第10話 一緒の部屋?



 結構大きな宿屋に着き、馬車と荷車を外に停めて中に入る。

 貴族専門の宿屋というわけじゃないが、とても綺麗で清潔感がある宿屋だ。


 それだけ綺麗でいい宿屋なので、やはり混んでいるみたいで一部屋しか空いてなかった。


 うーん、それなら仕方ないけど、他のところで……。


「ではそこでお願いします」

「えっ!?」


 ジルが即答で部屋を取ろうとして、驚きの声を上げてしまった。


「えっ、ダメだった?」


 何が悪いのかわからない、といった顔でジルが私の方を見る。


「いや、その……同じ部屋は、ダメでしょう?」

「なんで?」

「なんでって……わ、私とジルが女と男だからよ」


 いくら一緒に旅をしているといっても、いきなり同じ部屋というのはちょっと、その……。

 いや、確かに同じ部屋の方がお金もかからないし、これからどれだけお金がかかるのかわからないから、節約した方がいいんだろうけど。


 まだ、一緒の部屋で寝る心の準備は出来ていない。


 ……馬車の荷車でジルが隣にいる中、爆睡してた私が言うセリフじゃないかもしれないけど。


 だけどそれとこれとでは話が違う、と思う。


「フラーは俺と一緒が、嫌なの?」

「い、嫌ってわけじゃ……!」


 それはその、聞き方がズルい。

 ダメっていうのは簡単だけど、嫌だというとなんだか強く否定しすぎている感じがする。


 それにジルと一緒なのが嫌なわけではないのは事実だし……。


 カウンターにいる受付嬢が、「初々しいなぁ」とでも言いたげな、微笑ましそうな顔をしているのが気になる。


「それとも、俺と一緒なのがダメな理由がある?」

「そ、それは、だって私達別に、交際してるとか、婚約とかしてるわけじゃないし……」


 受付嬢が「えっ、嘘? その感じで?」とでも言いたげに、私達の顔を交互に見てくる。

 だって本当にそういう関係じゃないし、三日前に八年振りに会った友達なだけだ。


 ただ八年前の約束で、一緒に旅をしているだけで……。


「それだけ?」

「えっ? そ、そうだけど」

「それなら俺の方の言い分もいい?」

「ど、どうぞ」

「隣の部屋じゃ、いざという時にフラーを守れない。俺は君の騎士だから、ずっと側で守っていたい」

「っ……!」


 ジルはとても真剣で真っ直ぐな瞳で私にそう言った。

 なんだかその、そういう告白の雰囲気っぽいんだけど、これは違う、勘違いしちゃいけない。


 ジルは言葉通り、騎士としては私を守りたいというだけなんだ。


 だから受付嬢のお姉さん、その「きゃぁぁ! 言ったわ! この男性、ここで言っちゃったわ! さあお相手の女性、お答えは!?」みたいな期待した顔で私を見ないで!


「それでも、ダメ?」

「うっ……わ、わかったわ。受付さん、部屋を一つ取ってください」

「はい、かしこまりました♪」


 なんでこの受付嬢さんが一番テンション上がってるのかしら。

 私はなんだか疲れちゃったわ……。


「ありがとう、フラー。大丈夫、優しくするから」

「っ……や、優しく守るって意味よね!?」

「? それ以外に何かある?」

「それ以外にしか聞こえないから言ってるの!」


 だから受付嬢さん! そんなに興奮した顔で私達のことを見ないで!



 取った部屋は広々としていて、ベッドが二つ置いてある。


 やはりここは結構いい宿屋のようね。

 私はベッドの縁に腰掛けて、ほっと一息をついた。


 正直、旅を舐めてたわ……。

 軽い遠足感覚で始めようとしていた私を、魔法で吹き飛ばしてやりたい。


 まず第一に、道に迷う。

 だいたいは整備されている道を進んでいたけど、森の中で整備がされていない道なき道を進む時があった。


 その時に、本当に方向感覚がおかしくなってしまい、どっちから来たのかもわからなくなってしまった。


 ジルの生活魔法で方角がわかったので、なんとかなったけど。


 それと馬車、お尻が痛いわ……。

 ずっと御者席に座ってるから、さすがにお尻や腰に痛みがきてしまう。


 一人だったら本当にずっと手綱を握らないといけなかったけど、ジルがいるから交代出来るからまだマシね。


 あとは野宿も、一人だったら絶対にあんな暗くて怖い森の中で寝れなかったわ。


 ……旅に出てから本当に、ジルに助けてもらってばっかりね。


 そんなジルは持ってきた荷物の確認をしている。


 私みたいに疲れている様子なんて微塵も感じられない。


 ジルのほうが寝ていないし、私よりも動いているはずなのに。


「そういえばジル、道中で倒した魔物の素材はどうするの?」


 この三日間の間、森や草原を歩いている間に魔物が出てくることが何回かあった。

 私は生まれて初めて魔物を見たから、興奮と共に恐怖した。


 やはり初めて見る魔物は家畜やペットなんかとは違い、獰猛で、不気味であった。

 だけどそんな感情も、目の前でいきなり粉々になった魔物を見たら飛散した。


 目をまん丸にして驚いていると、ジルが「売れる素材をとってくる」と言って御者席を降りていたので、察した。


 おそらく魔法だったんだろうけど、まさに目にも留まらぬ速さで放たれていた。

 会ったに初めて遭遇した衝撃よりも、ジルの魔法がすごくてそっちの方に気を取られてしまった。


 何回かそんなことがあり、魔物の素材が溜まっているのだ。


 魔物に遭遇したら速攻でジルが倒してしまうので、私は一回だけジルに頼み、自分が放った魔法で倒したのだが、火の魔法で倒してしまったので素材は取れなかった。


 うん、だけど私も弱い魔物なら全く問題ないってわかったから収穫だわ。


「もちろん売りに行くよ」

「どこで売れるの?」

「素材によって買い取りをしているお店は違うから難しい。皮や鱗だったら武器屋とか、内臓系だったら薬屋とか」

「じゃあそれぞれに売りに行くの?」

「いや、少し買取価格が安くなるけど、全部の素材を買い取ってくれるところがある。商人ギルドか、冒険者ギルドだけど」

「冒険者ギルド!?」


 私はその名を聞いて、思わず声を出してしまった。

 だって冒険者ギルドは、私がずっと憧れていたところだったから!


 私はずっと旅を、冒険をしたいと夢見ていた。


 そんな「冒険」って名前がついてるギルドよ?


 絶対に面白そうじゃない!


「この街にあるの!? どこにあるの!?」

「どの街には大抵ある。建物の大小はあるけど。また街の人に聞いてみないと」

「じゃあ行きましょう! まだ夕方くらいだからやってるわよね!」

「フラーも来るの? 疲れてるみたいだから、俺一人でいいけど」

「絶対に行くわ! ずっと冒険者ギルドに行きたかったんだから!」


 確かに多少疲れているが、冒険者ギルドに行きたい気持ちのほうが全然大きいわ。

 その存在を知ってから数年間、ずっと行きたかったんだもの。


「冒険者ギルドに行く? 商人ギルドのほうがいいとは思うんだけど」

「もちろん冒険者ギルドよ!」


 ジルは商人ギルドのほうがいいらしいけど、私は絶対に冒険者ギルドがいい!


「……わかった。とりあえず行こうか」

「ええ、そうしましょう!」


 ということで荷物を部屋に置き、私達は街に繰り出した。


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