03話.[それがあるから]
今日は珍しく教室に居座っていた。
それでときどき、隣の野田君と会話をしたりしながら過ごした。
あそこには行けないから仕方がない。
あと、サボらないようになってからわざわざ移動するのが面倒くさいと感じるようになってしまったのもある。
「今日は佐久間さんに会いに行かなくてもいいの?」
「これからは教室で頑張ってみようと思って」
それにどうせ佐久間さんにはあの子がいるんだから。
多分、空気を読まずに一緒にいると敵視されかねない。
よくあるんだ、裏では怖い顔をするような展開がね。
ソースは中学生のときの同級生。
優しくしてくれる子がいたから信用して行動していたら邪魔だとか言われてしまった。
もちろんそんなことを言われて続けることなんてできない自分なので、結局、すぐにひとりぼっちに戻ったことになる。
ちなみに、その子も実は――まあどうでもいいことかと片付けた。
「それなら少し歩かない?」
「分かりました」
時間はあるから構わなかった。
そもそもこれまでサボりがちだった人間になにかがあるわけがないし。
野田君はたまに積極的すぎることもあるものの、基本的にはいい人だから気に入っている。
「もう五月になるね」
「早いですよね」
去年のこの頃は当然ひとりだった。
GWもひとり、梅雨の間もひとり、夏及び夏休みもひとりだったことになる。
それでもひとりが当たり前だったから特に不満もなかった――という風に装っていた。
何度、誰かと一緒にいられている人を羨ましいと感じたことか……。
そういうのもあって、今年は少しぐらい変化があってくれればいいな、と。
「GWは毎年家族で出かけるんだ、丸山さんはそういうのってある?」
「私の家はGW、夏休み、秋休み、冬休み全部、どこかに出かけるというのはないですね」
仮にそういう機会があったとしても空気が悪くなって出かけない方がよかったとなるのがオチだからいいんだ。
あと、親戚の家に行くとなったときも断って家にいたぐらいの
だってトイレが怖かったし、話すことが大好きな人ばかりだから嫌だったんだ。
しっかり相手をしないと自分の母親に怒られるし、妹には冷たい態度を取られるから損ばかりで得がなかったから。
だからこれからも行かないつもりでいる。
ま、もう二度と誘われないかもしれないけどね。
「もしかしてなんだけどさ、そういう休みの間全部、公園とか外で過ごすの?」
確かにそうだけど認めると面倒くさいことになるから違うと答えておいた。
私だって夏は涼しい場所で過ごすし、冬は暖かいところで過ごす。
帰る時間は変わらないからなんとも言えないところかな。
彼は少しだけほっとしたような顔で「そ、そうだよね」と。
「野田君って昔からそうなんですか?」
「えっ?」
「あ、そうやってみんなに優しくできるのかなと」
「ああ! うん、一応そういう意識で行動しているつもりだけど」
すごいな、私だったら動いたら逆効果になるんじゃないかと考えて駄目になるのに。
この前のあれだって選択を間違えたら終わっていた可能性があった。
そもそもの話として、話しかけられたからって小学生の子と行動したのも問題だ。
なにも事情を知らない人間からしたら怪しく見えたかもしれないから。
「丸山さんみたいな子には特に声をかけているかな」
「すみません」
「い、いやいや、それこそ嫌なら嫌って言ってね? たまに暴走しちゃうときがあるからさ」
「大丈夫ですよ、あなたはずっとそのままでいてください」
言わないけどひとつ偉そうに言うとすれば、女の子相手のときはもう少し気をつけて行動するべきだということだ。
いきなり触れたりしたらセクハラ認定されるかもしれないし、自分らしく動いているつもりでも女の子をその気にさせてしまうかもしれない。
誰だって自分のために一生懸命動いている人を気にすると思うから。
しかも名前を呼んできたりしたら、……私だったらあっという間に惚れかねない。
「丸山さんは少し変わったね」
「嫌な気持ちになったらすみませんが、それは知らなかっただけだと思います」
結局すぐに極端な思考をし、行動してしまうからなにも変わっていないんだ。
それで何回もチャンスを潰してきたというのに、私という人間はダメダメだった。
少し頑張るだけでこれまでの自分が歩んできた道とは変わっていくのに、変わることを恐れて動けない哀れな人間がここにいる。
「すみません」
「いや……」
いちいち可愛げがない人間で、とかは言ったりしない。
構ってほしくてこういう風に行動しているわけではないから。
そろそろ予鈴が鳴る頃だからふたりで教室に戻った。
こういうときに敢えて別行動をするとかそういうこともしないのがいいところだと思う。
「野田さん」
「あ、なに?」
「いつもありがとうございます」
「ううん、寧ろ丸山さんこそ付き合ってくれてありがとう」
たまにはと頑張ってにこりと笑ってみせた。
彼も笑ってくれたから少しだけ安心できたのだった。
「丸山」
「あっ、用事があるからまたあし――」
彼女は私の前に立って通せんぼをしてきた。
それだけではなく、こちらの腕をこの前みたいに掴んで逃げられないようにしてくる。
「なんであたしはこの前から避けられてるんだ?」
「さ、避けてないよ、避けていたら敬語とかになっているだろうからさ」
「でも、あそこには来なくなったよな」
それはあくまで教室に慣れる、という目標を達成できるよう頑張っているだけ。
少しぐらいは確かにあるけど、なにも彼女のことだけが全てではないんだ。
前にも言ったように、私と彼女の間にはなにもなかった。
たまたまサボる場所があそこで、たまたまサボった時間が合ったからというだけでしかない。
彼女はこちらの腕を掴むのをやめると、違う方を見てから「あそこに行こうぜ」と誘ってきたから言うことを聞いておくことにする。
ここで従っておくのは今後の自分のためにも効果的なんだ。
「で、なにがあったんだ?」
「い、言わなきゃ駄目?」
「別に駄目ってわけじゃないけど、特になにもしていないのに避けられるのが嫌なんだ」
……仕方がないから吐いてしまうことにした。
こ、これは仕方がない、何度も来られるぐらいなら吐いて終わってしまった方がいいから。
「ぷっ、ははは! なんだよその理由!」
「だ、だって、優しくしてくれた子相手にそんなことを考えちゃったんだよ!?」
「だからなんだよっ、あー腹いてえ!」
しかも弱っている相手に向かってそんなことを考えてしまったんだ。
元気な状態の人相手に考えるよりも余計に悪いというか、うん、最低だった。
「風邪を引いていないっていうのは事実だろ、丸山は一年から二年の現在まで風邪で休んだことはないんだから」
「な、なんで知っているの?」
「睦が教えてくれた、去年は一緒のクラスだったみたいだからな」
え、一緒のクラスだったんだ……。
とにかく自分のことで精一杯だったからなんにも分かっていなかった。
正直、なんににもならないから知る必要がないと考えていたところもあるけど。
「だからいいんだよ、あたしは一ヶ月に一回ぐらいは弱るときがあるから丸山は強いよ」
「ごめん……」
「だからいいんだってっ、次に謝ったらそのほっぺた引っ張るからな?」
この機会になんで最初は冷たかったのかを聞いてみた。
そうしたら慣れない相手だからというのと、私がナヨナヨウジウジしていたからむかついたからだと違う方を見つつ教えてくれた。
一応、彼女でも初対面の人間にはガンガンいけないらしいことを知る。
「ははは」
「は?」
「いや、佐久間さんって優しいんだなって」
簡単に言うとしたら不器用だけど面倒を見てくれるお姉さん、みたいな感じか。
私みたいな人間には彼女みたいな存在が必要だと言える。
グイグイ来てくれないと駄目なんだ。
考える暇もなくなるぐらい振り回してくれるぐらいじゃないとずっと変われないままで。
「ま、完全に冷たくなんてできないだろ、誰かと関わらないで生きていくなんて不可能だしな」
「最初は怖いのもあったし、正直、イラッとしたこともあるよ」
「そんなものだろ、心があるんだから仕方がないんだよ」
それがあるから、家族からも逃げる羽目になる。
それがあるから、寂しさとかを紛らわせるために徹夜をする羽目になる。
だからいいのかどうかは分からなかった。
恋をしている人やいまが凄く楽しい人ならあってくれなければ嫌だと言いそうだけど。
「でもな、あたしはその倍イラッとしたからな? なにもしていないのにビビりすぎなんだよ」
「し、仕方がないじゃん、またいるのかとか言ってくるしさ」
「サボった丸山が悪い」
「うっ、な、なにも言えなくなっちゃったじゃん!」
「はははっ、自業自得だっ」
彼女といるとよくも悪くも自分らしさというのを貫けない点は微妙だった。
「さ、佐久間さんこそ体育をサボるのはいけないでしょ」
「あたしは別に授業自体が嫌というわけじゃないんだ」
「じゃあどうして?」
聞いてからしまったと後悔した。
そういう話をしてくれるわけがないじゃないか。
卑下しているとかではなく、彼女は事実、教えてくれることはしなかった。
「とにかく、なにもしていないのに避けたりするな、いいな?」
「分かった」
「あと、昼休みぐらいはここに来い」
「うん」
野田君にちゃんと言えば心配して追ってくることもないだろう。
不安にさせてはいけないんだ。
あと、やっぱり私自身が彼女といたいと思ってしまっているから。
「馨ちゃん、って呼んでもいい?」
「嫌だよ」
「えー、許可してくれる流れじゃないの?」
「ちゃん付けなんか気持ち悪いから無理だ、あーゾワゾワする……」
調子に乗って馨と呼び捨てにしてみたら頬をつねられてしまった。
どうやらまだまだ名前で呼び合える関係ではないらしい――って、分かっていたことだけど。
……家族からや過去の自分のように嫌われないためにも気をつける必要がありそうだった。
「はぁ、はぁ」
体力不足だということに気づいたからランニングをしていた。
正直に言うとジョギングレベルでもなく、歩いた方が疲れず速いんじゃないかと言えてしまうぐらいのレベルで。
「遅いぞ丸山!」
「ご、ごめん……」
付き合ってもらっているのに待たせてばかりだった。
でも、私に付き合ってくれているんだから合わせてくれてもいいよね? と考える悪い自分もいる。
恐らくこういうところが母や妹に嫌われている理由なんだと思う。
「なんでここまで違うんだ?」
「そ、そう聞かれても……」
それこそ体育は出ていない子なのになんでここまで違うんだろう?
別にこれまでサボりまくっていたというわけではないのに。
……彼女こそ休日は家から出たくねえとか言って休んでいそうなのに。
中学のときは運動部に所属していたのに!
「これは睦も呼んだ方がいいか――」
「ま、まあまあ! 頑張るから走ろうよ!」
あの子が来てしまったら彼女は私の存在など忘れて盛り上がってしまう。
そうなることは当然と言えば当然ではあるけど、さすがに見せつけられるのは辛いから現状維持でよかった。
付き合いきれないということならひとりで走るからさ。
「なんか睦のこと勘違いしていないか?」
「え、いい子だって分かってるよ?」
それとこの子が逆らえない相手だということも分かっている。
きっと昔から仲良くし続けてこられた相手なんだろう。
あくまで普通のことだけど、私にはできないことをしているんだ。
どうすれば人って周りに残り続けてくれるんだろうね? と思わず内側で聞いてしまった。
「その割には名前を出すと慌てて話題を変えようとするよな」
「ほ、ほら、佐久間さんとだけ話したいのに私にも意識を割かないといけなくなるでしょ?」
「そこまであたし大好き人間というわけじゃないぞ」
とにかくいまは走ることに集中だ。
これをするために出てきているんだからお喋りするだけじゃ意味がなくなる。
まあ、休日のお決まりということで外に居続けなければいけないんだけど。
だから短時間でも彼女と、それかもしくは、他の誰かといられるのは幸せだった。
「ここまでにしよう」
「え、まだ走れるよ?」
「いきなり無理しても続かないからな。それに足、震えてるの分かってるぞ」
くっそう、私の足は情けなさすぎる。
走っている間であれば自然と彼女といられる理由ができるのにこれじゃあ駄目じゃないか。
約束を守ったら解散になるのが普通だ。
「なに情けない顔をしてるんだよ」
「……だってもう帰っちゃうでしょ?」
「別に特に用事もないからな、それにどうせ帰ったところで母さんに小言を言われるだけだからいいよ」
お腹が空いたということだったからスーパーでなにかを買って食べることになった。
ちなみに、数キロ走っても彼女は薄長袖を着ているままだった。
半袖になりたくないのはなんでだろうか?
太っているからとかではないことは隣を歩いている身としてはよく分かるけど。
「いただきます」
安価なのに美味しくて好きだった。
ひとつだけで十分お腹いっぱいになれるから食べる度に買ってよかったと思える。
あと、普段はお昼ご飯を食べない身だから新鮮な感じがあるからかな。
「ひゃあ!?」
唐突にお腹に触れられればこんな反応にもなる。
彼女は真顔のまま「細すぎね?」と聞いてきた。
「ちゃんと食ってんのか?」
「た、食べてるよ」
朝ご飯と夜ご飯だけは絶対に用意してくれる。
私のだけ露骨に量が少ないとかそういうこともなくね。
仮に喧嘩をしてしまった後でもそうだからそこだけはしなければならないと考えているのかもしれなかった。
「で、なんで急に走り始めたんだ?」
「え、佐久間さんには言ったよね?」
「急すぎだろ、なんか理由でもあるのか?」
実はこの前、二階から四階まで移動した際に疲れてしまったからだった。
さすがに二十歳にもなっていないのにそのスタミナのなさは情けなかったからだ。
最初はひとりで頑張っていたんだけど、ひとりだと自分に甘くなりがちだから彼女を頼ったことになる。
「すぐに問題になるわけじゃないけどさ、体育の時間とかに足を引っ張らないようにするためでもあるよ」
新体力テストなどが終わったら球技とかになるから。
去年は仲間に迷惑をかけ続けてしまったから今年は同じようにしたくないんだ。
グズとかダサいとか言われたくないというのもあった。
「ま、馬鹿にされたから走り始めた、とかじゃなければいいけど」
「そういうのは一切ないよ」
気づいていないだけかもしれないけど、マイナス思考をし続けるよりはいいだろう。
それに仮にそういうことがあっても私は私らしく生きていくしかない。
馬鹿にされたのなら努力をしてそれで結果を出すしかないんだ。
「つか、なんであたしに頼んできたんだ? あいつじゃ駄目だったのか?」
「ほら、佐久間さんなら厳しくしてくれそうだったからだよ」
「あたしのイメージ悪すぎだろ……」
「違う違うっ! 私は自分に甘いからそういう強制力が必要だったんだよ」
こっちが疲れていたら野田君だったらすぐにやめようと言ってきたかもしれない。
逆にああいうタイプこそ頑張ろうと厳しく指導してくれるかもしれないけど、なんとなくイメージが湧かなかったから彼女を頼らせてもらったということになる。
もちろん、これで嫌になってもう付き合わないとなっても構わなかった。
利用していることになるからね……。
「……怒らないで聞いてほしいんだけど」
「なんだ?」
「本当は体を動かすことが好きだと思ったのもあるよ」
分かったつもりになって変な発言をする。
相手からしたらなんだこいつとなってしまうようなこと。
「はは、確かに運動は好きだぞ」
「だ、だよね」
「ああ」
今回は心から笑っているようには見えなかった。
その後は黙って食べることに集中してしまったから話しかけたりはしなかった。
適切な距離感を把握するのが難しい。
とりあえず、不快にさせないようにと気をつけるしかなかった。
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