02話.[探すんだなって]
「どうしよう……」
いや、洗えばいいのは分かっている。
でも、洗濯機で洗ったりなんかしたら干すときにあの鬼母が絶対に気にするはずで。
かといって、手洗いなんてしようものなら酷いことになりそうだし……。
「お、お母さん」
「なに?」
「友達に体操服とかを借りたんだけど、洗濯……お願いします」
隠そうとしたところで酷いことになるだけだ。
母もここで粘ったところでその子に迷惑をかけるだけだと判断したのか、珍しく文句も言わずに言うことを聞いてくれた。
もうちょっといい雰囲気な家庭ならいいんだけどなあ。
「なんでお友達のやつを借りる必要があるの?」
「……忘れちゃったから」
「はぁ、なんで私のお姉ちゃんっていつもこうなんだろう……」
なんで私の妹ってこうなんだろう。
別になにかしたわけではないのに、友達が来ているときに出しゃばって恥ずかしい思いをさせたわけでもないのに。
できるだけ家にいないようにしてあげているのに効果がないようだった。
だけどお姉ちゃん以外の呼び方にしないのはなんでだろう?
友達と話すときにボロっと本性が出ないためにだろうか?
とにかく、少しだけ時間はかかったけど綺麗になった体操服を持って学校に来た。
ただ、いつでも会えるというわけではないからどうしようもない。
変に探されても嫌だろうという気持ちと、早く返してあげなければ困るだろうからという気持ちが綯い交ぜになって忙しかった。
「はぁ」
お昼休みになっても結局今日はまだ会えていないままだ。
隣の男の子は気にせずに話しかけてくるしでよくない一日だった。
まあでも、授業にはちゃんと出ているからそこは評価することができる。
「あ、ここで食べていたんだ」
「いつも教室で食べているんじゃ……」
「そうなんだけど、丸山さんがこそこそ移動していたからさ」
気になったから付いてきたみたいだった。
別にそれはどうでもいい。
だってこの場所は私の場所というわけではないから。
この前と違って天気もいいからただそこに存在しているだけで楽しい時間を過ごせる。
あ、彼からしたら、もしかしたら退屈な場所かもしれないけど。
「そういえばこの前の子と友達だったんだね」
「友達……なんですかね、ここでたまに会うぐらいですからね」
「でも、約束をしていたんでしょ?」
「まあ……そうですね」
何故か助けてくれたことになる。
普通はああいう場面で出て行きづらいと思うけどな。
私みたいな精神力でなければ余裕ということなのだろうか?
「三組の子だよね」
「え、そうなんですか?」
「え、知らなかったの?」
そりゃまあ、知らない人の方が多いだろう。
一応、五組ずつある学校だから把握している方が怖いというかなんというか。
「ご飯食べた方がいいですよ、お昼休みは無限にあるというわけではないですからね」
「ここで食べてもいい?」
「はい、どうぞ」
私は今日も購買に行くのが面倒くさくて食べることはしないでいた。
と言うより、時間をつぶすときにお金を残しておきたいからだ。
お小遣いの中から昼食代とかも出せということになっているから無駄遣いはしていられない。
冷たくてもご飯は食べさせてくれるし、トイレは行かせてくれるし、お風呂にも入らせてくれるし、ちゃんと部屋に入らせてくれるから全く構わなかった。
遅くなりすぎるとこの前みたいに怒られてしまうから気をつけなければならないものの、十九時とか二十時とかなら文句を言われないから気楽だと言える。
「暖かくなったよね」
「そうですね」
「あんまり寒いのは得意じゃないからありがたいよ」
「でも、寒ければ温かいご飯がすごく美味しく感じますよ?」
「あー、お風呂とかも気持ちいいよね、出にくくなるけど……」
たまに最後になるから一時間とか二時間とか入っていたりする。
入浴を終えた後は母も妹もすぐに部屋に帰るからそのときだけは天国だ。
あまりに長時間入りすぎて見つかったときはそれはもうこっぴどく叱られたけども……。
で、そのときのことを思い出してうへぇとなっていたときのことだった。
ずっと探していた(待っていた)あの子が来てくれたのは。
ただ、物凄く嫌そうな顔で「なんか増えてるし……」と言っていたけど。
「こんにちは」
「ああ。それより丸山、そろそろジャージとか返してくれ」
「あ、持ってきているからいますぐ――」
どうせ食事中とかではなかったから取りに戻ろうとしたら腕を掴まれてしまった。
彼女はこちらを見つつ「放課後でいい、別に急ぎじゃないしな」と。
そういうことならと座り直した。
「つかお前、なんで丸山に付きまとってんだ」
「違うよ、僕は心配だから付いてきているだけ」
「心配ねえ」
優しい子だからわざわざ逃げたりはしないようにしている。
というか、こういうタイプは逃げれば逃げるほど追ってくると思うから。
来てくれる前提で逃げていた場合、来てくれなくなったらそれこそ寂しいからこれでいい。
「そうやって自分の行為を正当化するからストーカーは絶えないんだよな」
「ストーカーって……」
「丸山、前にも言ったように嫌なら嫌と言えよ?」
「うん、ありがとう」
なんか格好いいな、それなのに笑ったときは可愛いからずるい。
だけどなんで体育だけは参加したくないんだろう?
他全てに出ているということならもったいないとしか言いようがない。
「またここにいるんだ」
あ、この前の子だ。
彼女でも逆らえないそんなような子。
「ここが好きなんだよ、
「汚れるから嫌かな」
とかなんとか言いつつ、彼女の横に座るその子。
なるほど、例え汚れることになっても彼女から離れたくないということか。
もしかしたら本気で好きだという可能性もある。
「そういえば丸山さん」
「は、はい」
そうかそうか、この子は私の名字と名前を知っているんだ。
で、結局私は彼女の名字すらまだ知らないと……。
正直、絶対に仲良くなれないと思っていたし、仲良くしようとしたところでどこかに行かれてしまうだろうからと考えて知ろうとしてこなかったけど……。
「いつもこの子が迷惑をかけてない? この子、言い方とか結構厳しいからさ」
「大丈夫ですよ? 寧ろ私の方が迷惑をかけてしまっていて……」
「そうなんだ? それならいいんだけどさ」
委員長タイプというより、なんか親しみやすいお姉さんという感じだった。
誰であっても少し話してみなければ分からないなあと。
あと、なんとなく彼が居づらそうに見えた。
傍から見たらハーレムみたいなものだし。
まあ、その中のひとりは(笑)って感じの人間なんだけど。
「おい、なんで丸山には甘いんだ」
「だって丸山さんは可愛げがあるし」
「あたしだって可愛いだろ」
「えー、表情とか怖いからなー」
ふたりが楽しそうに話しているのを見ていたら少しだけ羨ましいという気持ちが出てきてしまって慌てて捨てる。
期待なんかしてしまったらその真逆の結果になって傷つくだけだからやめた方がいい。
それにひとりなら合わせることなく自由に行動できるんだから悪いことばかりではないはず。
なので、話しかけられたら反応をする程度に留めておこうと決めたのだった。
「これ、ありがとう」
「おう」
クラスが分かったとはいっても行きづらかったから来てくれてありがたかった。
放課後に話すということは普段全くしないから少しだけ新鮮だったりもする。
「昼は悪かったな」
「え? なにが?」
あまりにも唐突すぎてアホみたいな反応になってしまった。
お昼休みは結構楽しい時間を過ごせたから寧ろ感謝しているぐらいなのに。
「ほら、急に睦とか知らない人間に来られても嫌だろ?」
「ああ……あ、でも、あなたが悪いわけではないし、あの子だってあなたといたいんだよ」
もう本当の彼女というやつが分からなくなっていた。
いや、そもそもなにも分かっていないんだからそれを考える方がおかしいかと片付ける。
私達は所詮、サボる場所が同じところだった、というだけなんだ。
そこになにがあったわけじゃない、一緒にいるからって会話をしていたとかでもないし。
「ん? あの子だってっていうことは丸山もそうだってことか?」
「あっ、いやほらっ、逆にいないと調子が狂うというか……」
私からしたらライバルみたいな存在だったんだ。
どうやったら態度を柔らかくしてくれるのか、それをずっと探っていた自分もいるんだ。
まあ、残念ながらなにも変わらなかったから諦めた形になるけど。
だけどそうしたらなんか優しくなった、というか、元々そうだったんだろうけどそういう彼女を見られたから満足している。
「次に会うときはサボったときじゃなくて、今回みたいに昼休みとかに会えた方がいいな」
「これからはちゃんと出席するよ」
「おう、絶対にその方がいいぞ」
借りた物もしっかり返せたから満足している。
あ、そうだ。
「あの……名字だけでも教えてほしいかなって」
「あ、そういえば教えてなかったな」
彼女はこちらの頭に手を起きつつ「佐久間
高身長だからそういう行為もなんか格好良く見えるのはずるい。
とりあえずは解散になったから、なんかふわふわした気分になりながらの帰路となった。
「なんで最初はあんなに冷たかったんだろ」
私はこんにちはーと話しかけただけだったんだけど……。
なよなよした人間を見るとむかついてしまう子なのかな?
最近は強くなれた気がするから、これからは良化していく一方なのかな?
なんか佐久間さんとは仲良くしたいと思っているからそれだったらいいな。
「っと、まだ家に帰ったらあれだよね」
私だって一応相手のことを考えて動けるんだ。
どうせ自由に言われるだけだから早く帰っても大して得なことはない。
どちらかと言えば自分を守るためにそうしている方が大きいけど。
「お姉ちゃん」
「うん? どうしたの?」
いつも通り公園で時間つぶしをしていたら小さな男の子が話しかけてきた。
その子は隣に座ると「追い出されちゃったの?」と聞いてくる。
そ、それはまた大胆なことを聞くなあとは思いつつも、違うと優しく答えておいた。
「ぼくはそうなんだ」
「えっ」
「ケンカしちゃって飛び出てきた」
虐待……? とか考えたものの、どうやら友達の家から飛び出てきたみたいだった。
彼曰く、せっかく集まったのにゲームばっかりやっていて相手をしてくれなかったから、ということみたい。
まあ確かに時間を使っているわけだし、友達と集まったのなら一緒に楽しみたいと考えるのが普通だからおかしなことはなにも言っていない。
運が悪かったとすれば、それはその子の家にひとり用のゲームしかなかったことだろう。
「きみはどうしたい?」
「え……?」
「その子と仲直りしたい?」
「それは……うん、やっぱりいっしょにいたいから」
それならたまにはと頑張ってみることにした。
多分、これを佐久間さんが見ていたらよくやったって褒めてくれると思う。
あ、もちろん、付いていくのは家の前までだけど。
「はい、仲直りしたいならその日の内にしておかないとね」
「でも……」
「お姉ちゃんみたいになったら公園で過ごすしかなくなるよ?」
うぇ、なんでこんなことを言わなければならないんじゃ……。
「……仲直りしたい」
「うん、だから勇気を出そう」
インターホンを鳴らしたタイミングでその場をあとにした。
そこから先はあの子が頑張らなければならないことだ。
というか、私がいたところでなにもしてあげられないし、なにより邪魔になるだけだから帰る必要があったというだけ……。
「梅雨になると面倒くさくなるなあ」
まあそれでも気にせずに外で時間をつぶすだけなんだけど。
雨が降っているときなんかに一緒にいる時間を増やしたらあの妹や母が黙っているわけがないからだ。
私がこうして行動しているから気持ちよく過ごせているということを少しは分かってもらいたいところだけど、残念ながらそんなことは当然だと言わんばかりの態度を貫かれていた。
分かっているのは家族だから究極的な選択をしていないだけで嫌いだということだけ。
自分が気づいていないだけで嫌われるなにかがあるんだろうな。
分かりやすい欠点と言えばぐうたらすることだけど、誰だって自宅にいられているときぐらいはそうやって過ごすだろう。
寧ろ家でまで完璧な人間がいたらその人がおかしいと言える。
休めるときに休んでおかなければ駄目なんだ。
お前は頑張らなければならないところでもだらけているだろと言われればそれまでだけどね。
「こういうときに佐久間さんとかいてくれればいいのにな」
なんて、少しだけ贅沢思考になりつついたから捨てておいた。
そもそも、長時間一緒にいてしまったら話す内容とかもなくなってしまうだろうから。
あと、佐久間さんがそこまで一緒にいてくれるとは思わなかった。
「は~」
空を見つつ昨日のことを考える。
あの子は無事、仲直りできただろうか?
これからも公園で過ごしていれば会えるだろうか?
それはそのときになってみないと分からないことだけど、きっと、私みたいにはならないように頑張ってくれるはずだ。
「丸山さん」
「あ、こんにちは」
「うん、こんにちは――じゃなくて馨のことなんだけどさ」
どうやら体調を悪くしてしまったみたいで今日は来ていないということだった。
違うクラスを覗いていくなんてことはできないから全く気づいていなかったことになる。
「だからもし丸山さんがよかったらお見舞いに行ってあげてくれないかな?」
「え、あ、家を知らないので……」
「それなら私が教えるから大丈夫! 放課後までに地図を書いておくから任せてよ!」
……行くとも言っていないのにそういうことになってしまった。
それもあって、そうでなくても落ち着かない教室で物凄くそわそわしていた。
放課後になったいま帰ることは可能だ、でも、この前のお礼をしたいという気持ちもあるから難しい。
「はい、よろしくね」
「あの、あなたは行かないんですか?」
「実は私、佐久間家には入れないんだよね、出禁になっているんだ」
これは本人に聞いてみたらそうじゃないというパターンだから信じなかった。
とにかくささっと行って、ささっと帰ってくるのが一番ということで行動開始。
「ここか」
昨日の男の子にはやらせたのに自分がしないなんてできるわけがない。
勇気を出してぽちっと押した。
「はい」
「あ、私、佐久間馨さんの同級生なんで――」
すけど、全てを言い終える前に本人が出てきてしまった。
しかもなんか笑っているという謎の展開に。
「いまのあたしだぞ」
「そ、そっか」
買ってきた物を渡して帰ろうとしたら上がってくれと言われたから上がらせてもらうことに。
豪邸でドキドキ! なんてこともなく、あくまで普通の一軒家だった。
ソファに言われた通りちょこんと座っていると飲み物を渡してくれた佐久間さん。
……いや待て、これは逆効果だったんじゃないか……?
「あ、これっ」
「ありがとな」
例え今回は使わないのだとしても次回に使える物だから無駄にはならない。
こういうのはいくらあっても困らない物だ、物だよね?
こういう物を自分で買うということは一切してこなかったから不安になってしまった。
「ちょっと今日は行ける感じじゃなかったからさ、さっきまで寝ていたんだ」
「いまは大丈夫なの?」
「ああ、朝よりはよくなったよ」
……ちょっと嫌な人間になっている自分もいた。
風邪を引くことは本当にほとんどないからこういう面では勝てるなって。
勝ち負けというわけじゃないのに、弱い人間ほど勝てている面を探すんだなって。
なんか申し訳なくなったから渡したい物を渡せたわけだし帰ることにした。
拭いてくれたり、服とか気にせずに貸してくれる優しい子相手になにやってるんだ私は……。
足を引っ張らないようにあそこに行かないようにしようとも決めたのだった。
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