第8話 その頃、王城では
フラーとジルが旅に出てから、翌日のこと。
オーウェン王国では、慌ただしい日を迎えていた。
兵士がバタバタと動き、貴族達も何やら忙しそうに仕事をしている。
そんなこともつゆ知らず、第一王子のバンゴは父親であるオーウェン王国の王、ヒガイ陛下に呼ばれていた。
何故呼ばれたのかわからず、とりあえず父親が待つ玉座の間へと向かうバンゴ。
昨日の下等な騎士によって足を氷漬けにされてから、まだ足が本調子じゃない。
そのことに苛立ちながらも、玉座の間へと着き、真面目な顔をしている父親と話す。
「お呼びでしょうか、父上」
玉座に座っているヒガイ陛下、その隣にいる少し顔色が悪い宰相。
「……昨日の祝勝会で、お前に聞きたいことがあってな」
「祝勝会、ですか?」
ヒガイ陛下は野暮用があったので祝勝会に出ていなかった。
そのことについて聞きたいと言われて、バンゴはピンっときた。
「父上、もしかしてあの騎士のことですか?」
バンゴの言葉に、陛下の眉がピクッと動く。
どうやら当たったようだ。
「それなら父上、私はあの下級貴族の下等な騎士に攻撃を受けました。あろうことか、第一王子である俺に向かって、攻撃をしたのです。これは断罪すべき許されざる行為です」
バンゴの説明を聞いて、どんどんと顔が強張っていく陛下。
やはり父上も、息子である自分のことを心配してくれているのだろう、と思い話を続ける。
「あの下等な騎士、確か名前はジルローラといったか。現在、王都を抜けて逃亡中ということですが、すぐさま全兵士を出兵して捕らえて極刑に処すべきかと」
「……ふざけるな!」
バンゴの説明に、怒りが抑えきれなかったのかそう叫んだヒガイ陛下。
「ええ、本当にその通りです、父上。あの下等な騎士は……」
「ジルローラのことではない! 貴様のことだ、バンゴ! ふざけた真似をしおって!」
「はっ?」
その言葉に耳を疑うバンゴ。
しかし父上であるヒガイ陛下は続ける。
「貴様、あの男の価値がわかってるのか!? 周辺王国最強、いや、世界最強の騎士だぞ!?」
「は、はぁ……ですが一介の兵士であることに変わりないのでは?」
バンゴの言葉に、話にならないというようにヒガイ陛下は頭を押さえた。
「宰相、貴様、この馬鹿息子にジルローラの戦績を教えていないの?」
父上の「馬鹿息子」という言葉にイラッとしながらも、バントはとりあえず話を聞く。
「い、いえ、その……」
「……バンゴ、貴様、ジルローラの戦績を言ってみろ」
「一つの魔法で百人の敵を倒し、剣の一振りで斬撃が飛び大木を斬り裂く、と聞いております」
バンゴは半笑いをしながらそう言った。
こんな誇張された話、誰が信じるのかといったように。
バンゴの予想通り、父上は宰相に怒鳴る。
「宰相、貴様、本当にそう伝えたのか!?」
「す、すいません! 本当のことを言っても、信じてもらえないと思いまして、つい控えめにして伝えてしまいました……!」
「……はっ?」
宰相の言葉に、目を丸くするバンゴ。
今の誇張したはずの説明が、控えめの説明……?
「ど、どういうことですが、父上」
「ジルローラの魔法は、幾千の兵士を吹き飛ばす。あいつの魔法一つで、戦争が終わるほどだ」
「なっ!? そ、そんなことは可能なのですか!?」
「もちろんジルローラもそんな魔法をポンポンと使えるわけじゃない。だがあいつは魔法陣を自分で一時間で書き、一人でそれを行使した。何千人もの魔法使いが一斉に魔力を込めないといけない魔法陣を、ジルローラは一人でやってのけるのだ」
「そ、そんな馬鹿な……!?」
「しかも剣のほうも、大木を斬り裂くだと? あいつが斬撃を飛ばして斬った魔物は、サーペントドラゴンだぞ!?」
「サ、サーペントドラゴン!?」
その魔物はこの国に住んでいる者なら誰もが知っている、最強の魔物。
姿形はほとんどヘビなのだが、その体格がとてつもなくデカい。
体長は二十メートルを超え、胴体の太さは二メートルを超える。
その強さからドラゴンと名付けられているほどだ。
そんなサーペントドラゴンを、飛ばした斬撃で斬った?
「そ、それは本当なのですか!?」
「ああ、証人は私だからな」
ヒガイ陛下はまだ頭を押さえながらも話す。
「私が他の街に行く時に、突如サーペントドラゴンに遭遇したのだ。強大な、馬車の十倍ほどある体躯……あれは死んだと思った」
サーペントドラゴンが出たら、騎士が数百人はいないと勝てないだろう。
たとえ陛下の護衛といっても、せいぜい数十人程度、勝てるわけがない。
しかしヒガイ陛下は生きている、ということはそのサーペントドラゴンを誰かが倒したということだ。
「本当に一瞬だった……ジルローラが剣を抜き、たった一人振りした瞬間にサーペントドラゴンの首が真っ二つになったのだ。あれを見た時、私はジルローラこそ、世界最強の騎士だと理解した」
まさ、本当に、あの下級貴族の下等な騎士がそんなに強いなんて、バンゴは全く知らなかった。
あの一瞬で出した氷の魔法、あれを出すのは難しいとはなんとなく貴族学院で習った覚えはあったが、その程度なのだろうと思っていた。
しかし今の話を聞くと、あれくらいの魔法はジルローラにとっては何の気もなしに出せるような魔法なのだろう。
あの時、ジルローラが本気を出していたら……バンゴの下半身は今、少しも動かなかったか、それともその心臓すら動いてなかったかもしれない。
「そんな世界最強の騎士を、貴様は……この国から追い出したというのか!?」
「だ、だけど父上! あいつは第一王子の俺に攻撃を……!」
「知らん! 世界最強の騎士の価値に比べれば、お前が怪我を負ったところでどうでもよいわ!」
「なっ!?」
第一王子で息子でもある自分に、まさか父上がそんなことを言うとは夢にも思わなかったバンゴ。
「宰相、次の戦いはいつだ!?」
「い、一ヶ月後のナヴィル王国との戦いです。その次は数週間後、バイタツ王国とも……」
「くっ、ジルローラがいないと話にならんぞ……!」
今までの戦いは全戦全勝だったオーウェン王国だが、それも全てジルローラの力のお陰。
ジルローラがいなければ、この国の軍事力はそこまで強くない。
戦いの連戦をしていて騎士の消耗も激しいので、一ヶ月後のナヴィル王国に勝てるかもわからない。
少なくとも、ジルローラがいなければ確実にその次のバイタツ王国との戦争は負けるだろう。
「宰相! ジルローラは本当にこの国を出て行ったのだな!?」
「は、はい、すでに国家反逆罪ということで周知し、捜索をしていますが……」
「罪状などどうでもいい! あいつは私の矛だ! ジルローラを操り、私はこの世界の王になるのだぞ!」
ヒガイ陛下は苛立ったようにドンっと膝置きに拳を振り下ろす。
「必ず連れ戻せ! 罪状はそのままでいい! 犯罪者として連れ戻して、奴隷として戦わせたほうが都合がいい!」
「は、はい、かしこまりました!」
ヒガイ陛下は宰相にそう叫び、キッと息子のバンゴを睨む。
「バンゴ、お前のせいでこうなったのだ! お前もあいつを連れ戻しに行ってこい!」
「わ、私がですか!? そんなのそこらへんの騎士に行かせれば……!」
「黙れ! お前のせいなのだから、お前が責任を取れ! それと次の戦争で負けたら、この国の第一王子としてお前を相手の国に引き渡すからな!」
「なっ!? ほ、本気ですか父上!? そ、それだけは……!」
敗戦国の第一王子を差し出す、ほとんどの場合、それは見せしめとして処刑となる。
「嫌だったらジルローラを連れ戻せ! 必ず、絶対にだ!」
「は、はい!」
バンゴは父上の言葉が本気だと理解し、恐怖しながら玉座の間を退出した。
その後、部屋に戻ると安心したのか、恐怖の感情が怒りの感情へと変わっていく。
「なんで俺がこんな目に……!」
一人の騎士を捕らえるために、国を出て探しに行くことになるとは。
第一王子である自分が、なぜこんなにも理不尽な目に遭わないといけないのか。
ただの騎士だと思っていたのに、世界最強なんて誇張した噂だと思っていたのに。
「宰相の野郎が、俺にちゃんと説明していれば! そうしたらこんなことになってない!」
だが宰相じゃなく、父上の陛下が言ったからこそ信じられたというのもある。
もともと宰相が言っていた「魔法一つで百人を倒した」や「斬撃を飛ばし大木を斬った」すら信じていなかったのだ。
さらにその上のことを言われても、信用しろというほうが無理だろう。
「そもそも、どうしてこうなった!? あのジルローラという騎士が、いきなりこの国を出ていくって言ったからいけないんだろ!」
そしてバンゴはしっかり、そこで止めてやったのだ。
しかもかなり破格の条件、第一王子の権限で男爵から公爵にするというものを与えてまで。
「それを断ったあいつが悪いんだろ!」
あそこでジルローラが断っていなければ、何も問題なかったのに。
そうすればバンゴは何事もなく、今まで通り生活出来ていたのに。
しかもそこまでして捕らえても、その騎士を国家反逆罪で処刑出来ない。
戦争の道具として使わないといけないので、そこまでの拷問も出来ないだろう。
こんな屈辱的なことはない。
「待てよ? ジルローラは、あの女……フラーディアになぜか執着していたな」
あの祝勝会の時に、ジルローラはフラーディアと一緒に話してて、この国を出ていく理由もフラーディアと一緒に行くということだったはずだ。
「なら……全部、あの女のせいということじゃないか!」
バンゴは自分が憎むべき相手を、とうとう見つけた。
「あの女……俺の思い通りにならないばかりか、俺の邪魔をしやがって!」
苛立ちが最高潮に達し、部屋にあったものを壁に投げつけた。
ガラス製のグラスがパリンと割れ、床に落ちる。
「あの女、ただじゃおかん……! 絶対に見つけて、報いを受けさせてやる!」
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