遥かなる時を越えて

見知らぬ土地に置き去りにされた三人は途方に暮れていた。

「取り敢えず今日泊まる宿を探すぞ。」

「タクシー捕まえて宿の在りそうな所まで行くか。お前達お金はいくら持ってる?」

「拙者はさっきおつまみ買ったから残りは500円で御座るよ。」

「俺は酒を買ったから残りは800円だ。」

「俺はお前達から借りようと思っていたから100円しかないぞ。こんなんじゃ何も出来ないじゃないか。」

仕方が無いので、三人は交番に助けを求めるべく歩き始めた。


歩き始めて数時間後、辺りはすっかり真っ暗になっていた。

三人はいつの間にか街から離れた街灯も無い、田んぼ道を歩いていた。

「人通りも無いし、民家も無いし、何だか不気味な所だな。」

「そうは言っても折角ここまで歩いたんだから先に進むしか無いぞ。」

「幽霊が出そうで怖いで御座る。」

するとぼんやりと遠くの方で明かりが燈っているのが見えた。

「良かった。これで助けを求められるぞ。」

三人はその明かりを目指して駆け出した。

明かりは村落から発せられたものであった。

村には電気は通っていない様子で、篝火に照らされていた。


村の入り口に立つと、ぼろ布を着てやつれた母と8歳位の可愛い娘の母子がおっさん達の横を通り抜けた。

「あの・・・」

おっさん伊達メガネが慌てて二人を呼び止めた。

二人はその呼び掛けに反応して足を止めた。

「あなた達この村では見ない顔ですね。こんな夜遅くにどうされたんですか。」

母親が不思議そうな顔で尋ねた。

「実は、道に迷ってしまって、お腹が空いて今にも死にそうで、それに泊まる宿もないし困っていたんです。」

おっさん達はこの優しそうな母子をこのまま逃がす訳には行かないと思った。

そして三人は大雨の中捨てられた子犬の様な母性本能をくすぐる潤んだ目で母子を見つめた。

「ねぇお母さん、私達のおうちで休んで貰ったら?」

「そうね、もし宜しければ手狭ではありますが、私達のお家にいらっしゃいませんか?」

「はい、喜んで!」

おっさん達には遠慮という言葉は無く返事は早かった。


母子の家は最近では目にしない茅葺屋根の家であった。

家の中に入るや否やおっさんチョコレートが辺りを見渡しながら言った。

「お腹が空いたで御座る。何か食べ物は無いで御座るか。」

「気付かずにすみません。直ぐにご飯のご用意を致します。」

そう言うと母親はおっさん達にご飯をよそって渡した。

娘はその光景を喉を鳴らしながら物欲しそうな目で見つめていた。

「忝いで御座る。」

おっさんチョコレートが茶碗を受け取り、ご飯を口に入れたかと思うと、そのまま直ぐに吐き出した。

「何だこれは!米じゃ無いで御座る!謀ったな!」

「これは稗で御座います。私達の身分ではお米を食べる事など出来ません。お口に合わず申し訳御座いません。」

おっさんチョコレートが吐き出した稗を娘が拾って食べようとしたので、母親が慌てて制止した。


村では日照りが続き作物が育たず、食料が大変貴重であった。

母子の家に残された食料も底を尽きかけており、二人は五日間何も食べていなかった。

二人は空腹が限界を迎えており、命を繋ぐ為に今日は帰って稗を食べようと朝からずっと久し振りの食事を楽しみにしていた。

家に帰る道中も母子は家に帰って食べる稗の話で持ち切りだった。

「いつも、ひもじい思いばかりさせてごめんなさい。」

「お母さん。私は大丈夫だよ。それよりも、やっと今日稗が食べられるんだね。

ずっと楽しみにしてたからほっぺたが落っこちるかも。とっても貴重だから1000回位噛んで食べなきゃだね。」

二人は痩せ細った体を支え合いながら家路を急いでいた。

しかし、おっさん達に捕まったが為に、さらに三日間何も食べない生活を送る事を二人は覚悟していた。

娘の父親は既に亡くなっており、日頃から"困っている人が居たら自分達がどんなに辛い状況にあっても手を差し伸べる様に"と話ていた。

二人はその亡き父の教えを守ろうと自らを犠牲にして困っているおっさん達を助けたのだった。


「稗は不味くて食べられないで御座る。仕方ないから、代わりにおかずの準備をするで御座るよ。」

「おかずは茹でたどんぐりでしたら御座いますが・・・お口に合いますかどうか・・・」

「俺達はリスかってんだ!」

おっさん野球帽は腹を立てて言った。

村では、どんぐりも大変貴重な食料であった。

「まったく、おもてなしの精神が足りないで御座る。」

おっさん達は母子に対して不満を露わにした。


すると突然、家の中に小奇麗な身なりの初老の男性が入って来た。

「こんな狭い黴臭い家で食事をするより、我が家にいらしてはどうでしょうか。

白米も上質な酒もその酒に合う肴も用意してあります。」

この初老の男性はこの村の村長で、人伝におっさん達の噂を聞き付け自ら訪ねて来たのだった。

「それはありがたい。村長の家で一献といきましょう。」

「付いて行っちゃだめ・・・」

女の子が村長に聞こえない位の小さな声で囁いたが、おっさん達の決意は固かった。


村長の家は母子の家とは違い立派な大きな屋敷であった。

家の中に入ると痩せこけた使用人達が主を迎えた。

「さあさあ、好きなだけ飲み食いして行って下さい。」

目の前には沢山の酒と料理が用意されていた。

「うむ。苦しゅうないぞ。」

おっさんチョコレートは相変わらずの殿様気分であった。


おっさん達は村長の家で思う存分に酒と料理を楽しみ始めた。

「そうだ!すっかり忘れていたで御座る・・・」

おっさんチョコレートが持参したリュックの中を探り始めたが、直ぐに手を止めた。

スーパーで買っていたつまみを出そうとしたが、飢えた獣の様な目つきの使用人達に奪われるんじゃないかと思い、取り出すのを止めた。


酒を飲み始めて一時間も経たない内に三人は激しい眠気に襲われた。

意識が朦朧とし、目の前が真っ暗になりバタンと倒れた。

薄れ行く意識の中で村長の声が聞こえた。

「まったくしぶとい奴等だ。薬が効いて無いかと思ったが、これでやっと村の守り神様に捧げる生贄の準備が出来た。」


次におっさん達が目を覚ましたのは、村の外れにあるお社の前であった。

「一体これはどういう事なんだ!こんな事しても俺達三人合わせても1400円しか持ってないから何にもならないぞ!」

おっさん達は体を縄で縛られており、必死に足掻こうにも全く身動きが取れないでいた。

おっさん達の周囲を村の男達30人が取り囲んでおり、縄を解く事が出来ても逃げられない状況であった。

「あなた方には雨乞いの儀式の為、守り神様への供物となって頂きます。」

それを聞いて、おっさん達は今までの人生で一番ビックリした時の顔をしていた。

「はぁはぁ、待って下さい!」

おっさん達を家に招いてくれた母子の女の子が声を上げた。

女の子はおっさん達を心配して村中を探し回っていたので、息を切らしていた。

「こんな事して何の解決にもなりません。この人達は村とは全然関係の無い人達ですよ。

何の罪も無い人達を犠牲になんて出来ません。それに、みんなで知恵を出し合えば何か良い解決法が見つかるかもしれません。」

女の子は必死におっさん達を助けようと村人達に訴えた。

「ダメだ!このまま日照りが続けば村人全員が命を落としてしまう。

この汚い三人のおっさんと村人全員の命を天秤に掛けた時、私は村長としてこれが正しい決断だと思っている。

それに、これは村人全員の総意でもある。」


すると急にお社の背後の山から全長800mはあろう巨大な大蛇が現れた。

大蛇は村人達に目を遣って言った。

「生贄は用意したか?」

「はい、守り神様。しっかりと活きがいいのを用意しました。

前回は生贄が一人だけだったので、その事でお怒りを買ってしまったのだと思い、今回は三人用意しております。」

村長がおっさん三人を指差した。


おっさん達は大蛇を目の当たりにするまでは守り神なんて都市伝説の様な物だと思い、

次の日の朝ごはんの事を考える程の余裕があった。

しかし、いざ実物を目の当たりにすると、恐ろしくなり、必死に命乞いを始めた。

「おねげぇします守り神様。何でもしますから、オラ

だけは助けて下せぇ。」

おっさんチョコレートは最初の殿様気分から一転し、気分は卑屈な村人になっていた。

「何一人だけ助かろうとしてるんだ!守り神様、私は食べても美味しくありません。

隣の太っている奴は一人で二人分の生贄に匹敵しますので、どうか私だけはお助け下さい。」

おっさん野球帽は守り神に友人を売ろうとしていた。

おっさんチョコレートはおっさん野球帽のその言葉を聞くと、自らの命を諦めた様子で、覚悟を決めてゆっくりと目を閉じた。

肉の目利きでもあるおっさんチョコレートは自分がこの中で一番美味しいであろう事を誰よりも理解していた。

このA5ランクの上質な霜降り肉は、口の中に入れた瞬間トロけ、守り神はその肉の虜になるであろう事は自明の理であると思ったからだ。

「私は知略に優れておりますので、守り神様の右腕として立派な活躍をお見せ出来ます。

愚かな人間共を一緒に滅ぼし私達の新帝国を築きましょう。」

おっさん伊達メガネは守り神に媚びる余り、いつの間にか全人類を敵に回そうとしていた。


すると守り神は立腹し、集まった人間全員に向かって唸る様な声で言った。

「お前達、何か勘違いしている様だが、私が日照りの罰をお前達に与えたのは、前回おっさんの生贄を連れて来たからだ。

私がいつおっさんの生贄を所望した!」

この大蛇の言葉を聞いて、女の子は大粒の涙を流した。

「お父さんの死はいったい何だったの。」

女の子の父親は村を救う為、守り神の生贄になると自ら名乗り出て命を落としていたのだった。

「生贄と言えば昔から若い娘だと決まっているだろう。」

「申し訳御座いません。てっきり数の問題かと思っておりました。」

「早くこの汚らしいおっさん三人を何処か連れて行って、今すぐ若い娘の生贄を用意しろ!」

おっさん達は縛られていた縄から無事解放された。

そして、村人達の視線はおっさん達を助ける為に必死になってくれた女の子に注がれていた。

「悪いが村の為だ・・・。母親には私からちゃんと伝えておく。」

村長はそう言うと、他の村人に命令を与えた。

村人達は女の子を押し倒し、地面に抑え付け、身動きが取れない様に縄で縛り始めた。

「お願い!助けて!」

女の子は大声で泣き叫び、おっさん達に助けを求めた。

しかし、おっさん達は守り神も村人も両方怖かったので、女の子の叫び声が聞こえない振りをして、お社のお供え物の饅頭を盗んで逃げて行った。


翌日、村には久し振りの雨が降り、村人達は大いに喜んだ。





昔々とある村では、雨乞いの為に若い娘を守り神への供物として捧げる悪習があった。

一人の少女がその犠牲となった事により、村には雨が降り人々は救われた。

しかし、それと同時に村には強い怨念を持った悪霊が現れる様になった。

その悪霊により村は一瞬にして全滅した。


これで全ての恨みは晴らされ、悪霊は消えるかと思われた。

しかし、悪霊は村を飛び出し、500年間世界各地を彷徨った後に、陰陽師によって退散させられた。


消されるまでの500年間、悪霊はずっと呪い続けていた。

「野球帽・・・チョコレート・・・伊達メガネ・・・必ず殺す。」



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