特にはないかな……」


 これ以上を望むということはつまりそういう関係になることを望むというわけだ。

 私が仮にそういうつもりで求めるようになっても馨はひらひらひらりと躱すだけで延々と変わることはないと思う。


「よー」

「あ、こんにちは」

「なにをしていたんだ?」


 見ていたというわけではなかったみたいだ。

 彼女も隠すことではないから「肩を揉んでもらっていたんです」と答えていた。


「いた……な、なんで手をぎゅっと掴むの?」

「あっ、悪い……」

「いや、なんにもないならいいんだけど……」


 謝罪はしてくれたけどまだ離すつもりはないようだった。

 どうしたものかと考えていたら、


「光、気持ちよかったわ、ありがと」

「あ、うん」


 と、帰る気が満々の雅美ちゃんがそこに……。

 空気を読もうとしなくていいから! と言えばいいのに何故だか言えなかった。

 というか、いまの馨の行動ってもしかいて……。


「私はちょっと睦先輩に用を思い出したから帰るわね」

「分かった、気をつけてね」

「光もね、それでは失礼します」


 雅美ちゃんが睦といようとしたところを邪魔したことになるから責められるとすれば私だ。

 場所もわざわざ慣れない私の教室まで連れてきてしまったわけだし、単純に帰りたかっただけなのかもしれない。

 気をつけているつもりなのにすぐに調子に乗ってしまうところがあるのは駄目なところで。


「馨、あそこに行こ」

「あ……そうだな」


 風が気持ちいい場所だった。

 今日の天気は残念ながら曇りだったけど、それでも彼女がいてくれているというだけで暗い気持ちには絶対にならない。

 ちょっと前までならすぐにマイナス思考をしていたんだろうけどね。


「さっきのね、私が頼んでやらせてもらったんだ」

「なんで急に?」

「一度、美少女一年生に触れてみたかったんだよ」


 頻度はあまり高くないけど一緒にいてくれているときは優しいから好きなんだ。

 あと、色々なことに対して動じずに対応できるのは凄く格好いい。


「光が男だったらやばい奴になってたな」

「確かにっ、求められたりしない限りはもう触れたりしないけどね」


 残念ながら私達の間にはなにもないから私からされても気持ちが悪いだけだろう。

 あの子も睦のことを意識しているからこれからは邪魔をしないようにする。

 睦もまた、馨と雅美ちゃんのふたりを取られたくはないだろうから。

 なんて、別に馨はそういうつもりでいてくれているわけではないんだけどと、違う方を見ている彼女を見つつそう内で呟いた。


「雨、降るかな?」

「もう梅雨になるからな、ゼロではないだろ」

「降ったら濡れちゃうね。でも、それはそれで楽しいけど」


 濡れたところで風邪を引くような人間ではないから楽しめる。

 昔の私ならわざと水たまりに入って自らびしゃびしゃになっていた。

 それは単純にそんな無意味な行為が楽しかったのもあるし、昔から上手くいっていなかったからごちゃごちゃを吹き飛ばしたいからしていたのもあるし。

 でも、いまなら静かに横を通るぐらいでいいのかもしれない。

 大体、そんなことをしようものなら鬼母に怒られる。

 爆発どころでは済まなくなるから。


「ん? どうしたの?」

「……さっき、なんか勝手に動いてたんだ」


 勝手に動く、か。

 私はそういう経験がないからいまいち分からなかった。

 こちらの場合はしたくても直前になってごちゃごちゃ考えてできずに終える、ということばかりだったから。


「光が内海に触れているのを見たら嫌な気持ちになったんだよ」

「そうなんだ」

「ああ。で、光の手に触れたら吹き飛んだけどな」


 私達は一応、去年から一緒にいるわけだからあまりにも急に、ということではない。

 ただ、まさか彼女の方にそういう気持ちが出てくるとは思わなかった。

 ……私が一方的に懐いて、甘えて終わるだけだという風にしか……。


「私のことが好きなの?」


 この前驚かされた質問をお返しさせてもらった。

 聞いておいてなんだけど、彼女がどういう反応をするのかは分かっている。

 好きであれば真っ直ぐに好きだと言ってくることだろうとね。


「……知らない」

「あれっ?」


 ちょいちょい、なんだその可愛い反応はっ。

 普段は格好いいのにふたりきりでいるときは可愛いとか反則だっ。

 反則行為をしてきた相手には一切遠慮なんか必要ないため、横からがばっと抱きついておく。


「……なんか熱くないか?」

「……それは馨に触れてるからだよ」


 自分が一番分かっている。

 抱きついてからあ、と気づいたところでもう遅いんだ。

 離れるに離れられないからどうしようもない。

 心臓の音を聞かれなければ問題はな、


「すごい音だな」

「な、なにしてっ」


 い、はずだったんだけどな。

 私の胸なんて平らだからそんなことをしても得はないのに……。


「このままここでこんなことをしていてもあれだから飯でも食いに行くか」


 なんて、甘い雰囲気を壊すのが彼女らしかった。

 でも、可愛いところは見られたわけだから気にしないようにしよう。


「はは、馨らしいね」

「ああ、あたしはいつでもあたしのままだ」


 正直、飲食店に行けるのはいいことだから悪い気もしなかった。

 それになにより、彼女がこうして誘ってくれているんだから受け入れておけばいい。

 なにかが変わるというわけではなくても、幸せな気持ちには十分なれるから。


「あのね、さっきの馨、すっごく可愛かったよ」

「……笑ってるだろ?」

「笑ってないよ」


 見られてよかったとしか言いようがない。

 こういうときに揶揄するような人間ではないのだ。

 分からないということならこれから一緒にいることで分かってほしい。


「ふっ、まあ自分から抱きついておきながら心臓が大暴れの人間だからな」

「……それはしょうがないよ、だって相手は馨なんだもん」

「……へ、変な言い方をするな」


 怒られないようにこの話題はここで終わらせておいた。

 そういうのは部屋とかでふたりきりのときにすればいいから。

 いまはとにかく、彼女とどんな物を食べに行くか話し合うだけでよかった。

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