深淵への誘い

今日はおっさん野球帽の提案で、三人で野球をする事となった。


ポジションは野球が大好きなおっさん野球帽が独断で決めた。

ピッチャーは勿論おっさん野球帽。キャッチャーはおっさんチョコレート。バッターはおっさん伊達メガネ。

おっさん野球帽はのっけから何度も一塁に牽制するボケをしていた。

おっさんチョコレートはそれが壺に嵌まりゲラゲラと大爆笑していた。

おっさん伊達メガネはその牽制ボケとおっさんチョコレートの笑い声の両方、同じ位腹が立って来た。

「いつまでくだらない事やってんだ。早く投げろよ。」

おっさん伊達メガネは怒りを露わにし、叫んだ。

「わかったよ!ちゃんとやるよ!」

おっさん野球帽も少し反省した様子であった。

「おっさんチョコレートもおっさん野球帽が調子に乗るから二度と笑うな!」

「アイムソーリー」

おっさんチョコレートはいつも通り英語を織り交ぜた返事をした。

二人の言葉を信じ、やっと真面に野球が出来ると思ったおっさん伊達メガネの期待は直ぐに裏切られた。

おっさん野球帽とおっさんチョコレートが二人示し合わせた様に敬遠の構えを取りだしたのだ。

これにはおっさん伊達メガネも我慢の限界であった。


「もう帰る!」

おっさん伊達メガネはどんな事があっても、こいつらと二度と野球をやるものかと心の中で思った。

しかし、二人は無神経なので、おっさん伊達メガネが怒っていてもさほど気にしなかった。

「そうだ、昼ご飯もまだだったし、一旦家でごはん食べて次はサッカーするか。」

おっさん野球帽は自ら提案しておきながら野球に飽きていた。

おっさん伊達メガネはサッカー好きなので、サッカーが出来れば何でも良いと思い、一気に機嫌が直った。

すると突然、おっさん野球帽が面白い提案があると言い出した。

「このままただ帰るだけじゃ面白くないから、いつもと違った道で帰ろう。」

「それいいなぁ。」

他のおっさん二人もその考えに大賛成だった。


いつもと違う道で帰るのは三人にとって見る物全てが新鮮で、楽しい遠足の様な気分にさせてくれた。

「おっさん野球帽は面白い事を考える天才だな。」

おっさんチョコレートが感心した口調で言った。

「本当にそうだなぁ。何だか冒険しているみたいで楽しいなぁ。」

おっさん伊達メガネもおっさん野球帽を見直していた。

「これからは毎日違った道で帰る様にしようぜ。」

おっさん野球帽は二人に褒められて調子に乗っていた。


おっさん伊達メガネが遠くに何かを見つけ、声を上げた。

「おい見てみろよ!あそこに汚い模様してる蛾が止まってるぞ!誰が最初に捕まえられるか競争だ!」

「いいだろう。最初に捕まえるのはこの俺だ!」

おっさん野球帽は昆虫採集に関しては二人に負ける気がしなかった。

「待ってくれよ~」

おっさんチョコレートは蛾なんてどうでも良かったが、このまま置いて行かれるのが嫌だった。

三人は蛾を目掛けて駆け出した。

すると、それに気付いた蛾は飛び立ち、三人の汚い手で捕まえられない様に必死に逃げた。

三人も負けじと蛾以上に必死に追い掛けた。


いつの間にか気が付くと三人は人気の無い深い森の中に迷い込んでいた。

三人は直ぐに自分達が遭難した事を悟った。

「今こそワンチームの精神で一致団結してこの森から脱出するぞ。」

おっさん野球帽は体育会系のノリで二人を引っ張ろうと思った。

「我ら生まれた日は違えども 死す時は同じ日同じ時を願わん。」

おっさん伊達メガネはこのままおっさん野球帽に主導権を握られるのは嫌だったので、覚えたての三国志の名言を言った。


始めは勇ましく歩いていた三人も歩き疲れ、先の見えない状況と朝から何も食べていない空腹感で次第にイライラが募り始めた。

さっきまでの助け合いの精神は消え失せ人間の醜い本性が露わになり、お互いに責任の擦り付け合いが始まった。

「お前が蛾を捕まえようなんて言うからこんな事になったんだ!」

おっさん野球帽は怒りの矛先をおっさん伊達メガネに向けた。

「そもそもお前がいつもと違う道で帰ろうって言ったからこんな事になったんだろう!」

おっさん伊達メガネは、自分のせいにされた事に腹が立ち、おっさん野球帽の責任を追及した。

二人の喧嘩を止める為、間に入ろうとおっさんチョコレートが歩み寄る。

おっさん野球帽はその気配を察知し、おっさんチョコレートに言った。

「お前にも責任があるぞ!俺が別の道で帰ろうって言った時に何で止めなかったんだ!」

おっさん野球帽は自分の責任で無い事が証明されれば何でも良かった。

「そうだ!お前の罪が一番重い!」

おっさん伊達メガネもおっさん野球帽と考えは同じだった。

理不尽なとばっちりを受けて、おっさんチョコレートも感情を抑え切れなくなった。

おっさんチョコレートがポケットからドロドロのチョコレートを取り出し言った。

「この唯一の食糧もお前達には分けてやらないからな!俺一人で食べてやる!」

そう言うや否や、二口で大きな板チョコを平らげた。

「お前、さっき聞いた時は食料は無いと言っていたけど、後で一人でこっそり食べようと思っていたんだな!」

二人は怒りを露わにしたが、おっさんチョコレートの耳に、その声は届いていなかった。

そんな事よりも、おっさんチョコレートは喉がカラカラの状態でドロドロの甘ったるいチョコレートを大量に食べた事により、とんでもなく喉が渇いてしまっていたのだ。

喉の渇きが限界を超え、バタンと大きな音を立て倒れた。

次第におっさんチョコレートの呼吸は弱まり虫の息となっていた。

おっさんチョコレートは、もう直ぐ天からのお迎えがあると思い、何か遺言を残そうとしている。

「今までありがとう。お前達と友達でいれて楽しかった・・・」

そのか細い声の遺言を聞いて、二人は自分達が己の事しか考えて居なかった事に気付き、恥ずかしくなった。

おっさんチョコレートは静かに目を閉じ永遠の深い眠りについたと思われたが、寝息を立てて浅い眠りについただけだった。

二人は一先ず安心し、夜も更けて来たので寝る事にした。


おっさんチョコレートの寝息は次第に激しいイビキへと変わり、二人を苦しめた。

いくら叩いて起こそうとしても全く起きる気配が無い。

森の中に住んでいる鹿や猪や熊といった野生動物達もその大きなイビキの被害に遭い怒り狂っていた。

イビキの主の息の根を止めようと、野生動物達は一致団結し、三人の周りを取り囲んでいた。

二人は周囲に火を放ち、恐怖を感じながらも野生動物を威嚇し続けた。

明け方、動物達が消えた後もおっさんチョコレートのイビキのせいで結局一睡も出来なかった。


それから数時間後、おっさんチョコレートが目を覚ました。

「二人とも早起きだな!年寄りかってんだ!ウヘヘヘヘ!」

その無神経な言葉を聞き、二人は何だか無性に腹が立ったのだった。



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