第3話 世界最強は、幼馴染?
「フラー」
「えっ?」
名前を呼ばれて振り向くと、そこには……最強の冷酷騎士、ジルローラ様がいた。
いや、ジルローラ様がいたことにも驚いたが、彼は今何と言った?
私の聞き間違いじゃなければ、「フラー」と言ったはずだ。
私の名前はフラーヴィアだが、親しい人からはフラーと呼ばれている。
今では両親くらいしかそう呼ぶことはないが……。
「ジ、ジルローラ様、お初にお目にかかります。会えて光栄ですわ。私、侯爵のマルヤーナ・ダル・ユッカンネ様と申します」
マルヤーナ様がジルローラ様にそう挨拶をする。
突然来たことに驚いていた様子だが、立て直して挨拶をしたようだ。
マルヤーナ様の周りにいる女性達も、一緒になって挨拶をし始める。
だがジルローラ様は、マルヤーナ様達の方を全く見ない。
ずっと私の目を、見続けてくる。
身長差が二十センチ近くあるから、完全に見下ろされているのだけれど。
私も挨拶しないとダメ? いや、そうよね、ダメよね。
「ご、ご無沙汰しております、ジルローラ様。フラーヴィアです」
「……知ってる」
「あ、えっ? お、覚えていてくれたのですね」
「フラーは覚えてる?」
「えっと、何をでしょう?」
「……」
「ジ、ジルローラ様のお名前のことでしょうか? もちろん覚えております」
さっきもみんなの前で名前の紹介があったし、これほど今この国で有名な人物の名前を忘れるわけがない。
そう思ったのだが、私の答えが気に食わなかったのか、ジルローラ様は眉を少し顰めた。
「違う。俺のこと、覚えてる?」
「え、えっ? どういうことでしょう?」
ジルローラ様が何を言いたいのか、よくわからないわ。
というか彼がこんなに喋っているのを初めて見たから、それにも驚きだ。
こういう場で彼から話しかけにいくところを見たことがない。
そして周りもそうなのか、めちゃくちゃ注目を浴びている。
マルヤーナ様だけじゃなく、この会場にいる全員の目がこちらに向いているのでは、と思うくらいだ。
こんなに注目浴びたくないのだけれど……!
「……忘れちゃった?」
そう言って首をコテンと傾ける。
そんな子犬みたいな仕草をするとは思わなかった、可愛いけど。
ジルローラ様の言い方から推測するに、私とジルローラ様は昔会ったことがある?
バンゴ様と一緒にご挨拶した時、じゃなくて、もっと前に?
「俺、ジルだよ。忘れた?」
「じる……ジル?」
「うん」
コクンと頷くジルローラ様。
いや、ジルローラという名前なんだから、ジルでしょうよ。
私の「フラー」みたいな愛称ということだろうか?
そういえばジルローラ様は、私のことを「フラー」と呼んだ。
私のことを「フラー」と呼ぶ同年代の人なんて、昔に通っていた平民学校でしかいないはず……もしかして、ジルローラ様も平民学校に通っていた?
ありえる、私はどちらも通っていたけど、貴族学院では剣術を学ばない。
ジルローラ様は剣術も出来るみたいだから、平民学校から出ているのだろう。
平民学校で、私のことを「フラー」と呼ぶくらい仲が良くて、ジル……えっ?
う、うそ、もしかして……!
「あ、あの、泣き虫のジル……?」
私がそう言うと、ジルローラ様は顔を顰めた。
「……もう何年も泣いてないから」
「嘘っ!? 本当にあのジルなの!?」
隣のクラスで同じ男爵なのに、平民に虐められているという貴族の子がいた。
いつも虐められて泣いていて、何回か私がその虐められているところに出会わせて、助けたことがある。
その子の名前が、ジル。
そういえば本名は長くて覚えられなかったから、「ジル」とだけ覚えていた。
学校に通っていた頃は私よりも小さくて、泣いてばっかりの可愛らしい子だったはずなのに。
「よかった、覚えてたんだ」
「も、もちろんよ。数少ない親友だもの」
十八歳にもなれば女の私よりも大きくなるのは当たり前だけど、まさかここまで成長しているとは。
それに成長といえば、世界最強と言われるまでに至った強さだ。
虐められていたジルが、まさかそんなに強くなるなんて……。
「本当にジルなの? なんか信じられないわ」
「そうだよ。俺は最初から、フラーのこと気づいてたけど」
「えっ、最初からって……バンゴ様と一緒に挨拶した時から?」
「うん」
まさかその時からジルが私を「フラー」だと認識していたなんて。
いや、顔に出なさすぎでしょ。
本当に少しだけ目を見開いていたのは覚えてるけど。
「ごめんなさい。まさかあのジルがこんなに成長してるとは思わなかったから」
「……八年も会わなかったら、変わるよ」
「ふふっ、そっか、そうね。八年ぶりね」
私がバンゴ様に目をつけられ、平民学校から貴族学院に転校したのは十歳の頃。
それから一度も会っていなかった。
「今日は、バンゴ様と一緒じゃないの?」
「っ、えっと……知らない?」
「何を?」
ジルは本当に何も知らなそうに首を傾けた。
そういえば今見ると、昔もこんな仕草をしていた気がする。
「私、バンゴ様に婚約破棄されてしまったのよ」
「……そうなんだ」
「……えっ、今笑った?」
「笑ってない」
ジルの口角が少し上がった気がしたけど、気のせいだった。
というかバンゴ様という名前が出たことで気づいたけど……ここ、祝勝会の会場だった。
ジルとの再会にビックリして周りを見ていなかったけど、視線がグサグサと刺さっていることにようやく気づいた。
私達の会話を聞こうとしている人が多く、私達以外の会話がほとんどない。
「じゃあさっきの会話の相手がいないってのは、そういうこと?」
ジルはこの周りの状況を気づいていないのか、それともなんとも思っていないのかわからないが、普通に会話を続ける。
「えっ、聞いてたの?」
「……聞こえたんだ、耳がいいから」
「そうなの、すごいわね」
最強の冷酷騎士ともなると耳もいいらしい。
「そうね。だけど問題ないわ、もうこういう場に来ることもないだろうし」
「……どういうこと?」
すごい周りが聞き耳を立てているけど、もう言っちゃって構わないわね。
「私、この国を出るつもりなの。多分今日中には」
「っ、なんで?」
「今日、家から勘当されると思うから」
「……そう、なんだ」
私がそう言うと、ジルの表情は変わらないものの、少し落ち込んでいるように見える。
久しぶりに会ったのに、暗い話をしてしまった。
だけどジルが聞いてきたから、そう答えるしかなかった。
会うのはこれっきりになるかもしれないけど、最後くらい明るく振る舞おう。
そう思って話そうとした瞬間――。
「じゃあ、俺も行く」
「……えっ?」
「俺も、フラーと一緒に旅についていくよ」
「え、えええぇぇ!?」
私は思わず叫んでしまった。
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