第7話 綺麗だけじゃない



 そして今日、その時が訪れた。


 いつも通り気の乗らない祝勝会に招待され、断るわけもいかずに行くと、フラーの姿があった。


 しかもいつもはその隣に第一王子がいるのだが、今日の祝勝会に限ってはいなかった。

 祝勝会が始まり、近寄って来る女達を適当にあしらいながら周りの話を聞くと、フラーと第一王子が婚約破棄したとのこと。


 ジルは直感で、「フラーはもう、旅に出るかもしれない」と思った。


 だからフラーに勇気を出して話しかけにいったのだ。

 自分のことを完全に忘れられているかもしれない、という怖さもあったが、今日話しかけにいかなかったら、一生後悔すると思ったから。


 そして結果は、この通りだ。


 フラーは自分のことを思い出し、約束のことも少しだけ思い出してくれた。

 ジルにとってはあの約束が全てで、フラーの騎士になるために努力し続けたのだ。


 フラーは約束を全て思い出したわけじゃないが、それは仕方ない。


(俺が覚えていれば、それでいい)


 今隣にいるフラーの寝顔を見て、心の底からそう思う。


 ようやく、この距離に来れた。

 ずっと遠くで見守っていたが、今日からは直接守ることが出来る。


 決して傷つけるわけにはいかない。


 だから――。


「出てこい。そこにいるのはわかっている」


 ジルは森の暗闇の中に潜む者に、冷たい口調で話しかけた。

 数秒ほど時間が経ち、誰も出てこない。


 仕方ない、と思いジルは立ち上がり、自分から暗闇の中に行こうとした時、


「待て、待ってくれ!」


 一人の男が暗闇の中から、焚き火の光に当たるところに出てくる。

 両手を挙げ、いかにも戦闘の意思はないとでも言いたげに、慌てた様子で。


 服は薄汚いものしか着ておらず、所々に大きな穴が空いている。


「俺は街で商人をしているザイガって者だ! 怪しい者じゃねぇ!」

「……」


 ザイガと名乗る男の言葉に、ジルは冷たい視線を送り続ける。

 まだ両手を挙げながら話し続けるザイガ。


「この先は行かない方がいい! 盗賊がいて、俺は商品や馬を取られちまったんだ。恐ろしい盗賊だ、俺は命があるだけでも助かったと思ってるぜ」


 自嘲するように笑うザイガ。


「そ、その、すまないが、靴はねえか? 裸足で森を歩くのはキツいんだ」

「……」

「ど、どうなんだ?」


 ザイガはそう言って両手を下ろし、ジルに近づこうとする。


「動くな」

「お、おっと、すまねえ」


 ジルの言葉で止まり、ザイガはまた両手を挙げる。

 しかしその顔はなぜかニヤニヤとして嗤っていた。


「ひひひっ……」

「……」

「……っ? な、なんでだ、どうして……?」


 嗤っていたザイガが、何か異変を感じたのか周りを見渡し始める。

 その顔は焦った表情をしていた。


「貴様の仲間は、すでに仕留めている」

「なっ!?」


 ジルの言葉に、ザイガが目を見開いて驚いた。


「両手を下げたのが何かの合図か? 知らないが、その前にもう全員仕留めてある。十五人、盗賊か、貴様ら」

「こ、こんな暗闇の中どうしてわかった!? いや、まずどうやって俺の仲間を……!?」

「明かす必要性を感じられないな」


 ザイガはその言葉、そして今の状況に、人生で最大の恐怖を感じる。


 盗賊団の下っ端のザイガは、一番危険な敵の前に出て囮になるという役をやらされていた。

 暗闇の中から光のもとへ出た瞬間、その時が一番攻撃される可能性が高い。


 その時に攻撃をされなかったから、今回の仕事は勝ったと思っていた。


 そしてジルの言う通り、油断を少しでも誘ったザイガが両手を下げた瞬間、一斉に攻撃が始まる予定だった。

 周りにはザイガよりも強い十五人の盗賊の仲間がいたはず。


 それなのに一人も、最初からいなかったかのように出てこなかった。


 これならまだザイガを見捨てて全員が逃げ帰ったといった方が、現実味がある。


 しかしジルは、ザイガの仲間の数を正確に当てた。


「ひ、ひぃっ!?」


 ザイガはジルに背を向けて逃げようとする。


 数秒間走り、仲間の一人が隠れていた場所に通りすがる。

 そこには首と胴体が分かれていた仲間が倒れて伏していた。


 そして次の瞬間……ザイガの首と胴体も、二つに別れた。



 盗賊を始末したジルは、荷車で眠っているフラーを見る。


 どうやら深い眠りについているようで、起きてはいないようだ。


 ジルは一度、深くため息をついた。


 疲れたわけじゃない、数多もの戦場を渡り歩いたジルが、こんなことで疲れるわけがない。


 しかし先々が少しだけ不安になっただけだ。


 フラーは、この世界を見て回りたいといって旅に出ている。

 子供の頃に聞いた、「私達が見ている世界は小さく、この世界のほんの少ししかなく。私達はこの世界の大部分を見ることなく死んでいく」という言葉を信じて。


 フラーは貴族に生まれ、第一王子に好かれてしまい、王都から一歩も出たことがない。


 だがジルはすでに騎士としてこの国を出ているから、フラーよりかはこの世界を知っている。


 もちろんフラーが望んでいるような綺麗な世界、美しい世界というものはある。

 しかし……この世界にはもちろん、今のような汚れた部分、嫌な部分も存在する。


 それを見た時、フラーがどう思うのかがとても心配だ。

 失望して、もう旅をやめる、となるかもしれない。


 ただでさえフラーは夢みがちなところはある。


 それが崩れた時、どうなるのか。


(だけど……俺がやることは、変わらない。フラーを守る騎士であること、ただそれだけだ)


 寝ているフラーの横に座り、軽く髪を触るように頭を撫でた。

 さらさらとした金色の髪は、とても触るのが気持ちよかった。


(……クセになるかもしれないな)


 起こさないように優しくだが、ずっと撫で続けるジル。

 それから夜が明けて、フラーが目覚めるまで全く飽きずに撫でていた。


 もちろん、フラーが目覚める瞬間を察知してやめたので、フラーには全く気づかれていなかった。


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