06話.[逃げたくなった]
馨に色々聞いてから思ったことはやっぱり睦さんといたいんだ、ということ。
なので、たまには動いてあげようと今日はひとりでいた睦さんを連れてきた。
「あら、積極的になってくれたのかと思ったらこれは違うね?」
「うん、ふたりが仲良さそうに話しているところを見るのが好きだからさ」
ちなみに馨は壁に背を預けて座っていた。
その状態で器用に寝ているからいきなり話しかけたらびっくりしてしまうかもしれないということで声をかけられず……。
「六年生のときに知り合ったって聞いたよ」
「うん、そうなんだよ。運動会の係で一緒になってね、気づけばそのときだけじゃなくて放課後でも話すようになっていたんだ」
「ごめん、仲いいのかなんて聞いちゃって」
「ははは。私は基本こんな感じだからさ、馨もまた同じような感じでいてくれているから落ち着くんだよね。ほら、一緒にいすぎても相手のよくない部分が見えてきたりしちゃうからさ」
私だったら遠慮して遠慮して遠慮して、その結果として離れていたと思う。
絶妙なラインを見極めるというのは難しいんだ。
だからこそ、馨とか睦さんみたいにグイグイ引っ張ってくれる人が重要だった。
「可愛い寝顔」
「ねえ、睦さんは……聞いた?」
細かく言っているわけではないからなにかがあっても対応できる。
聞いているのであればそっちに合わせていけばいいしね。
正直、それを聞いてしまったからこそまた寝られない毎日が続いているけど。
それでも学校があるからって毎日頑張って三時間ぐらいは寝ている形になる。
「とっくの昔にね――あ、だからいさせようと私を連れて行ったんだ」
「うん、馨は言いづらいだけでいっぱい一緒にいたいと思うんだ」
いつもしてもらっているから今日は逆にしてみることにした。
これでも起きないから普通に不安になる。
もし悪い人が来たら自由にされてしまうわけなんだから……。
「当時みたいな弱々しさはなくなったからね」
「それは睦さんがいたからだと思う」
「うーん、ただ一緒にいただけだよ? まあ、力になれたということなら嬉しいけどさ」
いまは馨のためになんでもしたいという気持ちでいる。
残念な点はこうして連れてくるとかそういうことしかできないことだ。
私が直接なにかをしてあげられればいいんだけど、どう頑張ったところで逆に迷惑をかけるところしか想像できないんだ。
でも、これが馨のためになるのなら完全になにもできないわけではなくなるわけで。
「ん……」
「やっほ」
仲直りできていないことが影響して睡眠不足なのかもしれない。
「睦か……、ずっと光が独り言を吐いているのかと思っていたぞ」
「光はそんなことしないよ」
「内海はいいのか?」
「今日は光に誘拐されちゃったからね」
「はは、なにが誘拐だよ」
彼女は立ち上がるとんーと伸びをした。
そうしたらもういつも通りの彼女に戻ってしまった。
いやまあそれでいいんだけど、なんかさっきの感じは可愛かったからまた見たいなと。
「いたっ!? な、なんで私は叩かれてるの!?」
「余計なことをするな、睦といたいときは自分で動くから必要ない」
「でもほら、馨は素直になれないとき――痛い……」
「素直になれないのは光だろ」
え? 私はとにかく自分に素直に生きているんだけどな。
なによりも自分優先で傷つかないように行動している。
本当は○○がしたいのに勇気が出なくてできない、なんてことも少なかった。
多少マイナス思考をしていたときがあったからそれが影響しているのかもしれないけど。
「睦やあたしといたいくせにマイナス思考をして離れようとするからな」
「さ、最近はしてないよ?」
「嘘だな」
嘘じゃない、邪魔なら離れようとしているだけで。
空気が読めないような人間ではないのだ。
相手が睦さんに限らず、いい雰囲気だったら離れるつもりでいる。
人は基本的にそんな感じではないだろうか?
「睦、こいつは勘違いしてるから気をつけろ」
「勘違い?」
「睦があたしのことを好いてると思ってるんだよ」
「えー? 確かに馨のことは好きだけど……」
「だろ? なのにこいつはすぐに睦といさせようとするからな」
聞こえない聞こえない、そんなことは聞こえない。
だってよくあることだから、実際に経験したことがあるから。
ある特定の女の子と部活動が一緒だったから一緒にいたら怒られたから。
ちなみにそのときの感想は、本当に女の子が好きな女の子がいるんだ、だった。
「睦さん、隠しているだけならやめた方がいいですよ」
「ぷっ、あはは! 光のその顔面白すぎるよ!」
「そ、そうじゃなくてっ、後で気づいたときにはもう遅いんですよ!?」
「それって光が馨と仲良くするから?」
「は、え、あ、……仲良くしたいとは思っていますけど」
って、なんで敬語になっているんだろうか、解除解除。
もう友達なんだからこういう心配をしたって悪くはないだろう。
私は睦さん――睦のことを思って言っているんだから!
「睦! 素直になりなさい!」
「もう素直になっているからなー」
くそっ、こういうときに限ってお昼休みじゃないから終わろうとしてしまっている。
こうなれば戻るしかないというのが現実で。
お昼休みは絶対に付き合ってほしいと言ってから教室に戻った。
「光も変わったなー」
ちょっと前まではおどおどびくびくしていたのにね。
馨が変えたというわけではなく、あの子自身が成長したと見る方が正しいだろう。
でも、間違いなく私の斜め前の席で突っ伏して寝ている彼女も影響していると分かる。
「松崎、なにか言ったか?」
「すみませんでした」
最初はただのサボり仲間だったみたいだけど、最近は違うみたいだ。
ちなみに特別な気持ちとかがあるわけではないから普通に嬉しいことだった。
まず光みたいな子が堂々といられているのがいいことだし、彼女みたいな子が他の誰かといようとしていることがいいことだから。
別に他者と関わることを拒絶していたわけではないものの、自分から行こうとすることはあまりなかったから新鮮に思える。
正直に言ってしまうと、私はベタついた関係というのが嫌だったからありがたかった。
距離感が近すぎるとその前提がなくなったときに面倒くさいことになりそうだから。
当然みたいな思考をしてしまうその前に正す必要があったのだ。
「ふぁぁ……睦、あそこに行こうぜ」
「うん」
独占欲というのはない、ない……、ないけど、なんか寂しい気持ちが出てきてしまった。
私の数歩前を歩く彼女の背中に触れたら「なんだ?」と聞かれて。
「あの子もいたがっているし、自由にいてくれればいいんだけどさ、私の相手も……その、してほしいなって」
「してるだろ」
「で、ですよね~」
……こういうことになるから嫌だったんだ。
それこそ気づいたときにはもう遅い、というやつなのかもしれない。
断じてそういう気持ちはないけど、やっぱり友達といられないのは嫌だとはっきり思ってしまっている。
「すぴー……すぴー」
「なんて顔で寝てるんだ……」
呆れたような声音を出しつつもその顔は物凄く優しげだった。
というかいまお昼休みになったばかりなのにどんな才能なんだろう。
彼女は光の横に座って上の方を見ていた。
私もなんとなく彼女とは反対の方に座って真似してみる。
……実は光がここによくいることが分かっていたから最初はキャラを作っていたんだ。
だから多分、サボっている彼女を呼びに来ていたのもあって、しっかり者だとかそういう風に見えたと思う。
「すぴー――ぐえ!?」
ん? と見てみたら無理やり膝を使わせようとしているところだった。
誰だって寝ているときに頭を押さえつけられたら怖いよ馨……。
「使え」
「……それなら馨が使ってよ、最近は寝られていないみたいだし」
「そうか? なら使わせてもらうわ」
「いた!? な、なんでそんな強く……」
「……うるさい、寝るんだから静かにしてくれ」
……なんなんだこの気持ちは。
微笑ましいと思うそれと、ぐぬぬとちょっと納得がいかない気持ちと。
これまで一定以上は仲良くなれなくていいと考えていたのにこれではダメダメだ。
「光は知らないだろうけどね、馨はえっちなところにホクロがあるんだから!」
「なに言ってんだお前は……」
「わ、私の方が知っているんだからー!」
どうせ寝るだけだからと校舎内に戻ってきた。
「睦」
「おお、雅美ちゃん!」
丁度いい、この複雑さは今後邪魔になるだけだから吹き飛ばしてしまおう。
「きゃ!? な、なによいきなり……」
「ぐへへ、なんか抱きしめたくなったんだよ」
「こ、ここではやめて……」
「あ、すみません」
罪悪感がやばくなったから空き教室に彼女を連れ込む。
椅子に座らせて、私もまた横の椅子に座った。
天気がいいことだけがいまは救いかもしれない。
「なにかあったの? なんか寂しそうな顔をしてるけど」
「うん、友達を友達に取られちゃってさー」
「光に佐久間先輩を取られてしまったのね」
「……うん、だけど馨も嬉しそうだから嫌じゃないんだ」
複雑な気持ちより嬉しいという気持ちの方が大きかった。
あのふたりはお互いに力になってあげられるような存在だ。
馨に限って言えば、いつもむかつくとか言っていたのに結局これだから笑えるぐらい。
あれだよね、興味があるからこそびくびくされててむかついたってことだよね。
「だから雅美ちゃんが相手をしておくれよー」
「私でよければ」
「ありがとー」
別にいられなくなるわけじゃないから気にしなくいい。
そもそも、私は光とも仲良くしたいから馨に嫉妬している面もあるんだ。
なんか知らないけどすごく懐いているから。
馨、雅美ちゃん、私、光と四人集まれば光が一番小さいからそういう可愛さもあった。
「大丈夫よ」
「なにが?」
「佐久間先輩も光もちゃんと相手をしてくれるわ」
「はは、そうだね」
そう信じて行動するしかない。
だからいつも通りポジティブにいようと決めたのだった。
「大丈夫かな……」
あれは明らかに嫉妬していたと思う。
睦はきっと馨を取られたくないんだ。
それなのにこのまま仲良くしていいのか、という疑問が……。
「あ、丸山さ――」
「きゃ!」
うん、止まってから考え事をしようと決めた。
とりあえず野田君には謝罪をして立ち上がる。
「僕こそごめん、大丈夫だった?」
「うん」
確かめてみたものの、どこかを怪我しているとかそういうこともなく至って普通だった。
なんか用があったのかと聞いてみたら「ちょっと相談したいことがあってね」と。
そういえば放課後に過ごすというあれはもういいのだろうか?
「あのさ、自分にご褒美を買い与える場合、残る物か食べ物だったらどっちにする?」
「私だったら食べ物かな、物が増えると怒られるから」
「あー、そういう意見もあるか」
たまに貯めに貯めたお金を使ってゲーム機でも買ってやろうと考える自分がいるけど、お小遣い=全部使えるというわけじゃないからやめているという流れだった。
お昼ご飯を一切食べないのであれば別にそれでもいいんだけどね。
残念ながら選びきれないでいるというのが正直なところかなと。
「なにかいいことでもあったの?」
「今回はテスト勉強をいつもよりも頑張ったからさ」
「なるほど、たまにはいいよね」
「うん。でも、甘い物でもいいかなあ」
シュークリームを食べたい気分だった。
テストは無事に終わったから実は買おうとしてが我慢していたんだけど、いまので残念ながら再発してしまったことになる。
こうなったら責任を取ってもらうしかないな。
「放課後、一緒にシュークリームを買って食べよう」
「え? あ、丸山さんも自分にご褒美?」
「うん、今回も頑張れたから」
というわけで放課後は強制的に付き合わせた。
「あたしはエクレア派だな」
「エクレアも美味しいよね」
そうしたら馨も来てくれたから嬉しかった。
あれからは私が無理やり付き合ってもらっているという形ではなく、彼女の方から来てくれている気がするから。
「野田、やるときはぱーっとやれよ?」
「確かにそうだね、変に我慢すると後で買っておけばよかった~ってなりそうだから」
「ああ、で、また頑張ればいいんだよ」
私も頑張らなければならない。
とりあえず七月までテストほど大事な行事もないから一生懸命に動くべきだ。
馨がもっと来てくれるようななにかを得られればいいんだけど……。
あと、もうすっかり贅沢思考になっているから睦や雅美ちゃんにも来てほしいんだ。
「よし、これだけ買うよ」
「ぱーっとやれとは言ったけど後悔しても知らないぞ」
「大丈夫、食べきれなかったらお母さんやお父さんにあげるから」
仲が良さそうで羨ましい。
妹は悪口こそ言ってこなくなったものの、私が逃げているからなにも変わっていない。
その点は母も同じでほとんど会話をしていなかった。
言う機会がなくてストレスとか溜めていないかな?
でも、子どもでそういうのを発散させるのはやめてほしいなあ。
お会計を済ませたからには長居する必要もないから退店し、また公園に来ていた。
「うぅ……」
「甘い物縛りじゃなければいけなかったのか?」
「あ、そういえばそうだ……」
「バランスよく買えよ……」
……ひとつだけにしておいてよかったー!
そう、購入する前はたくさん食べたいと欲張ってしまうけど、実際のところ彼のこの反応がリアルなんだ。
たまに食べるから美味しいのであって、短期間に突っ込もうとしてしまうと駄目になる。
ごめんよ野田君、私は君のおかげでまたひとつ学べたよ。
「光はクリームがついてる、子どもか」
「うぅ」
そ、それだけ中までたっぷりだということだ。
つまり買って損はしない食べ物だということになる。
だからいいんだ、いい個体を選べたんだ。
で、結局野田君は購入したほとんどの物をご家族にあげるみたいだった。
向こうへと歩いていく背中はいつもより弱そうに見えた……。
「光、今度どこかに出かけよう」
「どこに行きたいの?」
「そうだな……、家から離れることができればどこでもいいぞ」
「奇遇だね、私もそうなんだよ」
やっぱりなるべく顔を合わせないことがいいと思うんだ。
なんにも進展はしないけど、それでも悪く言われたい人間なんていないから。
「あ、じゃあ馨が住んでいたところに行ってみない?」
「は? そんなことをしてもメリットないだろ……」
「そうかもしれないけどさ、家から離れられればいいんでしょ?」
ひとつだけ簡単に言うと、旅行とか一切しないから他県に行ってみたかったんだ。
その際にひとりだとドキドキしてしまうから馨も巻き込んでしまおうと考えたことになる。
もちろん、無理だということなら近場のどこかでゆっくり過ごしてもいい。
「……あっちに戻ったりしたら昔を思い出すから嫌だ」
「そっか、それなら近いところで過ごそう」
正直、誰かがいてくれればあの公園で十分だった。
この前みたいになにかを買って、飲み物まで用意すれば十分幸せな時間を過ごせる。
……駄目だな、それなのについ贅沢な思考をしてしまうんだ。
「そういえばあたしが半袖を嫌っている理由、言っていなかったな」
「無理して言わなくていいよ」
「いや、もう終わったことだからな」
彼女は袖を捲くってなんで嫌がっているのかを見せてくれた。
……見ただけで逃げたくなったぐらいだ。
「……誰かにやられたの?」
「それもあるし、あたし自身がやったやつもあるぞ」
いやもうこれは予想外だった。
そういう話は聞いたことあるけど、実際にそういうことをしている子を初めて見た。
触れてみたら他の部分はつるつるさらさらなのにその部分だけ違くて……。
「むかついたからやつらの目の前で切ってやったんだ、そうしたらなんか拍子抜けするぐらいあっさりと収まってさ」
「……駄目だよ」
「あたしにはそれぐらいしか思い浮かばなかったんだ」
なんだそれ、って、なったところでなにも意味がないんだなと。
一緒にいられたわけでも、仮にそうであってもなにかができたわけではなかったから。
しないでとも偉そうに言えなかったから傷跡に触れ続けることしかできなかった。
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