第9話 カルシオン



 私とジルがオーウェン王国の王都を出てから丸三日。


 ようやく私達は街へと辿り着いた。

 王都から結構離れた辺境の方で、本当なら王都のすぐ近くの街に行こうとしていた。


 だけどジルはおそらく国から追われているので、すぐ近くの街に行ったら見つかってしまう可能性が高い。


 それなら遠くの街に行って、追っ手に追いつかれないうちに国を出てしまおう、というわけだ。


 本当ならどこの街にも寄らずに国を出た方がいいのだが、さすがに食料や水が足りない。

 私は食料などをいろいろと準備していたけど、それは一人用だったし、隣の街ですぐに補充するつもりだった。


 だけどジルがいることで、その予定を変える必要があった。


 ……別にジルのせいにするわけじゃないし、ジルがいて助かる部分のほうが多いから、全然いいんだけど。


 この街の名は、カルシオン。

 カルシオン辺境候が治める街である。


 侯爵の方だけど、辺境を収めるだけの強い権力を持っている方で、単なる侯爵よりも立場がずっと上だ。


 ……ずっと思ってたけど、なんで公爵と侯爵って読み方同じなのかしら?

 しかも爵位も一番目と二番目で近いし。


 考えた人、なんで同じ読み方にしたのかしら。


 と、余計なことを考えていたら、街に入る関門のところでジルが対処してくれていて、話は終わったようだ。


「フラー、入れるよ」

「ありがとう、ジル……だけど自分でやりたかったかも」

「フラーが一人の世界に入ってたから」

「べ、別にそういうわけじゃないわよ!」

「いいから、馬動かして。後ろ詰まってる」

「あっ、はい、ごめんなさい」


 後ろの人に軽く会釈をしながら、私は手綱を握って馬車を進ませた。



 しばらく馬車を歩かせると、人通りが多いところに入ってきた。

 商店街のようで、いろんな店舗があって……とても楽しそう!


 ずっと貴族として、第一王子の婚約者として生きてきた私は、このような商店街に全然いけてなかった。


 豪華な馬車の中、窓から街の喧騒をただ眺めていた。

 あの喧騒の中に加わりたい、そう思いながら。


 もう私は自由だから、街を探索出来るのね!


「ねえ、ジル! 寄っていきましょう!」

「フラー、まずは宿が先だよ。宿を取らないと昨日みたいに野宿になっちゃうから」

「むぅ……」


 私のはやる気持ちを無視するように、ジルが非常に非情な正論を突きつけてきた。

 確かに、三日間も野宿をしてさすがに疲れてしまった。


 初めての野宿ということで、とてもテンションが上がっていたのだけれど……やっぱり連続するとキツい。


 馬車の荷車のところで寝ていたけど、身体が痛くなってきた。


 それに夜は魔物も活発に動くらしいので、火の番をしないといけない。

 初日は私が熟睡してしまい、ずっとジルに任せてしまって本当に申し訳なかったわ……。


 二日目と三日目は私も火の番をしたんだけど……夜の森ってなんであんなに怖いのかしら。

 昼間なら綺麗で清々しい鳥のさえずりが、夜だとなぜあんなにも不気味な鳴き声に聞こえるのか……。


 私が火の番をやった時間は、二日目と三日目の合計で三時間くらいだった。


 それ以外の夜の時間はほとんどずっとジルも起きていた。


 ジルは「俺は一時間も寝れば大丈夫だから」と言ってたけど、本当かしら?

 確かにジルは一時間しか眠っていなかったのに、昼間はいつも通りの感じで動いていたけど。


 ジルにしっかり眠ってもらうためにも、宿は確実に取らないといけない。


 もう夕方なので、まずは宿から取るのは当然だろう。


 だけど……。


「ジルって、なんだか落ち着いてるわよね」


 馬車から降りずに道行く人に宿屋の場所を聞き、その方向に向かっている途中に思わず言ってしまった。

 御者席の隣で座っているジルは、少し不思議そうに首を横に傾ける。


「まあ、興奮することが別にないから」

「ジルにとってはそうかもしれないけど、私にとっては今経験してること、全部が興奮出来るものなのよ」

「じゃあ、すればいいんじゃない?」

「落ち着いて私のこと諌める人がいなければ、そうしているんだけどね」

「別に諌めてるわけじゃない。ただ先にやらないといけないことを言ってるだけ」

「それが諌めてるってことなんだけれど」

「そんなに商店街に行きたいんだったらいいよ。宿屋が後でも」

「……いいえ、私も宿屋を先に行ったほうがいいってのには賛成だわ」


 ちゃんとしっかりしたところで寝たいしね。

 ただとてもジルが冷静すぎて、騒いでいる私が子供に見えて仕方がない。


「ジルは興奮しないの? せっかくの旅よ?」

「……フラーには申し訳ないけど、ここまでの旅で俺が経験してないことはなかったから」

「むっ、なにそれ、自慢かしら」

「いや違う、ただの事実」


 なおさら自慢っぽいんですけど……。


 だけどジルの性格上、自慢や煽りとかではなく、本当に事実を言っただけなのだろうけど。


「あっ、だけど経験してないことがあった」

「えっ、なに? それは興奮すること?」

「うん、そうだね」

「全くそうは見えなかったけど……」


 この三日間でジルとずっと一緒にいたけど、テンションが上がったりしたところを見たことがなかったけど。


「フラーと二人きりで、一緒に過ごしてることかな」

「えっ……?」

「それが、経験してないことで、俺が興奮してること」


 御者席で横並びで座るジルはそう言って、私の方を見て優しげに笑った。

 私は自分の顔が熱を持ち始めていることにすぐ気づく。


「ま、またそういうこと言って……!」

「そういうことって?」

「そ、そういうことってのはそういうことよ!」


 この三日間、ジルはこういうことを時々、いきなりぶっ込んでくるから心臓に悪い。

 暗い森の中、私が一人で火の番をしていて、鳥の鳴き声に「ひっ!?」と驚いたことがあった。


 その瞬間、寝ていたはずのジルがいつの間にか起きてきて、私の隣に座って肩を掴んで引き寄せて……。


『大丈夫。俺がいるから、何があってもフラーを守る』


 と私の耳元で、囁き声で言うのだ。


 恐怖心はもちろんなくなったけど、それ以外の感情がブワーっと出てきて……。

 その後は火の番を代わってもらったけど、全く寝れなかったわ。


 あの泣き虫で弱かったジルが、いつの間にかこんな男に成長してるなんて……。


 そんなことをさりげなく女性にやれるんだったら、一体何人の女を落としてきたのか。


 ……そう思うとムカつくわね。

 だけどジルって「冷酷騎士」って呼ばれるくらい、他人に興味がないで有名だったのに。


 今までジルと接してきたけど、そんなことを呼ばれそうにないくらい普通に話してる。

 時々、冷めたような言動をすることはあるけど。


 なんでそんな呼び名がついたのか、氷の魔法を使うからかしら?


「ジルって、なんで冷酷騎士って呼ばれてたの?」

「……俺、そんなふうに呼ばれてたの?」

「えっ、知らなかったの?」

「うん」

「ご、ごめんなさい」


 まさかジルが知らなかったなんて、地雷を踏んでしまった。


「いや、別に気にしてないけど。呼ばれる理由もなんとなくわかるし」

「あら、そうなの? じゃあやっぱり氷の魔法を使うから?」

「氷……使えるけど、そこまで好んでは使わないかな」

「そうなのね」

「うん。敵を捕縛する時は氷魔法は使えるけど、仕留める時は効率が悪いから」

「そ、そうなのね」


 戦いをしてきたジルだからこその回答が出てしまった……。


「じゃ、じゃあ、冷酷騎士って呼ばれる理由は他にあるのかしら?」

「普通に、他人とあまり関わらなかったからだと思う」

「そうなのね。騎士の中で友達はいなかったの?」

「友達? ……まあ、そうだね」


 少しだけ考えてから、肯定したジル。

 まさか世界最強の冷酷騎士に友達がいないなんて、敵国や同じ騎士の人達は全く想像してないだろう。


「フラーは?」

「えっ?」

「フラーは、友達いるの?」

「……」


 ジルに問われて、私も少し考える。

 ……うん、考えるまでもなく、いないわね。


 平民学校ではジルを含めて何人かいたけど、貴族学院に行くときに全員疎遠になって。


 貴族学院では「下級貴族のくせに生意気だ」と思われ、一人も出来なかった。


「私も、いないわね」

「……」

「あっ! ジル、今笑ったわね!」

「笑ってないよ」

「いえ、絶対に笑ったわ!」


 よーく見ないとわからないけど、少しだけ口元が緩み、雰囲気が笑っている感じになった。


「ジルだって友達いないくせに」

「そうだね。俺には、フラーしかいないから」

「……喜んだ方がいいのか哀れんだ方がいいのかわからない言葉ね」


 別に、ドキッとはしてないからね。


「じゃあさっきの言葉に嘘はないのね」

「さっきの言葉?」

「ほら、この旅で経験したことばっかりだから興奮しない、って話よ」


 私だけ一人で興奮してばかりで、ジルはつまらないとなるとちょっと寂しいし、いろいろとお世話になってるのに申し訳なかったから。


「そうだね。フラーと一緒にいて、すご興奮してるよ」

「っ!? そ、その言い回しはやめなさい!」

「えっ、なんで?」

「違うように聞こえるからよ!」


 また熱くなった顔を冷ますために、宿屋に着くまでジルの方を見ないようにするのだった。




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