第6話 ジルの気持ち



 二人はオーウェン王国の王都から出発したが、さすがに日もほとんど沈んでいたので、王都を出てから数時間後ほどの森の中で野宿することにした。


 まだ日は沈む前だったが、日が沈んでから野宿の準備をするのは遅い。

 日がまだ出ている間に、野宿の準備をしたほうがいい、とジルが提案した。


 旅に出たいとずっと願っていたフラーだが、一回も街を出たことがないので、そういった知識はほとんどない。


 フラーが一人で出発していたら、一日目で早々に大変な目に遭っていたに違いない。


 そんなフラーだが、すでにジルの隣で眠っている。

 野宿の準備をして、夜食を食べたらすぐに眠ってしまったのだ。


 野宿や夜食を準備している時は、とても楽しそうで元気だったのだが。

 ジルとしてはいつもやっていたことを、こんなにも楽しそうにしているフラーと一緒に出来て、新鮮味があってよかった。


 今日はいろんなことがありすぎたので、フラーは自分も気づかぬ間に疲れが溜まっていたのだろう。


 今は野宿で馬車の荷車に適当に敷いた毛布の上で眠っている。


 さっきまで、


『街頭がないと、外ってこんなにも真っ暗なのね。あっ、だけど星がとても見えるわ。ほら、ジル、とても綺麗よ』

『外で物を食べるのも何年振りかしら。あとはパンを手で持って食べるのも。普通はこうやって食べるわよね』

『焚き火って初めて見たけど、なんだか落ち着くわね。パチパチってなる音とか、ゆらゆら揺れる炎の淡い光とか……』


 などなど、いろいろと楽しそうにはしゃいでいた。


 最後の焚き火のことを言っていた時には、もうすでに疲れ切って眠る寸前だったが。

 ジルも多少疲れているが、まだまだ全然起きていられる。


 二人での野宿ではどちらかが火の番をしてないと、寝ている間に魔物などに襲われてしまう。


 普通は交代で火の番をするのだが……この調子じゃ、フラーは朝まで起きなさそうだ。


(まあ、問題ない)


 ジルは三日三晩寝ずに戦い続けることも出来る。

 たった一日徹夜したくらいで、根を上げるようなことはない。


 しかも今は……。


(フラーが隣にいて、俺が体調を崩すなんてことはありえない)


 荷車で寝ているフラーの寝顔を見る。


 とても穏やかな寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っていた。


 どこか笑っているようにも見えて、何かいい夢を見ているのかもしれない。


(……夢のようだ)


 だがジルにとっては、今の状況こそ夢のようだった。


(もうフラーとは、話すことは一生ないと思ってた)



 約八年前、ジルとフラーは初めて出会った。

 お互いに貴族だったが下級貴族だったので、貴族学院には行けずに平民学校で出会った。


 ジルは幼い頃、自分に自信がなく、学校の授業でもいつもみんなについて行けていない、いわゆる劣等生だった。


 平民学校なので平民の子供が多く、貴族というだけであまり良い目を向けられなかった。

 そこに劣等生の貴族という格好のマトが出来たことにより、平民の子に虐められていたのだ。


 いつも人目につかないところで剣術や魔法の練習といって、昼休みなどに攻撃されていた。


 勇気を出して親に相談しても「貴族であるのに平民に虐められているなど、末代までの恥だ! 自分でやり返せ!」と言われてしまった。


 騎士として成り上がって貴族になった父親に相談しても、むしろ逆効果だった。


 だが勇気も持てず、実力も全然なかったので、日に日に虐めが酷くなっていく。


 そんな時に、隣のクラスのフラーに助けられたのだ。

 フラーは明るくて、とても優しく、誰にでも分け隔てなく接する子だった。


 貴族の娘なので平民と仲良くするのは難しいはずなのに、誰とでも仲良く接していた。


 成績もとても優秀で、同世代の中で魔法の腕はダントツだった。


 そんなフラーに助けてもらい、その後にも虐められないようにと一緒に昼飯を食べもらっていた。

 いつしかジルは、フラーのことを憧れの目で見るようになった。


 フラーのように強くなりたい、そう思うようになった。


 そんなある日、フラーと昼ご飯を食べながら話していた内容が……ジルの人生を変える。


『ねえジル、先生が言ってたんだけど、私達が見ている世界って小さいんだって!』

『どういうこと……?』

『私達がいるこの街は、世界から見るととっても小さいんだって』

『……この街、大きいよ?』

『小さいの!』


 満面の笑みでそう言うフラー、ジルにはその顔がキラキラとして見えた。


『だけどこんな大きくて見渡せない街が、この世界からすると私達みたいな子供よりも小さな存在らしいのよ!』

『ほんと? すごいね』

『だから私、決めたの!』


 フラーは上を向き、空を見上げながら語る。


『いつか私、この世界を見る旅に出るの!』

『旅?』

『うん! そんな広い世界を知らずに死ぬなんて、もったいないじゃない! 旅をして、いろんなところを見たら、絶対楽しいわよ!』


 フラーの言葉に、ジルは息を呑んだ。

 子供ながらにその時、フラーは本当にこの街、この国を出て、本気で旅に出るということがわかってしまった。


 置いてかれたくない、と思ったのか。それとも他の感情が働いたのかわからないが、ジルは咄嗟に言う。


『じゃあ僕は……騎士になる』

『ん?』

『フ、フラーのことを危ないものから守れる、フラーの騎士になる』

『ジルが? 私のほうが強いわよ?』

『ぼ、僕も強くなる! フラーよりも、もっと!』


 成績でいえば一位と最下位の二人、他の者がジルの言葉を聞けば嗤ってしまうだろう。

 しかし、フラーは笑った。


『ふふっ、じゃあ私より強くなってね、ジル。約束よ?』

『う、うん! 約束!』

『そしたらいつか、私達でこの世界を旅しようね!』

『うん!』


 その約束をした、数週間後。

 フラーが成績上位者として、貴族学院の見学をしに行った時に、第一王子のバンゴに気に入られて、貴族学院に転校することが決まった。


 だけどそれからジルは、その約束を一日たりとも忘れたことはなかった。



 フラーと離れてからも、ずっと努力をし続けたジル。


 魔法も剣術も学年最下位だったが、一年後には一位に躍り出た。

 虐めなどなくなっていて、虐められそうになっても返り討ちに出来た。


 十二歳で平民学校を卒業して、騎士団に入るまでの四年間、さらに磨きをかけた。

 現役の騎士である父親から血反吐を吐く特訓を受け、それでも根を上げずに努力し続けた。


 十五歳の頃、その父親が戦争で亡くなった。後を追うように母親も病気で亡くなったが、努力をし続けた。


 感情を殺し、たった一つの約束を胸に抱えて。


 そして十六歳で騎士団に入り、それからジルの伝説は始まった。

 全ての戦いで無双し、ほぼ一人で敵を壊滅させていく。


 その名が周辺の国家にも轟き、世界最強と言われるまでに至った。


 そんな時……フラーと、再会を果たした。

 八年間会っていなかったが、会った瞬間にわかった、フラーだと。


 しかしフラーは、ジルのことを覚えていなかった。


『初めまして、ジルローラ様。フラーヴィア・エヴォ・ハーパネンと申します。どうぞお見知り置きを』


 フラーにそう言われて、とてもショックだった。


 しかもフラーは、第一王子の婚約者になっていると聞いた。

 自分だけしかあの約束を覚えていないと思い、裏切られた気分だった。


 フラーはもう、この世界を見て回る旅に出るつもりはないのかもしれない。

 小さい頃に「フラーは本気で旅をするつもりだ」と謎の確信を持ったが、あれもまやかしだったのか。


 そう思っていたのだが、久しぶりに会った時のフラーの様子が何かおかしかった。


 ジルの記憶にある限り、フラーはあんな愛想笑いをしないし、無理をしてる感じが出ていた。


 その後、フラーと第一王子について調べると、どうやら第一王子が無理やりしている婚約だったようだ。

 フラーの家は男爵なので、王族であるバンゴに逆らうことなど不可能だろう。


 そのことに気づき、第一王子に怒りを覚えると同時に、ジルは安心した。


 やはりフラーは変わっていないのだと。


 それなら、自分がやることはただ一つ。

 フラーが第一王子から解放されるまで、この国の騎士として働く。そうすれば直接的じゃなくても、フラーを守れる。


 フラーが旅に出ると決心した時、自分はそれについていくだけだ、と。


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