第2話 最後の祝勝会で


 そして、翌日――。

 私は王城で行われている、祝勝会に来ていた。


 昨日と色や形が違う堅苦しいドレスに身を包み、軽い笑みを浮かべてグラス片手に一人で立っている。


 周りでは招待された貴族の人々が歓談しているが、私には貴族の友達など一人もいない。


 そして大体の人は男女ペアで来ているようだが、私にはもちろん相手はいない。


 今までもこういう場に出たことはあるのだが、その時はバンゴ様が隣にいてくださって、私は一歩下がってついていけばいいだけだった。


 だから私から誰かに話しかけることもなく、話が振られたら笑みを浮かべて答える。


 それしかしてこなかったので、一人で来た時の立ち回りが全くわからない。


 しかも……私の今の状況は、最悪に尽きるわね。


 まずここに呼ばれている貴族は、私のような下級貴族は一人もいない。


 最低でも中級貴族、ほとんどが上級貴族しかいない。


 今までもそのことで白い目で見られていたのだが、まだその時は第一王子の婚約者ということで何も言ってくる人はいなかった。


 しかし……今の私は王子の婚約者でもない、ただの下級貴族。


 すでにそのことがこの祝勝会にいる人達には知れ渡っている。


 なぜなら、この場にいるバンゴ様の隣には、すでに綺麗な女性がいるからだ。

 第一王子なので少し高めの壇上で、豪華な椅子に座ってらっしゃるバンゴ様。


 そのすぐ近くに腰掛け、距離感が違い綺麗な女性が一人。


 二人はグラスを片手に話しており、時折こちらを見て薄ら笑っている……気がする。


 誰がどう見ても、私が捨てられたという構図が出来上がっている。


 まあ、実際にその通りなんだけれど。

 今まで私のことを羨ましそうに見ていた中級や上級の貴族の女性方が、嘲笑ったような顔で見てきているのがわかる。


 そのような顔を誰も全く隠そうとしてないから、とてもわかりやすい。


 両親にはこの祝勝会でバンゴ様とよりを戻してこいと言われているが、もう無理でしょうね。

 いや、もともと戻すつもりもなかったけど、あったとしても絶対に不可能だ。


 私はため息をついて、持っていたワインを飲む。


 おそらく高級で美味しいワインなのだろうが、残念ながら私の口には合わないみたいね。

 こんな場所で出会わなければ、もうちょっと美味しいと思えたのかもしれない。



 そんなことを考えていたら、宰相の男性が壇上で会場全体に聞こえる声で喋り出した。


 おそらく魔法で声を大きくしているのだろう。


「えー、皆様。本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。ささやかなものですが、楽しんでいただけると幸いでございます」


 会場の中でまばらな拍手が起こる。私も適当に手を叩いておく。


「本日の祝勝会は、先日の隣国との争いにおいて勝利を収めました、我が国の騎士団を讃えるものです」


 ここ最近、オーウェン王国は戦いにおいて無敗である。

 理由は、ただ一つ……いや、ただ一人。


「その騎士団で最も活躍している騎士を、祝勝会に招いております」


 宰相の言葉に、会場中に歓声が響いた。

 この場にいる全員が、その騎士を知っているからだ。


「ジルローラ・ベルマン・シュテルン殿です!」


 そう言うと同時に、宰相の後ろから一人の男性が出てきた。


 白銀の短い髪、サラサラとした綺麗な髪を片耳にかけていて、それだけで色気を感じる。

 つり上がっていて大きい目は、洗練された雰囲気を醸し出す。


 無表情で凛とした立ち振る舞いは、騎士らしい堂々としたものだ。


 一人だけ軍服であるが、それが彼の良さを引き立てている気がする。


 身長が高くてスタイルもいいので、どんな服も似合いそうだが。


 オーウェン王国最強……いや、周辺の国でも「世界最強」と噂されている騎士。

 ジルローラ・ベルマン・シュルテン。


 私はその戦いぶりを見たことはもちろんないが、圧倒的らしい。


 今までこの国は別に戦いに強かったわけじゃないが、ジルローラ様が騎士団に入られてからは無敗とのこと。

 しかも戦いの数が少ないわけじゃなく、むしろここ最近は増やしているにも関わらずに、だ。


 ジルローラ様がどれだけ強いか、想像も出来ないわね。


 なんでも「冷酷騎士」と言われているそうだが、氷魔法を使うからなのか、それとも……。


「ジルローラ殿、本日はお越しいただきありがとうございます! ぜひ楽しんでいただけたら幸いでございます!」


 宰相が隣に立っているジルローラ様に満面の笑みでそう話しかけた。


「…………はい」


 魔法で声を大きくしてるはずなのに、ギリギリ聞こえるような小さな声で返事をしたジルローラ様。

 うん、いつも通りね。


 私は何回かバンゴ様に連れられていた時に、ジルローラ様にご挨拶したことがある。


 その時も第一王子であるバンゴ様が「我が国は貴殿にかかっている、頼んだぞ」と言われていたのだが、あんな感じだった。


 ずっと無表情で、何を考えているかわからない。

 顔立ちは整いすぎているというほど綺麗なので、無表情でも絵になるのだが……。


 対応が冷たすぎて、「冷酷騎士」という名がついた、という噂もある。

 どっちにしても、世界最強であることは間違い無い。


 この国はジルローラ様がいる限り、負けることはないとみんなが思っているほどだ。

 だから今この国はいろんな国に戦争をふっかけているらしいが……私にはもう関係ないわ。


 この国を出て、旅をする予定なのだから。


 壇上では宰相が今回の戦いにおいて、ジルローラ様がどんな活躍をしたのか熱く語っている。


 それを聞いて貴族の人達はとても盛り上がっているようだ。


 いわく、百人の敵兵士相手に、一つの魔法で蹴散らした。

 いわく、剣を振るえば前方に斬撃が飛び、数十メートル先の大木すら切り裂く、などなど。


 さすがにそれは誇張しすぎでは? みたいな活躍がどんどん出てくるから、嘘か本当かよくわからない。


 だけど絶対的に真実なのは、この国が今のところ無敗なぐらい、ジルローラ様は強いということだ。


 そう思って宰相の話を聞いていると、壇上にいるジルローラ様と目が合った……気がした。


 結構遠くにいるので気のせいかもしれない。


 だけど私の方を見て、なぜかジルローラ様が目を少しだけ見開いた。

 本当に少しだけ、目の端がピクッと動いた。


 私は目が良いので、動いたのは確かに見えた。


 何かに驚いたのかしら?

 だけど私の方を見て、何に驚くことがあるの?


 すぐに私から目線を逸らし、またどこかわからない方向を向いていた。


 さっきのジルローラ様の顔、どこか既視感があったけど、思い出した。


 バンゴ様に連れられて初めてジルローラ様に会った時も、ああいう少し驚いた顔をしていた気がする。

 あの時は私が後ろからいきなり現れたから驚いたのかもな、と思っていたけど。


 なんか気になるけど、聞くことも別に出来ない。


 全く関係もない私がジルローラ様に近づいて、「なんで驚いたんですか?」と聞くことなんて出来ないだろう。



 そして宰相のジルローラ様の紹介が終わり、祝勝会がまた仕切り直して始まった。


 周りではいろんな方が集まって歓談をしているが、私は一人でただグラスを傾けて適当に過ごしている。


 おそらく私がこの祝勝会に呼ばれた理由は、侮辱目的でしょうね。

 バンゴ様と婚約を破棄された私が呼ばれる理由なんて、そのくらいしか思いつかない。


 周りではやはり私を嘲笑ったような表情をしている女性が多い。

 チラッとそちらを見ると、目線を逸らして話しているフリをする、とてもわかりやすい。


 周りの女性から見たら、下級貴族のくせに第一王子と婚約した玉の輿、目の敵という認識だっただろう。

 嫌われていたけど、第一王子の婚約者なので大きな声で蔑むことは出来なかった。


 だけど今回、婚約破棄されたので思う存分に蔑むことが出来るのだろう。


 なんならこの祝勝会、私の侮辱目的のためだけに開かれたと思ってきた。

 いや、それは自意識過剰かしら。


 おそらく本命は、あれね。


「ジルローラ様のご活躍、拝聴しました。とても素晴らしいですね!」

「……どうも」

「ところでジルローラ様は、お連れの女性はいらっしゃらないのですか?」

「……はい」

「でしたら今度のパーティ、お誘いしていただけないでしょうか?」

「公爵である私こそ、ジルローラ様と釣り合うと思うのですが、どうでしょうか?」

「……はぁ」


 ジルローラ様の周りに、何人もの女性が集まっている。

 全員が独身で、相手がいない貴族の女性達だ。


 こういうパーティは何回か開かれているようだが、ほとんど全部、ジルローラ様のお相手探しのようなものらしい。


 ジルローラ様はまだ十八歳という若さだからか、こういうパーティで連れて歩く親しい女性が一人もいない。

 私と同い年と聞いた時は、とても驚いたわ。


 彼の家自体は男爵で下級貴族のようだが、その強さと実績、さらには優れた容姿で、階級なんて関係ない、というぐらいにモテている。


 しかしジルローラ様はあの反応を見てわかる通り、誰が相手でも冷めたような対応をする。

 絶世の美女が身体を寄せて誘っても、眉一つ動かさない。


 普通の女性にとっては屈辱的だが、「そこがいい」という女性もいるようだ。

 まあ簡単に女性に靡かない硬派な男性、というのは良いだろう。


 バンゴ様とは全く逆のような感じね。


 貴族の女性からすれば、もしかしたら第一王子よりも狙いたいような相手なのかもしれない。

 私もバンゴ様よりかは、ジルローラ様の方がいいけど……いや、私はそんなことを言えるような立場じゃないわね。


 もう私は貴族じゃなくなり、旅に出るのだから。


 そんなことを考えていたら、遠巻きに私のことを嘲笑っていた女性の内の一人が、私の方に近づいてきた。


「ご機嫌よう、フラーヴィア様。楽しんでいらっしゃるかしら?」

「マルヤーナ様、ご機嫌よう。ええ、もちろんですわ」


 侯爵のマルヤーナ・ダル・ユッカンネ様……だったはず。


「ふふっ、それはよかったです。そういえば一人でいらっしゃるようですが、お相手はどうしましたの?」


 その言葉にマルヤーナ様の後ろにいる取り巻きのような女性達が、クスクスと笑い出す。

 性格の悪い人達のね、すでにわかっていることを聞きに来たみたい。


「……それが残念ですが、振られてしまいまして」

「まぁ、そうだったんですか。それは失礼なことを聞いてしまいました、申し訳ありません」


 マルヤーナ様は両手を口に当てて、ショックを受けたような様子で謝ってきた。

 いや、だからわかっているでしょ。


 それにその仕草、にやけている口元を隠しているのが丸わかりよ。


「いえいえ、大丈夫です」


 私は適当に愛想笑いをしてそう返す。

 ぶっちゃけ本当に、悔しいとかそういう思いは一切ない。


 ずっと婚約破棄されたいと思っていたのだから。


「……そうですか」


 私の態度が面白くなかったのか、冷めたようにそう言ったマルヤーナ様。

 するとまた嫌味な笑みを浮かべて話を続ける。


「それでしたら、私がフラーヴィア様にご紹介しましょうか? 失礼をしてしまったので、そのお詫びも兼ねて」


 いきなりの申し出にビックリして一瞬言葉が詰まる。

 いや、本当にいらない、絶対にいらないわ。


 なぜようやく婚約破棄されたのに、また新たな男を作らないといけないのよ。


 そう思って遠慮しようとしたのだが……。


「あっ、でもフラーヴィア様って確か、男爵でしたよね? 私の知り合いで男爵の男性の方はいらっしゃらないので、ご紹介出来ないかもしれませんわ」

「……そうですか」

「申し訳ありません。私の人脈が狭いあまりに、期待させてしまって」


 ああ、次はそういう手で貶してきますか……。


 貴族の階級は上から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となっている。

 表向きには下級、中級、上級などといった差別的な発言はすることはない。


 だけど男爵は下級、子爵と伯爵は中級、侯爵と公爵は上級貴族、といった感じになっている。


 マルヤーナ様は一番上の階級の公爵なので、普通は私みたいな男爵と話すこともないのだ。


「貴女達は、男爵のお知り合いはいますか?」


 マルヤーナ様が後ろにいる女性達にそう問いかける。


「いえ、申し訳ありません、いらっしゃいませんわ」

「男爵の方とは会う機会なんてありませんもの」

「ええ、私も。フラーヴィア様以外に男爵の方の知り合いはおりませんわ」


 嘲笑う雰囲気を隠そうともせず、次々にそう言う。

 はぁ、対応するのがめんどくさいわね。


 だけどここで表情を崩すのもいただけない。


「そうですか。男爵であるのに皆様と知り合えたことは光栄だと感じております」


 愛想笑いも疲れてきた。


「私もそう思いますわ、フラーヴィア様。だけどもう会う機会も少なくなるかもしれませんね」


 私がバンゴ様に婚約破棄されたから、今日を終えたらもうこんなところに呼ばれることもなくなる、と言いたいのだろう。


 実際その通りだし、ここに呼ばれないどころか、私はこの後家を追い出される予定だ。


 もう早く帰りたい。

 早く帰って、両親にバンゴ様とよりを戻せなかったと伝えて、この国を出たい。


 そうしたら自由だ。


 ……少し、怖くはあるけど。


 そう思ってぼーっとしていたら、マルヤーナ様や他の女性達が全く喋らなくなったのを不思議に思う。


 顔を見ると、私の方を向いているのだが、私を見ていない。

 私の、後ろ?


「フラー」

「えっ?」


 名前を呼ばれて振り向くと、そこには……最強の冷酷騎士、ジルローラ様がいた。



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