07話.[来ていないだけ]
「晴れてよかったね」
「ああ」
あの後ふたりで話し合って今回は隣の市まで来ていた。
理由は特にないけど、強いて挙げるとすれば家から遠いからかな。
さすがに他県にまで行けるような余裕がなかったから、とも言えてしまうけど。
「来たけど特にやりたいことってないな」
「確かに……」
駅の前でふたりして固まることになった。
これならあっちでゆっくりしていた方がよかったかな?
「とりあえず、店にでも入るか」
「うん」
店内はお洒落で物静かな感じだった。
彼女はともかくとして、私の方はいていいのかと不安な気持ちになってくる。
……これならやっぱり公園にいられた方がよかったよ……。
「オレンジジュースふたつお願いします」
「かしこまりました」
救いなのは今日も彼女が彼女らしくいてくれていることだ。
なにかを飲めればなんでもよかったからささっと頼んでくれたのもありがたい。
ただ、話すことさえしづらい場所だから大変落ち着かなかった。
とりあえずは運ばれてきたオレンジジュースを飲んで少しだけ落ち着かせる。
「落ち着け、なにかがあるわけじゃないだろ」
「……外に出たい」
「分かった」
お会計を済ませて外へ。
はぁ、せっかく一緒にいられているのにこれでは申し訳ない。
「やっぱり戻ろう」
「え、でも……」
「いや、ある程度の時間まで外にいられればいいわけだからな」
彼女はこっちの頭をいつものように撫でて「光がそんなんじゃ駄目なんだ」と。
結局なんと言おうとあっちの方がいいと考えてしまっているんだから意味がなかった。
なので、来たばっかりなのにすぐに戻ることになったという……。
「……ごめん、怒ってる……?」
「別に怒ってないぞ?」
基本的につまらなさそうな顔をしている子だから不安になってしまった。
こういう確認が相手を不快にさせることがあるから気をつけなければならない。
「やっぱりこっちの方が落ち着くな」
「うん」
そもそも電車に乗ったりすることがあまりないからそういう面での落ち着かなさもあった。
それでももう複雑な感じにはならないからほっとしている。
こっちであればいつも通りの私でいることができるから。
「ほら」
「ん? あ、持っておけばいいんだよね?」
「違う、やる」
「あ、ありがとう」
お金は後で渡せばいいと片付けて飲ませてもらうことにした。
いま買ったばかりだから冷たくて甘くて美味しい。
「一年生の頃からあたし達はあそこでいたよな」
「うん、毎時間というわけじゃなかったけど」
計算してサボるぐらいだったら普通に出席していた方が楽でよかった。
だというのに、賑やかな場所や静かな場所が嫌いという理由で続けていたんだ。
まあでも、大体はこうして後からじゃないと気づけないのが現実で。
だからこれから気をつけていけばいいと片付けている。
「前も聞いたけど、敬語じゃなくなったのも四月からだったよな、なにかあったのか?」
「あれはイラッとして敬語なんか必要ない! と判断しただけだよ」
「ははは、あのとき言っていた通りだったのか」
「馨はどうして急に優しくしてくれるようになったの?」
「敬語じゃなくなったからだ、あと、あたしに対してはあんまりびくびくしなくなっただろ?」
いきなり理由を聞いてきたりして驚いたな。
他人がどういう理由でそうしているのかなんて興味がないと思っていたから。
それこそ睦以外には心を開いていないと思っていた。
で、睦はなんだかんだ言いつつも毎回探しに来るからそういう気持ちがあるんじゃないかって考えが少しずつ強くなっていったことになる。
「光はこの短期間で変われたよな」
「うん、だけどそれは馨とかのおかげだよ?」
「そうか」
「うん、優しくしてくれたから」
自分ひとりだったらこうはなれていなかった。
周りから逃げて、家族からも逃げる毎日だった。
なんでもいいから学校が早く終わってほしいと願い続けて生きていたことだろう。
「馨も睦も雅美ちゃんもさ、私にとってはいてくれるだけで支えになるんだよ」
さすがに初めてとは言えないけど、やっぱり誰かがいてくれると安心できるんだ。
信用できる相手であればなおさらなこと。
だからどうすればこの関係を維持できるのかを毎日遅くまで考えているものの、残念ながら私の脳では答えを出すことができず……。
「でも、私だって関わってくれるみんなになにかしたいんだよ」
「別に毎日話すとかその程度でいいだろ?」
「支えられてはないよね?」
「そうか? 今日も変わらずに話しかけてくれる、一緒にいてくれるってだけで十分だろ? それこそ光はそういう風に相手がしてくれるから感謝しているんじゃないのか?」
「あ、あくまで私にとってはだから、馨達からすれば私がいたところでなんだって話だし……」
こういう弱気な発言はあまりしないようにしてきた。
なのに、同情してほしいわけではないから我慢し続けてきたのにこれだ。
幸い、よくも悪くもはっきり言ってくれる相手だからいいけど、仮に相手が睦や雅美ちゃんだったらそうはならないから気をつけなければならない。
というか、あのふたりの口から痛い言葉を吐かれるところを見たくないというか……。
「ごめん、面倒くさい絡み方をしちゃって」
「今日は謝ってばっかりだな」
「分からないんだよ。誰かと一ヶ月以上、一緒にいることなんてこれまでなかったから」
しかも休日に一緒に過ごすとか昔の私からしたらありえないことだから。
考えて発言をするけど、慣れないから余計なことまで言ってしまったりするんだ。
「でも、逃げずにこうして一緒にいてくれてるだろ?」
「うん、だって馨とはいたいから」
客観的に変な言い方をしてしまえば懐いてしまったようなものだ。
厳しいだけじゃないから、優しくしてくれることの方が多いから甘えたくなる。
ずっとこちらだけ小さな子どものような感じだった。
「つまり、好きなのか?」
「えっ!?」
「いやだって、あれだけ冷たい態度でいたのに光は毎回来ていただろ?」
な、なんでそういう思考になるのか。
校舎内だと見つかる可能性があるし、あそこだと安心できるから行っていただけなんだけど。
いやまあ、仲良くしたいのは確かだけど、……人として好きなのは確かだけど。
「違うのか?」
「あー! なるほど、うん、私も馨のこと好きだよ?」
「あたしも最近の光なら好きだぞ」
「ありがとう」
重いことでなければなんでも言うと決めているのだろう。
ふぅ、だけどちゃんと人としてとか付け加えた方がいいと思う。
それでもなければ勘違いしてしまう人も出てきてしまうから。
そういうのは最終的に自分を苦しめるだけだから気をつけなければならないのだ。
だって告白を振る側もそれはそれで辛いみたいなことを聞いたことがあるし……。
「膝貸してやるよ」
「お借りします」
角度が違うというだけで見慣れた場所だから特に変わらなかった。
だけど彼女の体温と柔らかさを感じているとなんか変な気持ちになり始める。
やらしいそれではないものの、なんかもっと味わっておきたいという……。
「柔らかいね」
「なるべく走ったりしているんだけどな……」
「いいよ、女の子はこれぐらいの方が」
「でも、あたしだぞ?」
「馨だからなんなの? 馨だって女の子じゃん」
正直、可愛いでも綺麗でもなく格好いいと思っているけど。
そういうのもあって、頭を撫でられたりする度にうぐっとなる。
嫌なんじゃなくて、その、もっと近くで顔を見たいというか……。
だってそのときは物凄く柔らかい表情を浮かべてくれているから。
「睦や内海を見ているとな……」
「馨でもその感想だったら私なんてダメダメだよ」
この話題は傷つくことにしかならないからやめておいた。
とにかく、いまは近くにいられているんだからそれに集中しておけばいい。
差を前にモヤモヤすることはあるけど、ずっと付き合っていくしかないんだからね。
「光ー」
「……それ、どうしたの?」
「なにが?」
彼女より身長が高い雅美ちゃんがずっと頭の上に手を置いていた。
それがもう彼女の当たり前だということならこれ以上は触れないけど……。
「そうそう、ちょっと話したいことがあるからファレミスにでも行こうよ」
「それなら馨も――」
「まあまあ! 馨とはいつも一緒にいるんだからふたりだけでいいでしょ?」
この後はいつも通り時間をつぶそうとしていたところだったから参加することにした。
ひとりの時間はもう退屈で寂しくて嫌だから変えていくんだ。
それに誘ってくれているわけなんだから利用しているとはならないからいいだろう。
「乾杯」
「うん」
正直、目の前の彼女より横に座っている雅美ちゃんの方が気になる。
なにかをしてしまったのだろうか? なにかをしてあげられないだろうか?
どうしてここまで来て無言なのか、それとも私だけにしか見えていないとか……。
「光、私のことは気にしなくていいわ」
「そ、そっか」
さて、話したいこととはなんだろう。
やっぱり馨のことが諦められない! というパターンもありえる。
それならそれで私は応援をするだけだ。
どうしても一緒にいられる時間は減るだろうからその際は雅美ちゃんに相手をしてもらおう。
「それでですね、実はもうちょっとしたら馨のお誕生日なんですよ」
「そうなの?」
「はい、六月六日があの子のお誕生日なんです」
よかった、今日明日という話ではなくて。
六月にはまだなっていないからゆっくり考えて準備ができる。
とはいえ、好みとか特に知っているわけではないんだよなあと。
でも、睦に聞いてしまうのはなんか違う気がするから頑張ろうと決めた。
「最近の光なら知りたいだろうなと思ってさー」
「うん、教えてくれてありがとう」
「というわけで、雅美ちゃんは返してね」
「あ、うん」
もうこのふたりはふたりでワンセットみたいになってしまっていた。
馨的には普通に寂しいことだと思うけどどうなんだろう。
なるほど、こういうときに一緒にいてあげれば多少はいいかも。
馨こそ実はひとりだと寂しいとかそのように考えていそうだし。
「あ、いてくれてよかった」
「わざわざ戻ってきたのか?」
「うん、ちょっと睦に誘われててね」
彼女の横に座って今日は彼女を見つめた。
携帯というアイテムを持っているわけだし、そろそろ交換してもいいと思う。
ただ、断られたときのことを考えて言葉が口から出てくれないという……。
変われたこともあれば変われていないこともあるとよく分かった一件だ。
「なんだ?」
「あ、携帯って持ってるよね?」
「まあな、それがどうした?」
「……連絡先とかさ」
「ああ、そういえばまだ交換してなかったな、交換するか」
ほっ、こうして彼女の方から言ってくれるのはありがたいな。
無事に手に入れられたし、これからは毎日夜にやり取りを、
「あ、送ってこられても毎回返すわけじゃないからな? そこは我慢してくれ」
「あ、はい……」
残念ながらできそうになかったけどいいんだ。
それを教えてもらえたら友達みたいなものだろうし。
「睦とどんな話をしたんだ?」
「実は誕生日のことを教えてもらってね」
サプライズでなにかをするわけではないから言ってしまうことにした。
ここで隠してしまったらなにか嫌なことになりそうだからというのもある。
「ああ、知りたかったのか?」
「それは……うん、だって友達の誕生日だし」
「ま、聞かれない限りは言えないことだからな」
確かにそれはそうだ、聞かれない限りは言うことができない。
自信がなければ不可能なことだった。
あと、仮に祝ってもらえなくても構わないぐらいのメンタルでいないと駄目だ。
「光はなにをくれるんだ?」
「私は馨の好みとか分からないけど、睦に聞くのは卑怯な気がするから頑張って探してみるよ」
「高い物とかは絶対に駄目だからな?」
「うん、分かってるよ」
こういうのは値段が全てではない。
仮に私なら百円ショップのアイテムでも誕生日に貰えれば十分喜べるぐらいで。
だけど渡す側となると変わってきてしまうと。
「睦もそうだけどさ、あたしはこうしてゆっくり付き合ってくれるだけでも十分だけどな」
「でも、どうせならなにか物を買って渡したくて」
「それを探すために動くことでこの時間が減るならいらないぞ」
「え、だけど……」
「いいんだよ、あたしがこれで十分って言っているんだから」
駄目だ、そういうことを言われてしまうとすぐに揺れてしまう。
物ではなく食べ物で済ませようと考えてしまう私がいる。
だって食べ物なら失敗するということもほとんどないから。
彼女であれば大きなお肉を買って焼いてあげれば……ということになってしまうから。
「それよりどこかに行ってたな?」
「あ、ファミレスにちょっと……」
炭酸のジュースが美味しかった。
実は最後に欲張って紅茶も飲んできたから色々とぽかぽかしている。
それはあまり飲めない飲み物を飲めたからというのもあるし、彼女がここに存在してくれていたからなのもあるし。
とにかく、最近はいい時間ばかりを過ごせているかなと内で呟く。
「あたしも誘えよ、なにかやましいことでもあるからできないのか?」
「多分、睦的には私が秘密裏に動くことを望んでいたんだと思う」
「なるほどな、だから裏で教えたということか」
でも、話し合ってどうこうというわけではないから怒られることはないだろう。
逆に睦がいなかったら延々と知らないままの可能性もあったからよかった。
「まあいい、隠されるのは嫌いだからな」
「隠し続けておくことは不可能だし、それで不仲になっても嫌だから吐かせてもらったんだ」
「ああ、これからもそうしてくれ」
……例え睦に嫌われてしまっても馨がいてくれればいいとか思ってしまった。
睦とも友達だからできるだけそんなことは考えないようにしたい。
気をつけたところで完全になくなるというわけではないものの、それでも多少は変わるだろうから意識して行動しようと決めたのだった。
「誕生日か」
特にこれといっていい日でもない。
誰かと集まるわけでもないし、豪華な料理を食べられるというわけでもないし。
あ、だからといってなんにも嬉しいことがないということでもなく、睦が毎年なにかしらの物をくれるのはよかったかなと。
でも、基本はそんな感じだからただの一日みたいにしか考えていなかったのだが……。
「馨さーん、なにひとりで呟いてるの?」
「いや、今年は光もいてくれるからさ」
「そうだね、これまでとは違うよね」
別に他者を遠ざけてきたわけではないものの、何故か睦だけだった。
まあそれはそれでよかったから別に寂しく感じたりはなかったことになる。
「あと、私の大好きな雅美ちゃんもいてくれます」
「迷惑をかけるなよ?」
「うんっ、その点は無問題だよ!」
光が変わったようにあたし達も変わっていくんだなとなんとなくそう思った。
とにかく内海大好き人間さんはどこかに行ってしまったから残っていると、
「あ、今日はまだここにいたんだ」
と、光がやって来てまずは挨拶。
「あれ、さっきまで睦の声が聞こえてたはずなんだけどな」
「出ていったぞ、内海が大好き人間だからな」
「あ、最近は露骨だよね。まあ……それは私があなたを独占しているからなんだけど」
「独占してるか? 昼とかしか会わないだろ」
あれは睦の意思で来ていないだけだ。
だってあたし達は同じクラスなんだから機会を作ろうと思えばいくらでもできる。
なのに来ていないんだからそれが答えだ。
元々、毎時間絶対に来るという人間でもなかったしな。
「ま、まあ、それはともかくとして、今日も一緒に過ごそう」
「それならなにか飲み物を買ってからにしよう」
「うん、私は甘いやつ~」
「ふっ」
「え?」
あのおどおどびくびく人間が同一人物なんだから笑えてくる話だ。
きっかけひとつで変われるということは自分の件で分かっていたが、他者がここまで変わると新鮮で面白い。
気分がよかったから自販機のある場所まで運んでいくことにした。
歩幅が小さいから遅いというのと、早くあの場所でゆっくりしたかったからだけどな。
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